70・カスペルとセリアの関係2
その凶報は、セリアとのお茶会の最中にもたらされた。
「そうですか……ノーラ様が……」
カスペルは神妙な面持ちで、魔導具から聞こえてくるアシュトンの声に耳を傾けていた。
『ああ──まだノーラが目覚める気配はない』
声だけを聞くと、いつもと変わらない様子のアシュトンである。
しかし長年、側で彼に仕えていたカスペルだからこそ分かる。
(アシュトン様……相当焦っておられる。こんなアシュトン様の声は始めて聞いた)
それだけでも、今の状況がどれだけ悪いのかを如実に表しているようであった。
「ノーラ様に一体、なにが起こったのですか?」
『分からない。しかし聖なる魔女が関係している──と考えられる』
聖なる魔女。
そのことはあらかじめ、ノーラからも聞いていた。
なんでも、彼女の中には魔神──元第七王子であった婚約者の魂が眠っているらしい。
その婚約者は聖なる魔女とかつて呼ばれ、類稀なる力を持っていたということも。
(思えば──心当たりがあります)
あれはこの屋敷で、魔神が解き放たれようとした時だ。
アシュトンが魔神の邪念に囚われてしまった事件だ。カスペルたちではどうしようも出来ない。打つ手なしだった。
しかしその時、ノーラが不思議な魔力を覚醒させた。
光は瞬く間に屋敷内に拡散していき、それがなくなったかと思えば、アシュトンはすっかり元の状態に戻っていた。
さらに魔神も消滅してしまっていた。
(もしあれが、聖なる魔女の力に起因するなら……?)
何故なら──アシュトンから聞いた状況は、魔神の時と似ているように思えたからだ。
『とにかく、なにか動きがあればまたすぐに連絡する。心配するな。ノーラは必ず俺がなんとかする。カスペルは引き続き、屋敷の管理をしておいてくれ』
「分かりました」
それでアシュトンからの通信は切れた。
「カスペルさん。ノーラさんは……」
「ええ、聞いての通り、かなり危険な状況のようです」
カスペルが言うと、セリアの顔が青く染まる。
「そんな……ノーラさんがこのまま目覚めないなんてことがあったら……」
「大丈夫です」
セリアを安心させるために、カスペルは彼女に微笑みかけた。
「ノーラ様の傍にはアシュトン様がいます。だからきっと、アシュトン様がなんとかしてくれますよ」
「……カスペルさんはアシュトン様のことを、信頼しているんですね」
「ええ、もちろんです。それに──ノーラ様がこのまま眠り続けるとも思いません。だってノーラ様のことですよ? ずっと眠ったままで満足するようなお方じゃないでしょう?」
「ふふ、そうですね」
カスペルの言葉で、セリアの表情が少し柔らかくなる。
しかしそれで胸中の不安は完全に拭えないのか──無理して笑っているような表情だった。
──どうしてセリアがここにいるのか。
それはノーラが戻ってきているとセリアは考え、再度この屋敷を訪れていたからだ。
とはいえ。
(ノーラ様のお戻りは、もう少し先になる……と伝えていたはずですが、彼女には上手く伝わらなかったんでしょうか?)
とカスペルは少し不思議に思ったが、わざわざそれを口にするほどでもない。
しかしこのままセリアを帰らせるのも申し訳ないと考え、カスペルは先日と同じく、彼女に紅茶を振る舞っていたわけだ。
楽しいお茶会──のはずだった。
しかしノーラが倒れたという話が魔導具伝いで聞いて、一気にそんなムードは消えてしまった。
当初の目的であった魔物の一斉討伐は成功に終わった。ノーラから放たれる光と共に、その周辺にいた魔物が全て姿を消してしまったからだ。
一件落着。
そうなるはずであったが、何故かノーラがその場で倒れてしまった。
最初は魔力の使いすぎ、さらには戦闘の疲れも重なったのだろうとアシュトンは思った。
だが、眠るノーラを街に連れて行き、宿屋で寝かせても──彼女は一向に目を覚さない。
彼女が眠りこけてから、もう三日が経過するらしい。
これは明らかな異常事態。
無論、医者にノーラを診てもらっていた。
しかし不思議なことに、彼女の体からはなんの異常も見つからなかった。
このことには医者も首をひねっていた──とアシュトンは言っていた。
……これが、カスペルがアシュトンから聞いたノーラの現状である。
「ノーラ様……」
ぎゅっと胸の前でカスペルは拳を握る。
セリアの前だからこそ気丈に振る舞ったが、その胸中は嵐のように荒れ狂っていた。
『光るアンティークなのよ! 屋敷の中に飾ったら、きっと素敵だと思うわ。私たちが帰るのを楽しみにしててね』
お土産のことを嬉々として語っていた、ノーラの声を思い出す。
(彼女に会いたい)
彼女の笑顔をもう一度会いたい。
そして「カスペルさんの料理はやっぱり最高ね!」と言って欲しい──。
しかしそんな些細な願いは叶わないかもしれない──そう思うと、カスペルは喉元からなにかが込み上がってくる感覚を抱いた。
「セリアたちに出来ることはない……のかな?」
動揺のためか、セリアはカスペルの前なのに敬語を崩してしまっていた。
「もちろん私も今すぐ、アシュトン様たちの元に向かいたいです。しかしアシュトン様は、わたしに屋敷の管理を命令された。それはすなわち、私たちが行っても出来ることはない……ということでしょう」
「でも待ってるだけって……」
「信じましょう」
力強く、カスペルはセリアの双眸を見る。
「アシュトン様のことを。そして──ノーラ様の意志の強さを。それにアシュトン様たちが戻られた時、屋敷の中が散らかっていたら、きっとノーラ様はがっかりするでしょう。そのためにも、私は自分がいつもしていることをきっちりやるつもりです」
「そ、そうだね──カスペルさん! セリアにも手伝わせて! ──って、ああ! ごめんなさい。セリア、ノーラさんと喋る時みたいになって……」
「いえいえ、気にしないでください。では──手伝ってくれますか? なにせ、この屋敷は広いですからね。一人で掃除をするのは骨が折れます」
「は、はい!」
と拳を握るセリアだった。
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