66・婚約者とのダンス
「ふう、やっと落ち着いたわね……」
一息吐いて、アシュトンの横に座る。
「くくく、人気者だったじゃないか」
「茶化さないでよ」
結局──イノチ団子は大人気で、次から次へと新しい人たちがそれを求めて集まってきた。
私はありったけのイノチ草を使い、厨房にあった白玉粉も全部使って……という感じでフル回転で働いていたら、いつの間にか決起会もお開きになろうとしていた。
「アシュトンさん、ノーラ。ここにいたんですね」
アシュトンと焚き火を眺めていると、ライマーも戻ってきた。
「ライマー、あなたも私のイノチ団子食べてくれた? 美味しかった?」
ここと厨房を行き来していたので、いまいち誰が食べてくれたのか分かっていないのだ。
問いかけると、ライマーは頬を掻きながら、
「ん……まあ、美味しかった。お、お前もあんなものを作れたんだな。意外だ」
と褒めてくれた。
彼にしては、珍しく褒めてくれたわね。でも褒め慣れていないためなのか、ちょっと照れ臭そう。
「そ、そんなことより──みんな、踊ってますね。アシュトンさんも行かないんですか?」
露骨にライマーが話題を逸らしにきた。
彼の言う通り──焚き火を囲って、何人かの冒険者がダンスに興じている。
楽器を奏でる人もいて、それをただ眺めているだけの私たちのような人もいる。
踊っている人の中には、カップルらしき男女もいる。
冒険者パーティー内で付き合う人って、意外と多いらしいのよね。まあ、長時間一緒にいると恋やら愛やらに発展するのは、おかしなことじゃないんだろうけど。
お酒も回っているのか、みんな楽しそうで、見ているだけで幸せな気持ちになった。
「ん……まあ、俺はあまりダンスが好きじゃないからな。それにわざわざ行くまででもないだろう」
「あら、第七王子なのにダンスが苦手なの? 小さい頃、習わなかったの?」
「うるさい」
私が挑発すると、アシュトンはそう言葉を吐いた。
「それに俺は苦手だとは言っていない。ただ……こうして音楽に身を任せるのは、どうも俺の性に合わん。だから……」
「ふうん。でもそれってただの言い訳なんじゃない? 踊ってきなさいよ。ほら、あそこの女の人はなかなかキレイよ。あなたが誘ったら、きっと一緒に踊ってくれると思うわ」
「…………」
あれ?
私の言葉になにか引っかかったのか、アシュトンが無言でじーっと顔を見てきた。
「な、なによ」
「いや……お前は相変わらずだなと思ってな。いい加減、俺の気持ちを分かってくれ」
「アシュトンさんも苦労しますね……」
「……?」
アシュトンとライマーは呆れているようだが、私はどうして二人がそんなことを言い出すのか、いまいちピンとこなかった。
「まあ──そこまで言うなら、踊ってやろう。ほら、ノーラ。行くぞ」
「え? 私?」
急に指名されて、戸惑う私。
「お前以外に誰がいるんだ」
「でも……私もダンスはそんなに好きじゃないし、アシュトンならもっと素敵な人を捕まえられると思うけど?」
「お前以上に素敵な女などいないさ」
ドキッ。
不意にそんなことを言われたものだから、胸が鼓動が一瞬速くなった。
アシュトンは立ち上がって、私にさっと手を差し出す。
たまに忘れそうになるけど、私はアシュトンの婚約者だった。それなのに……素敵な人を捕まえられる──って言葉はちょっと軽率だったわ。反省。
ちょっと恥ずかしいけど、私は彼の手を取る。
「ちょっと、アシュトン! そんなに強く引っ張らないでよ!」
「こうでもしないと、お前がいつの間にか俺の目の前からいなくなりそうだからな」
意味が分からないことをアシュトンは言いながら、私を焚き火の近くまで連れていく。
そして私の両手を握って、ダンスを始めた。
「え──っ?」
踊ってみて、すぐに気付く。
先ほどの強引さはどこにいったのか。
アシュトンのダンスは優しくて、こうして身を委ねているだけで心地よかった。
足運びも優雅で上品。
普段、魔物と戦っている時はあんなに激しく動き回っているのに……と、彼の意外な一面が見れて、私はただただ言葉を失ってしまった。
「どうした、ノーラ? いつもと違ってお淑やかじゃないか」
「そ、そういうあなたこそ、普段とは全然違うわ。本当のあなたはどっちなの?」
「さあな」
とアシュトンは優しく笑った。
私はこれでも一応、公爵令嬢。小さい頃からダンスも習ってきたし、学生時代でも誰よりも上手く踊ることが出来た。
だからちょっとやそっとで、ダンスでも遅れを取らないつもり。
だけど──アシュトンはさらにその上をいった。
こんな野外なのに、私はまるでここが王宮のダンスパーティーにいるかのような錯覚を感じた。
周囲の人々も動きを止めて、私たちのダンスを見守っていた。
「ノーラもなかなかダンスが上手いじゃないか。しかしいかんせん、慣れが足りていない。場数をもっと踏むべきだ」
踊りながらも、余裕綽々でアシュトンは語りかけてくる。
「あ、あら。私が他の男と踊ってても、あなたはいいってわけ?」
「いや……」
一転。
アシュトンのダンスが激しくなった。
私もそれに必死に付いていく。
「それは我慢出来ない。ノーラ──お前は俺のものだ」
「──っ!」
アシュトンに見つめられて、思わず息を呑む。
長い睫毛。憂いを帯びた瞳。
前髪の一本一本すらもよく見えて、まるでここだけ時間が止まっているみたい。
カッコいい──。
きっとそれは雰囲気のせい。
そりゃあ、前々からアシュトンのことはカッコいいと思っていたわよ?
見てくれだけがいいだけの男性は、今まで何人も見てきた。
元婚約者のレオナルトなんて、その典型ね。
でも──今のアシュトンはそうじゃない。
こうして踊っているだけでも、彼の優しさが内側から滲み出てくる。何気ないステップも、私が躓かないように気を遣ってくれているのが、はっきりと分かった。
隠しても隠しきれない、育ちの良さ。
こんな野外のダンスで、彼のそんな一面も知れるとはね。
でも。
「安心して」
──このままアシュトンにずっとペースを持っていかれるのも、私のプライドが許さないわ。
心の内の動揺を悟られないように、気丈に振る舞う。
「あなた以外と踊るつもりはないわ。だって──私はあなたの婚約者だもの」
「……っ!」
今度はアシュトンが息を呑む番だった。
そして彼の顔が徐々に接近してくる。
あれ? これってもしかして?
瑞々しい唇が、さらに近付く。
普段の私なら逃げようとするんだけど、この変な空気感に圧されてか──抵抗出来なくなっていた。
ダ、ダメ……みんなも見てるのにっ。
そう言葉を発しようとするが、口がちゃんと動いてくれない。
まるで吸い込まれるように、アシュトンの唇を受け入れ──。
「きゃっ!」
次の瞬間──。
そちらに気を取られてしまったためか、小石に躓いてしまった。
幸いにもすぐにアシュトンがすぐに体を支えてくれたので、転倒するっていう恥ずかしい真似は避けられたけど……。
「……すまんな。確かに、こんなところでやるべきではなかった。そのせいでお前を危ない目に遭わせてしまった」
アシュトンがそう軽く謝る。
先ほどまでの、時間が止まったような感覚はなくなっていた。
「わ、私こそ、ごめんなさい。それに危ない目……って、ちょっと大袈裟よ。気にしないで」
「いや……どんな些細なことでも、俺はお前を守るって決めてるんだ。ダンス中でもそれは変わらないように、気をつけていたつもりだが──今日の俺はおかしい」
とアシュトン反省する。
そんなこと、言わなくてもいいのに……。
それにいくらここがデコボコの地面の上とはいえ、あんな大事な場面でバランスを崩してしまったのは、きっと動揺してしまったから。
あんな大事な場面?
──そう、ついさっき私は彼と口づけをしようとした。
だけどそのことを意識すると、急激に恥ずかしくなった。
「つ、続けましょうか?」
──なにを?
その疑問には私自身も答えられなかったけど、アシュトンはそうじゃなかったみたい。
「……そうだな。もう少し踊ろうか。夜がもう少し更けるまで──」
いつもの調子に戻って、アシュトンがそう口にした。
その後──あらためてダンスを再開したけど、さっきみたいな雰囲気にはならなかった。
 





