78・旅からの帰還
その後──私たちはクロゴッズのみんなに挨拶してから、すぐにジョレットに向かって出発した。
そしてようやく帰宅。
「ただいま!」
屋敷の扉を押し開けて、私はそう声を上げる。
「お帰りなさいませ、ノーラ様」
すると執事のカスペルさんが、いつも通り出迎えてくれた。
この様子だとやっぱり、私が帰ってくるのをここで待っててくれたみたい。
「どうして私がこの時間に帰ってくるって分かったの? 教えてないはずだけど……」
「今更それを聞きますか? 執事として──」
「当然のこと……よね」
私が言うと、カスペルさんは笑顔で頷いた。
「ノーラ!」
そうしていると彼の後ろから一人の女性が飛び出して、私を抱きしめた。
この子は……。
「セ、セリア。苦しいわよ……って、もしかして泣いてる?」
「当然だよ……! だって、ノーラの身に大変なことがあったって聞いて、セリア……不安で不安で、仕方なくって……ぐすっ」
セリアは嗚咽を漏らしながら、私を抱きしめる力をさらに強いものとする。
カスペルさん経由で、セリアも話を聞いていたのかしら。
「私もセリアに会えなくて寂しかったわ」
「セリアもそう……でもカスペルさんがいてくれたから、ちょっとは寂しさが紛れたけど──っ」
と言ったところで、セリアは私から離れてハッとなる。
カスペルさんがいてくれたから?
あら。この二人ってそんなに仲がよかったかしら。
カスペルさんは表情を変えず。一方セリアは顔を赤くして、あたふたしていた。
「……なるほどね」
ピコーン!
二人を交互に見やって、私は合点する。
「そういうことだったのね。まさか私がいないうちに、セリアとカスペルさんができてたなんて……」
「で、できてたなんて! そんなそんな! ただ……ノーラにロマンス小説を渡そうと思ったけど、いなかったから……そんなセリアに、カスペルさんが美味しい紅茶を淹れてくれて……」
セリアは肩幅をちっちゃくして、恥ずかしそうに俯いた。
可愛い!
まるで小動物みたいだわ。
私はそんな彼女の肩に、手をポンと置いて、
「いいのよ。応援するわ。私……これでも恋愛方面は博識な方だから!」
グッと握り拳を作った。
ロマンス小説で予習してるからね!
さらにセリアは顔を朱色に染める。このまま爆発しちゃいそうなくらいだ。
「……自分のことに関しては鈍感なくせに、よくそんなことを言えるものだ」
「お前! 走るの早すぎなんだよっ! ま、まあ……そういうところもお前らしいが……」
そうこうしていると、アシュトンとライマーがやっとのことで私に追いついてきた。
屋敷が見えたらなんだかテンションが上がって、二人を置いてけぼりにして私だけここまで走ってきたのだ。
「アシュトン様とライマーも、お帰りなさいませ」
「色々心配かけて、すまなかったな。俺たちが留守の間、なにか変わったことはあったか?」
「いいえ、ございません。こちらは平和でした」
とアシュトンとカスペルさんが言葉を交わす。
こうして二人が話しているのを見るのも、久しぶりね。
「ノーラ……お前は病み上がりの身なんだ。もうちょっと、おとなしくした方がいいんじゃないか?」
「なによー、ライマー。なんだかあなたらしくないじゃない。それともなに? オークみたいな女──って言って、私に怒られるのが怖くなった?」
「そ、そうじゃない! ただオレはお前を心配して……」
ぐいっとライマーに顔を近付けると、彼は見る見るうちに慌て出した。
彼は私が目を覚ましてから、随分塩らしくなった。ここに帰るまでの道中でも、私の荷物を率先して持とうとした。
やっぱり今回の件で、彼なりに罪悪感を抱いている──ってことなんだけど、あまりの変貌っぷりに付いていけないわ。
「おやおや、ライマーも……そういうことですか。アシュトン様も大変ですね」
そんな私たちの様子を見て、何故だかカスペルさんが微笑ましそうにしていた。
「ふっ。まあ、ノーラは世界で一番魅力的な女性なのだから、仕方がない。それに──こんなことで嫉妬していては、器が小さいとバカにされる。だから大らかに見ることにしたんだ」
「ア、アシュトン。なにを言ってるのかしら?」
私がアシュトンに問い詰めても、彼は答えてくれなかった。
やっぱり……クロゴッズでの一件があってから、アシュトンのことを強く意識しすぎてしまっている。
いつもなら「なーに、バカなこと言ってるのよ!」とツッコミを入れてたところだ。
でも今はとてもじゃないが、そんな気分にはなれなかった。
「まあ、取りあえず──今日のところはゆっくりお休みください。ご飯も用意してますから」
「ご飯? やったー! カスペルさんの料理を食べるなんて、久しぶりね!」
私のテンションも最高潮。
だけど。
「カスペルさんには悪いけど、ご飯を食べたらすぐにアシュトンと屋敷を出るわね。行かないといけないところがあるの」
「ほお……? それはどこでしょうか?」
カスペルさんが少し驚いたように問う。
それに対して、私はこう答えるのであった。
「王都よ!」




