74・ノーラみたいになりたい
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私はその後──時間も忘れて、夢中でリアーヌと話をしていた。
「でしょ!? レオナルトってどうしようもない男だったのよ。でも最後はちょっと可哀想だったけどね」
「本当にそうですね。ずっとここから見ていましたが……ノーラが可哀想です」
リアーヌは私の話に「うんうん」と相槌を打ちながら、真剣に耳を傾けてくれる。
「まあ、そのおかげでアシュトンと出会えたんだから、結界オーライなんだけどね。リアーヌはアシュトンのことをどう思う?」
「素敵な男性です。あんな人に愛されて、ノーラが羨ましいです」
とリアーヌは可憐に微笑んだ。
「そういえば、リアーヌってここからでも外の様子が分かるのよね?」
「はい」
「だとしたら、今ってどんな感じか分かる? アシュトンとライマー、今頃どうしているのかしら」
「ノーラの魂がこちらに来たせいで、外の様子が分からなくなっているんです。すみません……」
「そうなのね。いちいち謝らなくていいわよ」
しゅんと落ち込んだリアーヌを、すかさずフォローする。
うーん、良い子なことには間違いないけど……ちょっと落ち込みやすい性格なのよね。
すごい力を持っているのに、何故だか自分に自信がない。
だから。
「そういう生き方、辛くないのかしら……」
「え?」
思わず呟いてしまった私の言葉を、リアーヌに拾われる。
「ううん。なんでもないわ。そんなことより──そろそろ戻る方法を考えましょうか。多分、アシュトンは私のことを心配してくれているだろうし」
それとも……どうせすぐに目覚めるだろう」って、二人ともあんまり気にしていないかしら?
そんなことを思いながら、私は立ち上がった。
「屋敷の中に入ってみましょ。もしかしたら、なにか手掛かりがあるかもしれないわ。リアーヌも手伝ってくれる?」
「は、はい。それはもちろんいいんですが……」
私がリアーヌの手を引っ張って、建物の方へ歩き出そうとすると──彼女はこう続けた。
「不安にならないんですか?」
「不安? うーん、どうなんでしょうね。でも私、諦めが悪いのよ。それに……こんなところでうじうじ悩んでるくらいなら、さっさと解決方法を探った方がいいと思わない?」
「…………」
リアーヌは私の顔を羨ましそうな表情で見た。
私、変なことを言ったかしら。
「ノーラはすごいなあ。わたしだって……」
「なにぶつぶつ言ってるのよ。早く行きましょう!」
「は、はいっ!」
こうして私たちは周囲の荊を避けながら、建物の内部へついに足を踏み入れることにしたのだ。
「そういえば、この屋敷ってそもそもなんなのかしら?」
「ここは生前、わたしの実家でした。とはいえ、荊なんてなかったんだけど……それはきっと、わたしの心を反映しているんだと思います」
「どういうこと?」
問いかけても、リアーヌは俯いて答えを返さなかった。
うーん、気になるわね。
「まあ、いいわ。そんなことより、もう少し奥に進んでみましょ」
幸い、屋敷の中は外ほど荊も多くなかったので、歩く分には問題ない。
「私が戻れる手掛かりがあるかもしれないからね!」
そう言って、私たちは再び歩き出した。
そして一時間くらい探索した後──。
「わあ、本がいっぱい! これも実家と同じだった?」
書庫に入り、私はそう声を上げた。
「はい。両親にたくさん本を読めと命じられていたんです」
「ふうん、そうだったのね。というか、私──あなたのことをほとんど知らないわね。こんな立派なところに住んでたってことは、やっぱり貴族だったの?」
私がそう問いかけると、リアーヌは首を縦に振ってこう続ける。
「わたしはノーラと同じ、公爵家の令嬢として生まれました。そこで厳しく躾けられ、将来は有力者と結婚を……と」
そして父親が国の大臣の一人だったので、そこで第七王子のアーノルドと知り合った。
そこで二人は愛を育み、婚約を──といったところでリアーヌが聖なる魔女の力に目覚め、それどころじゃなくなった。
……ということだった。
「本当に私たちって似てるところが多いのね。違うところは婚約者が出来た経緯くらい。私はレオナルトに婚約破棄されて仕方なくだったけど、あなたは最初からアーノルドを愛していたのね」
「はい──愛して、いました」
リアーヌの表情は儚げだった。
「羨ましいわ」
「え?」
とリアーヌは驚いた表情を見せる。
「だって私はまだアシュトンとそういう、愛し愛される関係か──って言われると、疑問なのよ。そりゃあ、アシュトンは私のことをすごく愛してくれているわよ? でも結婚するイメージがどうしても湧かないというか……」
今は婚前の嫁入り中だけど、結婚の話は最初の頃から変わっていない。
毎日、好きなように暮らさせてもらっている。今回は遠征に同行させてくれた。
毎日が楽しいけど──アシュトンとの関係が進展しないことに、どこか心のもやもやを感じていた。
それにアシュトンはあれだけイケメンで素敵な男性だからね。
女なんか放っておいても寄ってくるだろう。
それなのに、嫌嫌私と結婚しようとしているんじゃないか……って心のどこかで、そう思っている。
きっとこう思うのも、彼との関係がろくに進んでいないから。
「本当にあの男、私と結婚する気あるのかしら?」
私が言うと、リアーヌはきょとん顔になる。
しかしすぐにすごい勢いで、
「結婚する気──あるに決まってるじゃないですか!」
と前のめりになって言った。
「アシュトンさんを見ていたら、ノーラのことが本当に好きなんだって分かります。先日の決起会の時、アシュトンさんがあなたにキスをしようとしたのを忘れたんですか?」
「そ、その時も見てたのね」
「当然です。好きじゃない人にキスをしようとするでしょうか?」
「で、でも……アシュトンにとって、キスは挨拶みたいなものかもしれないし……」
「アシュトンさんはそんな不誠実な人じゃありません!」
ときっぱり言い放つリアーヌ。
まあ……私だって分かっている。
でもこんなことを口走ったのは、リアーヌにあの時のことを見られて、恥ずかしかったから。
「そ、そういえば、聞くのを忘れてたけど……」
その恥ずかしさを誤魔化すように、私は無理やり話題を変える。
「時々、私に語りかけてくる声があったのよ。あれもあなたってことで間違いないのよね?」
「はい」
とリアーヌは頷く。
「何度も言いますが、羨ましいのはわたしの方です」
一転。
リアーヌは表情を曇らせ、こう続ける。
「わたしは小さい頃から、ノーラみたいに前に出れませんでした。両親から『そうすることこそが、公爵令嬢の理想の姿』と言われていたからです」
「私も似たようなことを言われてたけどね」
ただ私の場合は、他人の言うことに耳を貸さなかっただけだ。
「自分の意見も言えず、ただただ俯いているだけの人生でした。でもアーノルドはそんなわたしを好きだって言ってくれた」
アーノルド──という名前を出す時、リアーヌは一瞬だけとても幸せそうで……そしてすぐに辛そうにする。
アーノルドのことを思い出せば思い出すほど、彼に二度と会えない寂しさが募るのだろう。
「ですが、彼が処刑されそうな時……わたしは黙って見ることしか出来ませんでした。聖なる魔女の力を使えば、運命を変えることが出来たのかもしれないのに……です。わたしが崖に身を投げ出したのは、その罪悪感に押し潰されたからです」
「…………」
「だからわたしはノーラが羨ましい。あなたみたいにもっと前向きになりたい。ねえ……どうすればそうなれますか?」
「無理よ」
そう断言すると、リアーヌは反論せずに俯いた。
「ですよね……わたしはノーラみたいになれない。わたしみたいな暗い女は──」
「みたいになれない? なにを勘違いしているのかしら」
私はリアーヌの両肩に手を置いて、
「私みたいになる必要はないのよ。あなたはあなたなんだから」
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