9・冷酷無比な彼はみんなから慕われているようでした
街まで出て。
「さっきからそわそわして、どうしたんだ? なにか気になることでもあるのか?」
歩いていると、アシュトン様が怪訝そうに問いかけてきた。
「い、いえ……そんなことはありませんわ」
私がそう返事をすると、アシュトン様は不思議そうな顔をする。
忘れがちになるけど、アシュトン様って『冷酷無比』ってみんなから恐れられているはずなのよね。
冒険者として働いて、そのお金であんな屋敷を建てることが出来たくらいなんだから、ある程度の成功はしているんだろう。
でもそれだからアシュトン様の評判が変わるとは思えない。
街を歩くだけで人々が彼を避け、恐怖の感情を抱く。
アシュトン様の隣を歩く私も、同じような視線を受けることになるんだろう。
そんな想像をしていた。
「無事に済むかしら……」
「なにがだ?」
つい呟いってしまった言葉をアシュトン様に拾われ、私は慌てて「な、なんでもないですっ!」と強く否定するのであった。
少し不安だけど……正々堂々と歩きましょ。
なにも悪いことはしていないんだから!
と気を引き締めていたが、私の予想は遥かな斜め上にいくことになったのだった。
「アシュトン様!」
人通りも多くなってきた時。
突如、子どもを連れた一人の女性が現れて、アシュトン様の前で深々と頭を下げたのだった。
え、え!?
なにもしていなのに、彼に許しを乞うくらいなの!?
どれだけ怖がられているのよ!
……と思ってしまったが、そうじゃなかったみたいで。
「先日は忙しい中、迷子の息子を探してくださりありがとうございました!」
「ありがとー、アシュトンさーん」
女性と共に、その隣の子どもも礼を言った。
一瞬なにを言われたか分からず、私は混乱してしまう。
アシュトン様は女性たちの言ったことを、手で制し。
「いい。礼は散々言ってもらったんだからな。これ以上、何度も言わなくても十分だ」
「し、しかし……! 満足な報酬金を渡すことも出来ませんでしたので! こちら、少ないですがどうかお納めください!」
彼女は小袋を差し出すが、アシュトン様はそれを受け取ろうとしない。
「何度も言わすな。あの時も言ったが、別にあれは仕事としてやったつもりではない。俺の気が向いたから、探してやっただけのことだ」
と彼は溜め息を吐いた。
「おい、お前」
そして次に子どもの方に視線を移し。
「元気なのもいいことだが、あんまりお母さんを心配させるなよ」
「うん! アシュトンさんに言われてから、ボク……出かける時は、ちゃんとお母さんと手を繋いでる!」
「良い子だ」
アシュトン様はそう言って、子どもの頭をわしゃわしゃと撫でる。
すると彼も気持ちよさそうな顔になって、アシュトン様の手を受け入れているようであった。
「ノーラ。なにをそこでぼーっとしている。行くぞ」
「は、はいっ」
アシュトン様が親子の前から立ち去って、私はそのあとを慌てて追いかけることになってしまった。
「アシュトン様。先ほどのは……」
「ああ。三日前くらいだっただろうか……子どもの母親が買い物中に息子とはぐれたみたいでな。暇だったから、探してやったのだ」
そっけなくアシュトン様が口にする。
本当に暇だったという理由で、迷子の子どもを探したんだろうか?
先ほど、アシュトン様があの親子と接している表情を見ていたら、とてもそうは思えなかった。
「それにしてもアシュトン様……私たち、ジロジロと見られていますね」
「そうだな」
アシュトン様がなんでもないように言う。
まあそれ自体は当たり前のこと。
だってアシュトン様は第七王子なんだから。
そうじゃなくても、冒険者としても有名なことも考えられる。
だけど、どうやら周囲から受ける視線はまた違った意味合いのものだった。
「あ、アシュトン様だ! 先日は畑の手伝いをしてもらい、ありがとうございました!」
「やっぱりカッコいいわね……惚れ惚れしちゃうわ。眼福、眼福」
「あの隣の女性って誰だろう? もしかして恋人とか?」
アシュトン様が歩くと、みんなが称賛の言葉を投げかける。
男性は羨望を、女性からは恋慕にも似た眼差しを向けられていた。
れ、冷酷無比っていう彼のイメージはどこに!?
私が当初、聞いていた話と全然違うんだけど?
王都にいる頃は「第七王子は辺境の街でも恐れられて、みんなから畏怖されている」と聞いていたのに……。
少しこうして街を歩くだけでも、それが全く違っていることが分かる。
「もう一度聞くが、どうしてお前がそんなにそわそわしている? 見られることは慣れているんじゃないのか?」
戸惑っている私に、アシュトン様が声をかける。
「いえいえ、そんなことはありませんわ」
「なんだ、意外だな。そんなにキレイなんだから、男から見られることも珍しくないだろうに。それにここのみんなも、俺だけじゃなくお前の方を見ていると思うんだが……」
「え?」
予想だにしないことを言われて、つい聞き返してしまう。
……まあ私は人並み以上の容姿はしていると思う。
これでも公爵令嬢なんだしね。
一般の人よりも美容にお金をかけることも出来るし、そうやって周りの規範になることを今まで求められてきた。
とはいえ、キレイと言われるよりも「性格がきつそうな顔」っていう声の方が多く聞こえてきたけどね。
だからアシュトン様がさらりとそんなことを言ってのけるものだから、一瞬思考が停止してしまった。
「自分のキレイさをあまり自覚していないタイプか。まあそこも面白い」
ニヤリとアシュトン様が笑みを浮かべた。
アシュトン様の言葉に、私はかーっと顔が熱くなっていくのを感じた。
そんな感じで人々の視線を感じつつ、街中を歩いていると……。
「ついた。ここだ」
とある建物の前で立ち止まったのだ。
「ここは……美容専門店でしょうか?」
「そうだ。服飾品や化粧品が多数売られている。今のお前にはピッタリのところだろう。入るぞ」
アシュトン様に連れられて、私はそのお店に足を踏み入れるのであった。
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