56・面白い子(リクハルド視点)
【SIDE リクハルド】
「面白い子でしたねえ」
ノーラが書庫から去った後。
リクハルドは先ほどのことを振り返っていた。
「なんだか彼女と喋っていたら、毒気が抜かれるようです」
ここにいても、リクハルドは森の様子を見通すことが出来る。
ノーラたちが森に立ち入った時、リクハルドはいつも通りエルフたちに攻撃の指示を出した。
無論──その正体はアシュトンが見抜いたように、ただの木の棒を魔法を纏った矢と思わせる幻術である。
普通の者ならこれで怯み、撤退する。
しかしノーラは違った。
『あったまきたわ!』
無数の矢(のように見える幻術)を前にしてもノーラは怯まず、そう啖呵を切った。
その服装から、ただの令嬢だと思っていたが──なかなかどうして、ノーラはあの中でも一番勇敢に見えた。
その際、不思議な魔力を感じたため、リクハルドはエルフたちに出していた攻撃指示を撤廃したが──そうでなくても、ノーラの人間性に惹かれた。
「もっとも……エイノは違っている様子でしたが」
とリクハルドは苦笑する。
エイノはリクハルドの近衛兵をやってくれている男の子だ。
正義感が強く、頼りになるが──半面、常識に囚われ、大局的な見方が出来ないでいる。
その際たる例が、人間嫌いのエイノだ。
リクハルド自身は、人間との間で結ばれている不可侵条約を撤廃するつもりである。
経済的な面で見ても、エルフのコミュニティーは脆弱だ。ここだけで自給自足出来ていれば、食物の急な不作という危険性もある。そういうことがあった時、多種族──たとえば人間たちと仲良くやっていれば、危機を脱することが出来るからだ。
とはいえ。
「まだまだ人間に対して敵対心を抱いているエルフも多いですからねえ。果たして、いつになることやら……」
リクハルドはそう溜め息を吐いた。
『あなたの魔力に聖なる魔女を感じます。きっとあなたの中に──聖なる魔女の魂が眠っている』
最初はノーラの魔力に興味があっただけ。
彼女が森で魔法を使った際、聖なる魔女の魔力を感じた。無論、リクハルドも聖なる魔女を直接見たことはないが──その類稀なる魔力の特徴は、様々な文献に記されていた。
ゆえにノーラの魔力の特殊性に気が付いたのだ。
「さてさて、これからどうなることでしょうか」
かつての第七王子は世界を憎み、魔神となって災いをもたらした。
聖なる魔女はそんな魔神の恋人だった。彼女も世界を憎んでいて、魔神と同じ道を歩もうとするかもしれない。
だが。
「きっとノーラさんなら大丈夫でしょう」
『もし聖なる魔女が変なことを言ってきても、大丈夫よ。魔神みたいなことを考えてたら──私が説教してあげるんだから!』
リクハルドに対して、彼女はそう自信満々に言い放った。
「ノーラさんは強い人です」
どんなことがあっても前を向き、自分の人生を──そして世界を楽しむことの出来る子だ。
今回のことで、リクハルドはそう確信するのであった。
「もしかしたら、聖なる魔女もノーラさんのようだったら──運命を変えることが出来たかもしれませんね」
この先、ノーラが聖なる魔女の力を使いこなせるか分からない。
だが、なんにせよ──魔神の時と同じように、世界を憎しみで焼いてしまうことはないだろう。
根拠は薄いが──彼女なら聖なる魔女を救うことが出来る。
リクハルドはそう信じてやまないのだ。
「面白い子です。少し話しただけなのに、私は既に彼女の虜になってしまっている」
──彼女の伴侶となれる男性は、さぞ幸せなんでしょう。
「もしかして……あの黒髪の男性──アシュトンが、彼女の伴侶なんでしょうか?」
アシュトンは森にいる頃から、常にノーラのことを気遣っていた。なにがあっても、彼女を守ろうという強い意思も感じた。
しかしノーラは、そんなアシュトンの覚悟に気付いていないように思える。
そこが少し、見ていてもどかしかった。
「……やれやれ。一度会っただけの男女の恋仲を心配するとは……私も変ですね」
リクハルドは頬杖をつき窓の外を眺める。
いつの間にか夜空には、ぽっかり満月が浮かんでいる。
それはノーラたちの未来を照らしているかのように思えた。




