8・荷物が少ない!
翌朝。
「おはようございます」
支度を済ませ、私は一階の食堂まで降りてきた。
今思っても、昨日は怒涛の一日だった。
アシュトン様と決闘をして……しかも勝っちゃって、何故だか気に入られて正式に婚約者として認められた。
目が回りそうだったけど、一晩寝たら大分精神も落ち着いてきた。
私、気持ちの切り替えが早いタイプなのよね。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
食堂につくと、既に執事のカスペルさんがいた。
彼は優しげな表情で、私にそう訊ねる。
「ええ。お気遣い、ありがとうございます。柔らかいベッドでしたし、そもそも私はどこでも寝られるタイプだったので」
「それはなによりです」
柔和な笑みを浮かべるカスペルさん。
「ははは! ノーラだったら、固い地面の上でも寝られそうだな。もっとも……」
「はい、その通りです。地面だろうが木の上だろうが、快眠出来ますわよ」
「……冗談で言ったのに、本当だったのか」
私の言ったことに、アシュトン様が苦笑した。
アシュトン様も早起きね。私が寝坊したわけじゃないのに……。
「さあさあ、朝ごはんをどうぞ。用意していますので」
「ありがとうございます」
食卓の前につき、私はカスペルさんが用意してくれたらしい朝ご飯に舌鼓を打つ。
パンにスープ、サラダにスクランブルエッグといった王道な朝ご飯だ。
どれもとても美味しく、栄養が体に染み渡っていった。
「美味しそうに食べるな」
「だって美味しいですもの」
「くくく。そう口に食べ物を含ませるな。ほっぺが膨らんで、まるでリスみたいだぞ」
いけない!
私ったら、ついご飯に夢中になってそんなはしたない真似を……。
でも美味しいんだから仕方ないわよね。そう切り替えることにした。
「まあ……それだけ美味しく食べてくれたら、カスペルも喜ぶだろう。あっ……そういえば、ノーラ。聞きたいことがあるんだが……」
「なんでしょうか?」
食べながら、対面に座るアシュトン様がそう話を切り出す。
「昨日聞くのを忘れていたが、持参してきた荷物がずいぶん少なかったな? 婚前の嫁入りをするつもりはなかったのか?」
「ああ、そのことですか……」
婚約の挨拶を済ませて、そのまま嫁入りに移行することは一般的だ。
だけど……アシュトン様に門前払いされる可能性が高いと思っていたから、自然と持ってくる荷物も少なくなってしまった。
とはいえ。
「持ってくるものもあまりないものですので」
門前払いされると思ってた!
なんてまさか言えるはずもなく、私はそう言うしかなかった。
「なるほどな……しかしあれでは生活していくのに不便だろう。服も化粧品も満足に持ってきてないのでは……?」
「うーん、そういうつもりはありませんが……普通はそうなんですかね?」
「俺に聞くな」
首をひねると、アシュトン様が呆れたように息を吐いた。
普通ならそうなのかしら……まあ令嬢の中には、まるでコレクションのように服や化粧品を集める方も多いですけど。
私の場合はあまりそういったものに興味がなく、どうしても必要最低限になってしまうのだ。
これは門前払いされるかと思っていたうんぬんの話ではない。私の性分の話。
だからあまり問題はないと思っていたんだけど……。
「質素な生活を好むのだな。俺の兄弟たちはなんと言うか分からないが、平民となるべく同じ視点を持つことは大切だ。まあ……これだけ大きな屋敷に住む俺が言うのも、変な話だが」
と何故だか、アシュトン様の私の評価が上がっているようだった。
私は私のしたいようにしているだけなんだけどね。
「ノーラ様、補足いたしますね。このお屋敷はアシュトン様が冒険者によって稼いだお金で建てたものです。決して、不正にお金を流用した……というわけではありませんので」
カスペルさんがそう付け足す。
「いえいえ、そんなことは思っていませんよ」
それにアシュトン様は王族だ。いくら王宮内で疎まれていようとも、それは変わりない。
にしては使用人もカスペルさん一人だけだと言うし、屋敷の中に置かれているものも高級品は少ないように思える。
王族にしては有り得ないくらい、質素な生活……な気がする。
実際、元婚約者のレオナルトは高い壺や絵画を買い漁っていたしね。
それに。
「こうして稼いだお金を使うことは、すなわち経済を回すということですから。屋敷を建てる時にも、雇用を生むことが出来ます。アシュトン様のやっていることは間違いではないと思いますわ」
「…………」
私の言葉に、アシュトン様は黙って耳を傾けていた。
心なしか、ニヤニヤしているようにも感じる。
なにを考えているか分からないわね。
まあこういうことも一緒に生活していくと直に慣れるでしょ。
「お前が質素な生活を好むというのも分かったが……とはいえ、このままでは俺の気が済まん」
食事を終えたアシュトン様は立ち上がり、私の横まで歩み寄る。
そして私の手を取った。
「行くぞ」
「どこにですか?」
「決まっているだろう。これから俺と街に買い物だ。せめてもう少し服や化粧品は揃えるべきだ。俺の婚約者なんだしな。なんでも買ってやるぞ」
とアシュトン様は続けた。
「い、いえいえ……悪いですわ。それにあなたはこの国の王子殿下。そう気軽に街に出かけることも出来ないでしょう」
「おいおい、なにを言っている。今の俺はただの冒険者だ。冒険者が街に出かけてなにがおかしい」
「そ、それは……」
反論しようとするが、言葉に詰まってしまう。アシュトン様の言ったことの方も、あながち間違いではなかったからだ。
「カ、カスペルさん……」
私は助けを求めるように、カスペルさんに視線を移すと、
「お気をつけて」
と彼は短く言葉にするのみであった。
んー……断れそうにもないわね。
まああまり断り続けるのも、それはそれで失礼でしょ。
「分かりました。よろしくお願いします」
諦めて、私は頭を下げた。
「そう肩肘張らなくてもいいぞ。昨日、俺に喧嘩を吹っかけた時と同じでいい」
「そ、そういうわけにはいきませんわ」
私はブンブンと首を横に振った。
そんな私を見て、アシュトン様は楽しそうだった。
この歳で言うのもあれなんだけど、あんまり男の人と二人で出掛けた経験がないのよね。
レオナルトとはほとんどそんなことはなかったし……というか婚約してから終始、彼は私のことを避けているように感じていた。
じゃっかんの戸惑いを感じつつも、私たちは屋敷をあとにするのであった。
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