62・ライマーの幼馴染
「そもそもここまで付いてきたのも、私のワガママだったからね。これ以上アシュトンにワガママを言って、あなたを困らせたくないわ」
本音を言うと──すっっっっっごく行きたい。
だってせっかく、新しい魔法や剣技を披露する場なのよ? 宿屋でおとなしくしておくなんて、我慢ならないわ。
でも……ここで強情を張って、無理やり付いていこうとすれば、それこそただのワガママお嬢様になってしまう。
それに。
「アシュトンがそう言うってことは、私がいなくても作戦は支障がないってことなんでしょ? だから今回は我慢する」
「…………」
私の話に、アシュトンは黙って耳を傾けてくれる。
私、なにか変なこと言ったかしら?
「お、お前……成長したんだな。まさかお前の口から、そんな殊勝なことが飛び出すなんて予想もしていなかったぞ。また駄々をこねると思っていた」
「ライマーは私をなんだと思っているのよ」
唇を尖らせてライマーに問いかけるが、答えは返ってこなかった。
一方。
「……ほ、本当にいいのか?」
アシュトンは恐る恐るといった感じで、そう尋ねてくる。
「あら、そもそもあなたから言い出したことじゃない。あなたもライマーと同じことを思っていたわけ?」
「まあ正直……」
とアシュトンは頬を掻いて、私から視線を逸らした。
「大丈夫。明日は付いていかない。でも──これだけは言わせて。必ず無事に戻ってきなさいよ!」
「当然だ。必ずお前の元に戻る」
そう言って、アシュトンは柔らかい笑みを浮かべた。
ふう……これで話は付いたわね。
本当はやっぱり、まだうずうずしているけど……我慢我慢。
それに──街中を観光して、美味しいものに舌鼓を打つのも、それはそれで楽しそうだからね!
頭を戦闘モードからお食事モードに切り替えて、明日は目一杯楽しみましょ。
「じゃあ、行きましょうか。お腹が空いたわ。私、ここに来るまでに美味しそうなお店を見つけて──」
と言葉を続けようとした時だった。
「ライマー?」
不意にライマーの名前を呼ぶ、男の声が聞こえたのだ。
「お前は……もしかしてリックか?」
ライマーは声のする方に顔を向け、そう問いかけた。
すると。
「おお、やっぱりライマーか! 元気にしてたか?」
リック──と呼ばれた男の子は表情をパッと明るくして、小走りでこちらに駆け寄ってきた。
リックがライマーの首に腕を回す。ライマーは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「お、おい。やめろって……! というか、どうしてお前がここにいる!」
「今回の魔物一斉討伐のために、村から駆り出されたんだよ。その様子だとライマーも?」
「そうだ! オレは優秀な冒険者だからな──取り敢えず離れやがれ!」
とライマーが強引にリックを強引に振り払った。
でもリックは後頭部に両手を回して、「ニシシ」と笑みを浮かべている。なんだか楽しそうだ。
「お前、大活躍だって聞いたぞ! この調子じゃ、Sランク冒険者も近いって。俺も自分のことのように嬉しいよ。俺とお前は永遠のライバルだからな」
「ふんっ! 当たり前だ! なにせ、オレはアシュトン様の一番弟子なんだからな! お前とは格が違うんだ」
「おお!? アシュトン様って、あの第七王子でありながらSランク冒険者の? ぜひ一度お目にかかりたい……」
と、ここでようやく彼は気付いたのか──アシュトンの方へぐぐぐっと顔を向ける。
「黒髪……泣きぼくろ……も、もしかしてアシュトン様!?」
「そうだが……」
「アシュトン様も、今回の任務に参加するっていう噂は本当だったんですか!? やっぱりオーラがある……! カッコいい。ライマー! お前、こんな人の一番弟子だなんてすごいな。羨ましいよ!」
リックはくしゃくしゃとライマーの頭を撫でる。
いつものライマーなら「やめろ!」と反抗しているところだけど……リックのなけなしの元気に、さすがのライマーもたじたじのようだった。
「えーっと……ライマー、彼は……?」
「あ、ああ。オレの幼馴染だ。腐れ縁ってヤツだな」
とライマーは説明した。
「幼馴染……? でもこの子は、ジョレットにいないわよね。なのに……」
「ライマーは元々、ジョレットの生まれじゃないからな」
アシュトンが後ろからぐいっと出てきて、私にそう補足する。
「そうだったの?」
「ああ。ライマーの出身地は、辺境の田舎村だ。だが、王都で一旗上げるために、何年か前にライマーは故郷を出たわけだな」
「へー、王都ねえ」
そういう若者は珍しくない。王都は国の中心。人やものがたくさん集まってきて、そこに夢とロマンを見出すのだ。
でも。
「それなのに、どうしてジョレットにいるのよ」
「王都に行くまでの、馬車の運賃がなかったんだ」
間抜けな話だった。
「そこで一度、ジョレットで冒険者の依頼をこなしながら金を稼いで、王都に行こうとしたわけだが……」
「アシュトンさん! こいつにそんな話をしないでくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか!」
ライマーが慌てて、私とアシュトンの間に割ってはいる。
しかしアシュトンはそれを意に介さず、話を続ける。
「ここからはお前も知っている話だ。俺は魔物に襲われているライマーを助け、そこからこいつは弟子になった……そうこうしているうちに、王都に行く気もなくなってしまったというわけだ」
「聞けば聞くほど、ヘンテコな話ね。初志貫徹しなさいよ」
「へ、下手に王都に行くより、アシュトンさんと一緒にいた方がためになると思ったからだ! お、王都に行っても、なにも出来ないままで終わるからもしれない……って、怖気付いたわけじゃないんだからな!」
とライマーは必死に否定する。
「あ、あのー……自己紹介、させてもらっていいですか?」
おずおずといった感じで、リックが話に割り込んできた。
「あら、ごめんなさいね。入りにくかったわよね。私はノーラ、よろしくね」
「お、俺はリックです! 故郷ではライマーと親友でした! でもこいつが村を出て行ってから会ってなかったので、こうするのも久しぶりっす」
「だからそんなに嬉しがっているのね。ライマーと私は──うーん、なんなんでしょうね。一応、一緒に暮らしてる仲だというのか……」
「お、おい、ノーラ!」
ライマーが顔を真っ赤にして、私の前に立つ。
「そんな言い方したら、誤解される──」
「ラ、ライマー!? お前、こんな美人とど、どどど同棲しているのかよ? お前……村にいる頃は、女の子ともろくに喋ったこともなかったのに……」
衝撃の事実だったのか、リックは唖然としている。ライマーはあたふたするばかりで、まともに説明も出来ない。
だけどアシュトンは溜め息を吐きつつ、こう補足する。
「……ノーラは俺の婚約者だ。それで一緒に暮らしているわけだが──ライマーもうちの屋敷にいるから、そういう意味でノーラは言ったわけだな。ちなみに──他に執事が一人いるし、四人で暮らしている」
それを聞いて、リックはほっと胸を撫で下ろし、
「よ、よかったっす……俺、ライマーが変わっちまったと思いました。美女と二人暮らし……爛れた生活……」
「お前は一体なにを想像してたんだ!?」
ライマーはそんなリックに、そうツッコミをいれていた。
うーん……なかなか愉快な子ね。私の説明不足のせいだけど、あれだけでこんなに妄想を膨らませるなんて……。
それに──ライマーとそんな関係だと思われるのも、不本意だわ。ここらで一回、ガツンと食らわせておきましょうか。
「そもそも私は、自分より弱い男とそんな関係になろうとは思わないわ」
「自分より弱い男と……? そう言うってことは、もしかしてノーラさんや剣や魔法に嗜みがあるんですか?」
「ええ。これでも一応──ライマーとは何度か決闘して、私が全勝なのよ」
「なっ……!」
即座にライマーが私に非難の目を向ける。
「お前、また変なことを言って──」
「えー!? ライマーにですか? こいつ、村では大人顔負けの強さだったんですよ。それなのに、あなたみたいな人が……それとも──」
とリックはてライマーに視線を向ける。
「お前……もしかして、ジョレットに行ってから弱くなったのか?」
「そ、そんなわけない! この女は特別なわけだ! それどころか、アシュトンさんに鍛えられてオレはさらに強くなった」
「へえ……じゃあ久しぶりに俺と決闘してみっか?」
ニヤリと笑うリック。
「俺もお前が出て行ってから、さらに強くなったんだ。弱くないって言うなら──お前の強さ、俺に見せてくれよ」
「望むところだ!」
ライマーとリックはお互いの顔を突き合わせて、火花を散らせる。
「くくく……面白そうなことになってきたな」
アシュトンは二人の様子を眺めて、やけに楽しそうだ。
それは私も同じ。
「じゃあ、私が審判をしてあげるわ! 早く行きましょう!」
──こんな面白いこと、ただ黙って見学するのはもったいないわ!
ライマーはまたなにか文句を言いたそうだったが、無視だ。
私たちはギルドを後にして、決闘が出来そうな場所を探すのであった。
当作品のコミカライズ一巻が、明日発売です!




