77・私はこの人と結婚する
「「ノーラ!」」
「う、ん……アシュトン、ライマー?」
ゆっくり目を開けると、そこにはアシュトンとライマーの顔があった。
「大丈夫なのか……?」
「うん。たっぷり寝て元気なくらい。心配かけちゃった……? だとしたら、ごめん」
「なにを言うんだ。俺の方こそすまん」
どうしてアシュトンが謝るのかしら?
彼の顔をよく見ると、目の下に深いクマがある。とても疲れている印象を受けた。
こんな憔悴しきっている彼の姿は、なかなか見れるものじゃないかも。
「ノーラ! オレもすまん。オレがしっかりしてたら……!」
「ライマー……」
ライマーは何故か泣いていた。
目も真っ赤に充血している。
え? どうしてライマーが泣いていたのかしら?
それにライマーが謝ってくるなんて意外だ。彼だったら「心配かけやがって!」と怒るだろうと思ってたからね。
「オレが無茶な真似をしたから、お前が変な力を使って……だからこんなことに……」
「ああ──」
そのことね。
正直、そんなことを言われても、やっぱり謝られる意味が分からない。だってライマーだって、わざとじゃないんだもん。自分から死ににいくほど、彼もバカじゃない。
だけどそんな表情のライマーを見ていたらいたたまれなくなって、私は彼の頭にポンと手を置いた。
「気にしないで。それに──そんなのあなたらしくないわよ。反省はすべきだけど、前を向き続けて。じゃないと、私は彼女に嘘を吐いたことになるわ」
「──っ!」
ライマーは今度は、顔を真っ赤にする。
頭からぷしゅーと蒸気が出そうだ。
表情がコロコロ変わって面白い。
「ねえアシュトン、教えて。その様子だったら私、結構長く寝ちゃってたのよね? あれからどれだけ経っているのか……」
「そうだな。まだ目覚めたばかりで、理解も追いついていないだろう。お前は──」
私が眠っている間のことを、アシュトンから聞いた。
「あちゃー、三日も眠ってたのね……だったら二人が心配するのも無理ないか」
「俺の方こそ聞かせてくれ、ノーラ。お前が眠っている間、そのネックレスが白く光り出したんだ。それで──」
とアシュトンがネックレスに視線をやって、言葉を止める。
リクハルドさんから貰った時は、ネックレスに付いた宝石の色は淡い青だった。
しかし今は白い宝石へと様変わりしていたのだ。
「道標……」
あの時、リクハルドさんが言った言葉を思い出す。
『それはそんなあなたの道標になる。その青く染まった宝石が白くなった時、聖なる魔女はきっと本当の意味であなたの味方になる』
確か彼はそう言った。
「つまり……リアーヌが心を開いてくれたから、宝石が白くなったのかしら……?」
多分、そういうことなのだと思う。
一人で納得していると、
「リアーヌ……? それは聖なる魔女の名前だったか? それにさっき、お前はライマーに『彼女に嘘を吐いたことになる』と言っていたな。お前の身に一体なにが……」
とアシュトンが私に質問する。
「そうね、ちゃんと話すわ。私、意識がなくなったと思ったら──」
私と聖なる魔女の物語を、アシュトンたちに語った──。
アシュトンとライマーは、私の話にじっと耳を傾けてくれていた。
やがて語り終わると、二人は一様に驚いた顔をして、
「そんなことがあったのか。まさか寝ている間に、彼女と対話していたとは……」
「相変わらずお前はすごいヤツだな」
と口にした。
「全然すごくないわよ。それに……最後はアシュトンが助けにきてくれたしね。私一人じゃ、戻ってこれなかったかも」
「俺のことか?」
アシュトンは自分を指差して、首をひねる。
不意にあの時、彼女に言われた言葉が思い浮かんできた。
『何度でも言うけど、あなたとアシュトンさんは理想のカップ──いや、夫婦。それはきちんと自信を持ってあげて。じゃないと、アシュトンさんが可哀想だから』
「──っ!」
「ど、どうした? まさかまだ体調が……」
アシュトンがぐいっと顔を近付けてきたので、反射的に目線を逸らしてしまう。
「い、いえ、なんでもないわ。まだ頭の中がぼんやりしてるみたいね」
嘘だ。
急にアシュトンと顔を合わせることが恥ずかしくなったのだ。
こんな感情、今までなかった。
だ、だって理想のカップル──夫婦だなんて言われちゃったのよ!?
他の人に言われても、なんともなかったのに……私の中で、共に歩んできたリアーヌの言葉だからか、強く意識してしまう。
「ノーラ? お前、やっぱりどこか悪いんじゃ……」
ライマーが不安がって、私に顔を寄せてきた。
「と、取りあえず、もう起きるわね。ずっと横になってたせいか、体がぎしぎしいうのよ。お腹も減ったし、ご飯を食べましょう」
このままここにいたら、アシュトンのことを意識しすぎて、頭がどうにかなっちゃいそうだ。
なので半ば強引に、ベッドから体を起こそうとすると──、
「待て」
とアシュトンにぎゅっと抱きしめられた。
「え!? どうしたのよ、急に。ライマーもいるんだし、こんなところでやめなさいよ!」
恥ずかしすぎるっ!
でも不思議と嫌な気分にはならない。
それどころか、頭の中が幸せでいっぱいに満たされていった。
「心配……したんだ」
「うん、それはごめん」
「もし……ノーラが同じような目に遭ったら、俺は奈落の底に突き落とされた気分になるだろう。こうしてノーラの暖かさを感じていなかったら、またお前が遠くへ行ってしまいそうな気がするんだ」
アシュトンの体は震えていた。
──相当怖かったんだと思う。
私はリアーヌと話している時も、アシュトンがここまで心配してくれるとは思っていなかった。
心のどこかで、アシュトンなら楽観視していると思っていたのだ。
でも違った。
「アシュトン……」
私は彼を元気づけるように、こう口を動かす。
「そんなことを言う必要はないわ。だってあなた、ここで私をずっと見守ってくれてたんでしょ?」
「…………」
「リアーヌ──聖なる魔女の世界から出られたのも、きっとそのおかげ」
あの時、荊が剣で斬られたように次々と千切れていった。
それはきっと、アシュトンが私を守ってくれたから。
「それに……今だけじゃない。アシュトンは私をずっと、見守ってくれていたのよね」
旅の道中、アシュトンは私のことをずっと守ろうとしてくれていた。
本当はもっと束縛したかったんだろう。だって自分で言うのもなんだけど……私、結構無茶をするタイプだからね。
だけどそれじゃあ、私が可哀想だと思い……最低限に留めてくれた。
アシュトンはこういう性格だから、そういうのがいまいち伝わりにくいところがある。
だけどアシュトンだって一人の人間。
時には他の人と同じように怖がり、同じように不安になる。
今回のことで、私はそれを強く意識した。
「もう心配かけない──って言うつもりはないわ。だからアシュトン、私をこれからも守ってくれるかしら? もっとも! 私もただ黙って守られるつもりはないけどね! いざとなったら、私があなたを守ってあげる!」
だって──夫婦ってそういうものだと思うから。
リアーヌに言われて、ようやく分かった。これも彼女のおかげだ。
これからもよろしくね──と心の中で呟く。
リアーヌに聞こえているか分からないけど、そうだったらいいなと切に願った。
「ああ──俺は生涯、お前を守り抜くと誓おう。ノーラ──愛している」
とアシュトンは誓いの言葉を発した。
愛している。
今更かもしれない。
だけどその言葉を聞いて、私は急に実感が湧いてきた。
──私、この人と結婚するんだ。
 





