7・悲惨な未来への序章(エリーザ視点)
──あの邪魔な女、やっといなくなってくれましたわね。清々します。
ノーラと第一王子レオナルトの婚約破棄が成立したのを聞いて、エリーザ伯爵令嬢は真っ先にそう思った。
(ほーんと、学院時代から目障りでしたわー。そもそもあの子がレオナルト殿下の婚約者だったなんて、間違いでしたのよ。彼の婚約者にふさわしいのは、わたくしなんですから)
エリーザは心の内で、そうほくそ笑む。
ノーラのことを初めて知ったのは、女学院の時であった。
彼女は見た目に華があって、友人も多かった。
そんな彼女の周りには、いつも人がいた。
エリーザはそんな彼女のことを疎ましく思った。
──わたしより上だなんて認めません! 絶対に負かしてやりますわ!
そこからエリーザの中で、ノーラへの対抗心が急速に膨らんでいった。
まずは美容。
エリーザは美しい女性だった。男が十人いれば十人は彼女に夢中になるだろう。そのことは自負していた。
しかし何故だか、バカな男共はエリーザではなく、ノーラに心奪われているようであった。
しかもそのことをノーラが自覚していないようだから、余計に腹が立つ。
(男共を誑かす天性の悪女。きっと男共に媚びをうって、都合よく利用するつもりでしょう)
……無論、ノーラ自身には全然そんな気はなかったのだが、それをエリーザが知る由もない。
そして運動や勉学。
これについても、常にノーラの成績はエリーザの上をいった。
そのおかげでエリーザはいつも二番手だった。
屈辱だった。
そして極め付けは、ノーラがレオナルトとの婚約を決定させたというニュースだ。
有り得ない……最初にその便りを聞いた時、エリーザは悔しさでどうにかなってしまいそうだった。
(レオナルト殿下はこの国の第一王子……必然的に王位に最も近いとされる存在なんですからね。そうなったらノーラは将来、国王の妃となる……そんな勝手なことは、わたくしが許しませんわ!)
エリーザの中で、ノーラへの恨みがさらに高まった。
そこからエリーザはノーラからレオナルトを寝取ることに全精力を注いだ。
まずはレオナルトが参加するパーティーに出席し、彼に接近。連絡を取り合える仲になってから、常に彼のことを褒めちぎった。
さらには人の目を盗んで、レオナルトと頻繁に直接会った。
レオナルトが彼女の魅力の虜になるのは、そう時間はかからなかった。
さらにそれだけでは飽き足らない。
エリーザはノーラの悪評を、それとなくレオナルトに伝えた。
『彼女ったら酷いんですよ? 学院時代、私のことをイジめて……そのせいで勉強にも集中出来ず、私の成績も下がってしまって……』
『人の見ていないところで、私を池に落としましたのよ。こんなことが許されていいのかしら?』
『取り巻き連中も使って、ノーラは私の評判を下げてきました。それが苦痛で仕方がなかったですの……』
エトセトラ……。
エリーザの話を全面的に信じたレオナルトは、徐々にノーラへ憎しみを抱き始めたようであった。
そんな彼の様子を見て、エリーザは笑いが止まらない。
(元々、ノーラについてあまり良い印象も抱いていなかったようですしね。簡単でしたわ)
そしてその努力が身を結んで、とうとう婚約破棄が成立。
エリーザがそれを聞いた瞬間、体中に快感が走った。
いつも目の上のたんこぶだったノーラ。
そんな彼女の位置に今はわたくしがいる。
ノーラ。今、あなたはどう思っているでしょうね?
悔しさで顔を歪めているかしら。
しかもあの噂の第七王子アシュトン様の婚約まで、押し付けられてしまって……。
ずいぶん差がついたものですね。
でも全部、ノーラ……あなたが悪いのよ。いつもあなたがわたくしの欲しいものを手に入れていたから……。
あなたは今頃、辺鄙な田舎でアシュトン様との『婚前の嫁入り』に移っていますのかしら。
それとも門前払い?
どちらにしても愉快。
堕ちぶれていくあなたに対して、わたくしは今となっては第一王子のパートナー。
さすがにノーラとの婚約破棄が成立したばかりなので、正式な婚約は結んでいないが……近いうちにすることは内定していますのよ。
あなたのお相手も一応王子だけど、相手は評判が悪すぎて王位から程遠い存在。
わたくしとは比べものにならないんですからね。
今まで一度も勝てなかった相手。
そんな相手にようやく勝利をおさめることが出来て、エリーザは人生の絶頂を迎えていたのだった。
「あら?」
そして今──エリーザはレオナルトの自室にいる。
正式に婚約も決まったということで、こうして堂々と彼の部屋に来ることが出来ているのである。
レオナルトが席を離した際、エリーザは机の上に置かれているとある便箋を見つけた。
「なにかしら……」
普段なら気にならないだろう。
しかしそれを見た時、何故だか胸騒ぎがした。
今すぐこの中身を見なければ、大変なことになる……と。
エリーザは導かれるようにして便箋を手に取り、中を──。
「なにをしているっ!」
その瞬間。
後ろからレオナルトの怒号が聞こえ、エリーザは飛び上がりそうになってしまった。
「レ、レオナルト様……」
「勝手にそれを見るな! いくら君でも許されないぞ!」
レオナルトが大股でエリーザに近づいてきて、奪うようにしてその便箋を手に取る。
「ご、ごめんなさい……! 少し気になってしまったの。わたしが悪かったですわ。だからどうかお許しを……!」
(しまった! なんで、わたくしはこんなことをしたの!?)
内心焦るエリーザの瞳からは涙が溢れていた。
もちろん、嘘の涙である。
男というものは女の涙に弱い。
そのことが分かっているエリーザだからこそ、こうして簡単に泣くことが出来ているのだ。
そしてレオナルトにその効果は絶大。
彼は見る見るうちに慌て出して……。
「ご、ごめんよ、エリーザ。ちょっと怒りすぎたみたいだ。僕の方こそすまない……」
とエリーザを優しく抱きしめ、背中を撫でた。
「本当にすみません……あなたってすごくモテますから、他のご令嬢からの手紙かと思って……」
「君がそう思うのは仕方ないよ。配慮がなかった。それに心配しなくていい。今の僕は君にぞっこんなんだからね」
エリーザはレオナルトの胸の内で、先ほどの行いを反省していた。
(どうして、こんなことをしたのかしら? 自分の手紙を無断で読まれようとしたりなんかしたら、お怒りになるのは当然なのに……)
普段のエリーザからは考えられないほどの、迂闊な行動である。
(でも……この調子だとレオナルト様も許してくれたみたいだし、ひとまず良かったですわ)
ほっと一安心。
しかし……エリーザはどうしても不安が拭いきれなかった。
先ほどのレオナルトの態度。
いくら手紙を読まれようとも、それにしては少し慌て過ぎていたような……。
まるで絶対にバレてはいけない秘密が、他人にバレそうになった時のような態度だ。
(気にしすぎですわよね。慎重になりすぎなのかしら。せっかくレオナルト様と一緒になれましたし、もっと落ち着きましょう)
だが──エリーザの判断は間違いであった。
エリーザはこの時、たとえレオナルトの逆鱗に触れようとも、無理やりにでも便箋の中身を見るべきだった。
そうすれば悲惨な未来が、少しは変わっていたのかもしれない。
今、エリーザが見ようとしたもの……それには彼女の計画が全て破綻してしまう、とんでもない内容が書かれていた。
しかし幸せいっぱいで視野が狭くなっている彼女に、それが分かるはずもなかった……。
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