71・眠れる姫君
クロゴッズ──その宿屋の一室。
ベッドで横になって、未だに目を覚さないノーラの姿を見て──俺は罪の意識で押し潰されそうになっていた。
「ノーラ……」
呟くが、ノーラから返事はこない。
彼女がこうして眠りこけてから、かれこれ三日が経つ。
もちろん、医者にも診てもらった。しかし不思議なことに、彼女は健康そのものだと首をひねっていた。
本来なら魔物の討伐も無事に終わり、街では今頃祝勝会が行われていただろう。
だが、この戦いで大活躍だった彼女がこんな調子だということもあり──祝勝会どころか、街全体には暗いムードが漂っていた。
「俺のせいだ」
それはこの三日間で、何度も何度も口にした言葉。
ノーラのことは、なにがあっても守り抜くと決めていた。
戦いの最中、ノーラから意識は逸らさなかった。
しかし魔物が次から次へと湧くように出てきたため、そちらにばかり気を取られてしまった。その一瞬の隙の間に、彼女はライマーを守ろうと力を発動した。
そして──結果はご覧の有り様。
「なにが、Sランク冒険者だ。好きな女たった一人すら守ることも出来ないのか」
自嘲気味に笑う。
こうして眠るノーラを眺めていると、頭をかけ巡るのは彼女との今までの思い出だ。
その中でも色濃く想起するのは、先日の決起会でのこと。
周囲の視線を顧みず、ダンスの最中に俺は彼女に口づけしそうになった。
あの続きが──したい。
しかしそんな想いも、掌から零れ落ちそうになってしまっている。
「くそ……っ! 俺が付いておきながら!」
そんな自分の無力感と息苦しさに苛まれていると……。
「アシュトンさん!」
ライマーが部屋に入ってきた。
「……どうした? 街でなにかあったか?」
彼の方に顔を向けず、淡々とそう問いかける。
「い、いえ……! 特になにもありませんが……ノーラの様子を見にきて……」
「そうか」
「ノーラは──この様子だと変わりないようですね」
「…………」
ライマーの問いに、俺は答えない。
彼はそのまま俺の隣に立ち、こう口を動かす。
「……街のみんな、ノーラが目覚めないと聞いて、すっかり意気消沈ですよ。また彼女と話がしたいと言っています」
全く……。
俺たちがこの街に来て、まだほとんど経っていない。しかもその内の三日は、彼女はここで目を瞑っているだけ。
たった一日で街の人々、そして冒険者の心を掴んでしまうとは──と彼女の魅力に、あらためて感服した。
「な、なんで……ノーラがこんなことに……」
「分からない」
今度は首を横に振った。
「しかし──確かなことがある。こうなったのは俺の責任と──」
「それは違います!」
俺の言葉を遮って、ライマーは声を大にする。
「アシュトンさんのせいじゃありません……これは全部、オレのせいです!」
◆ ◆
「アシュトンさんのせいじゃありません……これは全部、オレのせいです!」
ライマーがそう叫ぶと、アシュトンは一瞬驚いたように目を大きくした。
「オレが調子に乗ったばっかしに、ノーラが聖なる魔女の力を使うことになりました。だからこんなことに……!」
ライマーは悔しさを耐えるように、拳を強く握った。
──手柄が欲しかった。
自分自身の成長が、停滞していることには以前から気付いていた。
しかもそうやって悩んでいる間に、ノーラが現れた。
彼女は公爵令嬢という身分ながら、ライマーよりも強かった。何度決闘を挑んでも、ノーラには勝てなかった。
もっとも、悪いのはノーラではない。
それはライマーも分かっている。
だが──今まで、アシュトンの一番弟子だということを誇りに感じていたライマーは、彼女の登場でさらに焦った。
しかもノーラの中には聖なる魔女なんていう、得体の知れないものの力が眠っているという。ノーラはさらに強くなるだろう。
とはいえ、自分の悩みを誰かに打ち明けることは苦手だった。
それはカッコ悪いことだと思っていたからだ。
だからライマーは今よりも強くなって、自信を取り戻そうとした。
エルフの村ではノーラとアシュトンが寝静まってからも、ライマーは一人稽古に勤しんでいた。
(だが……ここに来て、あのリックにも負けちまった)
──なんで?
その敗北で、ライマーの自信は足元から崩れ去った。
だが、そんな彼の心を救済してくれた女性がいる。
『私、あなたのそういうところ──好きよ』
ノーラはライマーに対して、あっけらかんとそう言い放ったのだ。
(そんなことを言ってくれる人は初めて……だったんだ)
彼女の言葉を聞いて、ライマーは心のもやがなくなっていく感覚を抱いた。
しかし……だからといって、自らの弱さから顔を背けていいことにはならない。
ゆえに、今回の戦いはいつも以上に気合が入っていたが──結局、ノーラを危険な目に遭わせてしまうだけの結果になった。
「おい、ノーラ!」
ライマーはその場でしゃがみ、ノーラの顔をじっと見つめる。
キレイな顔だ。
今すぐにでも目を開けて、「なんて顔をしてるのよ」と言い出しそうな気がした。
「早く目を覚ましてくれ! そして……お前にちゃんと『ありがとう』と言わせてくれ。俺はこの旅でお前に二度も救われたんだ。だから……」
「ん……? 待て、ライマー」
アシュトンの声で、ライマーもそれにはすぐに気付いた。
「ノーラのネックレスが……輝いている?」
エルフの長──リクハルドから貰った、淡い青色の宝石が付いたネックレス。
それが突如、白く輝き出したのだ。
しかしその輝きはまだ小さい。
「アシュトンさん、これは一体……」
「分からないが──」
とアシュトンは顎に手を当て、こう続ける。
「このタイミングで、ネックレスが輝きを放ち始めた。ノーラの身になにかが起こっていると考えるのが自然だろう」
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