64・あなたのそういうとこ、好きよ
「ここにいたのね」
ライマーは街の中の小川のほとりで座っていた。
小石を拾い上げては、何度か小川に投げている。
彼の背中が小さく、そしてとても寂しそうに見えた。
「…………」
話しかけても、彼は私の方を一瞥もしない。
聞こえているとは思うんだけど……やっぱり怒っているのかしら?
余計な真似をしやがって……って。
だけど、こんなしょんぼりしている姿を見て、このままとんぼ返りなんて出来ないわ。
「隣、座るわね」
一言そう言って、ライマーの隣に腰掛けた。
「「…………」」
──ライマーも私も、あえて喋り出そうとしなかった。
私たちは一緒になって川の流れを見ていた。川の中には小さな魚も泳いでいて、それを眺めるだけで癒された。
それからどれくらい経ったんだろう。
長かったような短かったような……。
痺れを切らしたのか、先に口を開いたのはライマーだった。
「……惨めだろ?」
「惨め?」
「アシュトンさんの一番弟子と言っておきながら、この様だ。リックにも負けちまう。惨めだろ? カッコ悪いだろ? ふんっ、笑うがいいさ……」
「あなた……」
私はじーっとライマーの横顔を凝視する。でもやっぱり、彼はこっちを向いてくれない。
「失礼するわね」
だから舵手─両手でライマーの顔をぐいっと掴み、そのまま強引に私と目を合わさせた。
「な、なにをするっ?」
「うーん……顔色はいいんだし、変なものを食べたというわけでもなさそうね。だとしたら、一体なにが……」
「離せ!」
ライマーは無理やり私の手を振り払って、若干距離を離した。
「あら、いつもの調子にちょっとは戻ったじゃない」
ふんわりと柔らかく微笑みかける。
「私が戦いの最中、野次を飛ばしたことは謝るわ。それで怒ってる……ってわけじゃなさそうね」
「お、お前はなにを──」
「でもあなたらしくないわ。あなたの良いところって、何度負けてもへこたれないところじゃない」
私がそう言うと、ライマーはハッとした表情になる。
そう──ライマーは諦めが悪い。
私が彼を何度負かしてあげても、懲りずに何度でも立ち向かってくる。
「そしてとっても前向き。あなた、自分をアシュトンの一番弟子だと思っているわけなのよね? 私より弱いくせに……」
「オ、オレはお前より弱いつもりなんてないぞ!」
「だけどそんなところが、あなたの良さ」
ライマーの言葉を無視して、私は彼に真っ直ぐ言葉を投げる。
「リックに一回負けたくらいでなによ。勝つまでやったらいいじゃない。それなのに、そんなに落ち込んで……あなたらしくないわ」
「…………」
「ああ、もう! また暗い顔をする! しゃきっと──」
私はそう口にして、張り手のように彼の背中を──、
「しなさい!」
バンッ! と勢いよく叩いたのだ。
「いっつ──っ!」
ライマーは痛そうに背中を丸め、涙目で私を見上げた。
「な、なにしやがんだ……っ」
「目が覚めたかしら?」
「まあ……おかげでな。だが、少々荒療治すぎないか?」
非難がましい表情はそのままである。
しかしようやく痛みが引いたのか、ライマーは深呼吸をしてからこう口を動かした。
「オレ……さっきの戦い、集中出来なかった。アシュトンさんの前だから絶対に負けられない……って。そしてなにより──お前を意識しすぎてた」
「私を?」
「ああ。オレは今でもアシュトンさんの一番弟子だと思っている。それは確かだ。しかし……たまに不安になるんだ。本当にオレが、アシュトンさんの一番弟子を名乗っていいのかって? ノーラもめきめきと力を伸ばしてるんだし、こいつにいつか抜かれるかもしれない……って」
「だからさっきの戦い、焦っているように見えたのね」
私の言葉に、ライマーは首を縦に振った。
「しかもお前は聖なる魔女? だかなんだかの力も眠っているときた。こうなったら、さらにお前とオレの差が広がるばっかりだ」
「うーん、別に聖なる魔女の力があるからといって、それを使いこなせるわけじゃないんだし……あなたの考えすぎだと思うけどね」
「でもお前だったら、直に使いこなせると思う。お前はそういうヤツだ。だが──」
そこでライマーは急に立ち上がり、
「オレはお前なんかに負けない! そしてこれからも、アシュトンさんの一番弟子だって胸を張って言えるようにする! これはお前への宣戦布告だ!」
と私を指差した。
「ふふ、受けて立つわ。面白いじゃない」
だから私も真正面から、彼の決意を受け止めてあげた。
……うん。
心配だったけど、いつものライマーに完全に戻ったわね。
アシュトンが「あいつの迷いはお前にも原因がある」と言っていたのは、このことだったのね。
ライマーもやっぱり普通の男の子だ。
どんなことがあっても諦めず、前向きだけど……人並みに悩むこともあったみたい。
でも、もう安心。
ライマーの瞳からは、既に迷いが消えていた。
「私、あなたのそういうとこ──好きよ」
「へ?」
ライマーがきょとんとする。
「聞こえなかったのかしら? あなたのそういう前向きなところ、好き。私、うじうじしてる男を見てたら、痒くなってくるのよ。でもライマーはそうじゃないから」
「好き──」
ライマーは何故だか頬を朱色に染めて、私の言ったことを噛みしめている様子だった。
なんでこんな表情をするんだろう?
「まあいっか……そんなことより──そろそろ行くわよ!」
「行くってどこにだ?」
「まだ寝惚けてるのかしら? リックに再戦を挑みにいくに決まってるじゃない! 私はあなたが勝つまで審判をしてあげるから、安心して!」
「そ、そうだな。負けたままじゃ終わらせられない! 今度こそ勝ってやる!」
とライマーは立ち上がる。
そして私たちはは先ほどの場所まで、駆け足で向かうのだった。
その後──ライマーは再戦であっさりとリックに勝利をおさめた。
だけどリックは悔しそうに顔を歪めて、
『もう一回だ! 今のところ一勝一敗引き分け! 次は負けん!』
とライマーに食ってかかったのは、見ていて微笑ましかった。
ライマーは認めたがらないだろうけど──この二人、案外似た者同士かもしれない。
それから何十戦もやっていたが、結局どっちが勝ち越したのかは分からなかった。




