6・昔のことを話すと笑われた
子どもの時から。
私は社交界のマナーや美容について学んでいるよりも、剣を振っている方が好きだった。
物心ついて。
お屋敷の一室にあった剣を見つけ、私はそれを手に取った。
そしてそれを玩具のように振り回したことを、最近のことのように思い出せる。
その際、部屋の中にあった壺に剣が当たってしまい、割れてしまったこともだ。
もちろんそれは使用人に見つかり、お父様にこっぴどく怒られたんだけど……子どもの頃の私はそれでは懲りなかった。
それ以来、他の人の目を盗みつつ剣を振るった。
最初は見つけるなり、何度も叱っていたお父様も、私が諦めないことに呆れたのか……やがて剣の教育係もつけてくれた。
自由にやらせて怪我をされるよりも、そっちの方がマシだと思ったんだろう。
教育係がついた私の剣の腕は、メキメキと伸びていった。
それは他に教えてもらっていたダンスよりも、成長が速かったように思える。
そして剣の腕が一定の実力以上にいくと、今度の私は魔法に興味がそそられていた。
書庫に入って読書に入り浸っている私を見て、お父様はさぞ安心したことでしょうね。
でも私が読んでいる本はロマンス小説や、マナー本でもなくて……魔法書であった。
私が独学で下級魔法の『フレイム』を使えるようになったのは、確か六歳の頃。
それからは剣の時と一緒。
一人にさせるよりも、誰かに見てもらった方が安心……ということで今度は魔法使いの教育係もつけられた。
どうやら私は魔法の才能もあったらしい。
やがて剣も魔法も教育係の方に「もう教えることはない!」と、半ば呆れたように免許皆伝を言い渡されたのだ。
確かあの教育係の人も、昔は有名な冒険者だったりしたと思うけど……幼い頃の私、恐るべし。
我ながらそう思う。
「あっ、それで……お父様をビックリさせた事件があるんです」
「ビックリさせたこと?」
私が話を続けると、アシュトン様は最低限の言葉しか挟まず、興味深げに耳を傾けてくれていた。
あれは十二歳の時くらいだろうか。
お父様たちに黙って、私は一人で近くの森に出かけた。
そこは魔物が多く蔓延っている危険な森であった。
それなのに私はどうして森に出かけたのか。
それはせっかく剣も魔法も学んだし、実戦で試してみたいと思ったからだ。
今思うと、バカなことをしたと思う。
その森の中で、私はハードベアという魔物に出会った。
あとから聞いたんだけど、ハードベアはBランクに相当する魔物。
普通、私みたいな小娘相手じゃ、すぐに殺されてしまうという。
「それでどうなったんだ?」
「もちろん……コテンパンにやっつけましたわ」
私は得意げに言う。
ハードベアの死体を引きずって、屋敷に戻ってきた時は大騒ぎであった。
勝手にそんな危険なことをするな!
……とお父様に言われたけど、彼がどこか誇らしげにしていたことも思い出せる。
「あ、あとですね! ご高名な魔法使いがエナンセア公爵家を訪れた時も、手合わせを申し出て……」
……はっ!
そこで気づく。
いけない! 夢中になって喋りすぎてしまったわ!
引かれていないだろうか……いや、引かれるのが普通だろう。
そりゃそうよね。公爵令嬢がお茶会よりも剣や魔法に興味があっただなんて……。
しかも私のやったことはかなり破天荒。
そのことは自覚していた。
「くくく……」
ん?
後ろを向くと、何故だかカスペルさんが顔を伏せて笑いを堪えていた。
今の話のどこに笑いどころが?
次に恐る恐る前を向くと、アシュトン様も同じ様子で……。
「はーっはっはっは! 最高だ! そんな女が……しかも公爵家にいたとはな!」
と堪えきれず、彼はそう大きな声で笑ったのだ。
「え、え?」
予想だにしていなかった反応に、さすがの私も言葉を失ってしまう。
アシュトン様はまだ笑いがおさまらないのか──その笑い声は食堂に響き渡った。
こんな彼の表情を見られるなんて……なんだか意外。
こうやって少年みたいに笑う人とは思っていなかったからね。
アシュトン様が楽しそうに笑っている姿を見て、私の胸がトクンと脈打った。
「やはり私の見立てに間違いはなかったようだな。ノーラ……お前は面白い女だ。しかも特上のな」
アシュトン様の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。それを指で拭いながら、彼は言った。
「あ、ありがとうございます……?」
私もなんて返していいか分からず、そんな間抜けな言葉が口から出てしまっていた。
「ひ、引いてないでしょうか?」
「引く? どうして俺が引かねばならぬのだ。面白いではないか。お茶会やダンスよりも、剣や魔法の方が好きと言う令嬢なんて聞いたことがないぞ。しかもたった一人でハードベアなんて倒してしまう! なにもかも前代未聞すぎるっ!」
「ハードベアといったらその固い体のせいで、高ランクの冒険者でも手こずる相手ですからね」
アシュトン様の言ったことに、カスペルさんも同意する。
私はそんな彼らを見て、心のどこかでほっとしていた。
こういう反応をされるとは思っていなかったからだ。
元婚約者の第一王子レオナルトは、私のこういうところを嫌っていたからね。
女がはしたない真似をするな! ……って。
だから私はレオナルトと婚約してからは自分のやりたいことを我慢していた。
「お前のことは聞いている。確かあのレオナルトに婚約破棄されたんだよな? だから俺との婚約を押し付けられた……と」
「い、いえいえ。押し付けられただなんて、そんな……」
「兄もバカなことをしたものだ。こんな面白い女との婚約を破棄するとはな」
なにが楽しいのか、アシュトン様の声はまだ弾んだままだった。
「婚約……いいじゃないか。さっさと帰ってもらおうと思ったが、気が変わった。ノーラ──お前との婚約を正式に認める。逆に俺の方からお願いしたいくらいだ」
「い、いいんですか?」
「ん? そのつもりでここに来ただろうに」
それはそうだが……門前払いされる可能性の方が高いと思っていた。
冷酷無比な第七王子。
アシュトン様の噂を聞く限り、とてもこういう風に笑う人間だとは思っていなかった。
しかし彼と話していると、とても人間味があって魅力的な方のように思えた。
……ちょっと口は悪いけどね!
「よし。じゃあ無論、『婚前の嫁入り』もするんだよな?」
「え、ええ。そのつもりです」
この国の慣例として、婚約が正式に決まれば相手方の家に一定の期間嫁ぐことになる。
期間は短くて一週間、長くて一年程度だ。
この間に二人の相性を見極め、スムーズな結婚につなげるためなのだと聞く。
それを『婚前の嫁入り』と呼ぶわけだ。
「では、あらためて言おう。よろしく頼む」
「私こそよろしくお願いいたします」
アシュトン様は私の顔を見て、ニヤリと口角を吊り上げる。
「まあ……俺としては婚約なんか吹っ飛ばして、いきなり嫁いできてもいいんだがな」
「そ、そういうわけにはいきませんわ。冗談はおやめください」
「くくく、冗談か。今はそういうことにしておこう」
今日の私はらしくない……アシュトン様に押されっぱなしだわ。
彼との決闘には勝ったけど、そのあとの私はダメダメ。
今日の勝負は五分五分ね。
アシュトン様の顔を見ながら、そんなことを考えていた。
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