67・嫉妬(アシュトン視点)
ノーラの周りにはいつも人がいる。
今だってそうだ。
『ああ、もう! まだイノチ草は残ってるから、もう一回作ってくるわ!』
そんなことを言いながら、彼女はスカートの裾を軽く持ち上げて、厨房へと駆け出していった。
「慌ただしいヤツだ」
俺はノーラが慌ただしく動いている光景を見て、そう呟く。
こんなノーラを「はしたない!」という輩はいるだろう。
しかし──そういう輩も、ノーラと接していたらいつしか彼女の虜になってしまっている。
『お待たせ!』
ノーラがイノチ団子を持って、戻ってきた。
冒険者たちがそれを求めて、彼女の周りに集まってくる。
それはイノチ団子が美味だということも一因すると思うが──それより、彼女ともっと話したいという欲求の方が大きいように感じた。
ノーラは人見知りをしない、明るい性格。
普通の令嬢なら怯んでしまうようなゴツい冒険者相手でも、臆さずに喋っている。
そんな彼女の横顔を見て、チクチクと胸を刺すような痛みを感じた。
これは嫉妬か──。
そう──自分の感情には気付いている。
ノーラが他の男と喋っているのを見れば、どす黒い感情が湧いてくる。
嫉妬心など矮小な男が抱くものだと思っていた。実際、ノーラと出会うまで、こんな感情を一度も抱いたことはなかった。
「本当に……あいつは俺の胸をいつもざわつかせてくれる」
笑顔で男共の話し相手になっているノーラを眺めながら、俺はそう独り言を呟いた。
「……ダメだ」
さっとノーラから視線を外してしまった。
これ以上、彼女が他の男と喋っているのを見たら、どうにかなってしまいそうだからだ。
今すぐ彼女の笑顔を俺のものにしたい。彼女は俺のものだと、周囲に対して主張したい。
しかし──その願望は早くも達成されることになる。
決起会も終わりに近付いてきて、周りでは焚き火を囲って下手なダンスに興じていた。
『まあ──そこまで言うなら、踊ってやろう。ほら、ノーラ。行くぞ』
そんな中に混じって、俺もノーラをダンスに誘った。
ダンスが下手──なんて挑発をされて、黙っていられるほど俺も大人じゃない。
一見、ノーラはダンスよりも外で走り回っている方が性に合っているように思える。
実際、彼女もそっちの方が好きだと常々言っている。
だが、なかなかどうして……ノーラのダンスは見事なものであった。
踊っている最中のノーラは意外とお淑やかである。
それが普段とのギャップを生み、俺はこのまま永遠にノーラと踊ってみたくなった。
『あ、あら。私が他の男と踊ってても、あなたはいいってわけ?』
途中、ノーラがそんな意地悪なことを口にした。
普段の俺なら軽く受け流していただろう。
だが、先ほどまでの嫉妬心を引きずっている俺はこう口にしてしまった。
『それは我慢出来ない。ノーラ──お前は俺のものだ』
彼女の顔を真っ直ぐ見つめる。
こんなにキレイな顔をしているのに、普段の彼女は令嬢らしくない。俺と出会ってからなのかもしれないが──自分の感情のままに生きているように思える。
そんな彼女がとても魅力的で──好きだった。
一生、彼女を守りたい。彼女にずっと笑顔でいて欲しい。
そう思うと、ノーラに対する愛おしさがさらに膨らんでいくのを感じた。
そして──いつしか、俺は今がなんなのかということも忘れて、彼女の唇を奪いたくなったのだ。
ノーラの唇に、自分の唇を近付けていく。
彼女もそれから逃げずに、受け入れてくれているようだった。
この好機──逃してたまるものか。
お互いの唇がゼロ距離になろうかとする時──。
『きゃっ!』
彼女の小さな悲鳴を聞いて、俺は我に返る。
そうだ──こんなところで、さすがに口づけなどしなくていい。ノーラに恥をかかせることになる。
ノーラは大袈裟だと言ってくれたが──先ほどの俺は冷静さを失ったせいで、彼女を危ない目に遭わせてしまった。
それは男として最悪の行為だ。
二度と、こんなことがあってはならない。
自分の行いを恥じ、ダンスを再開した。
さっきまでのような雰囲気には、二度とならなかった。
しかしこうしてノーラと踊っていると、まるで彼女と一つになったかのように感じた。
幸せだ。
そして──彼女もずっと幸せであって欲しい。
それを叶えるためなら、俺はなんでもするだろう。
あらためて、そう強く決意した。




