52・エルフの村にご招待
「はあっ、はあっ……ここが僕たちの村なんだぞ……」
エイノの案内で、私たちは無事にエルフの村に辿り着いた。
なんだけど……。
「どうしてそんなに疲れてるのかしら?」
「お前が早く歩くからなんだぞ! やっぱりお前、オークが人間に化けてるな!?」
声を荒らげるエイノ。
エイノは肩で息をしていて、膝に手を付いて立っている。
そんなに速かったかしら?
というか、そもそもあんなに舌を巻いてたくせに、どうして彼の方が遅いのかしら? 彼の自信は一体どこから……。
「あら、まだそんなことを言うのね。もう一度、ほっぺをぎゅーっとさせてあげましょうか?」
「そ、それはいい! だからもうこっちに近付くんな! 怒るんだぞ!」
エイノの両手を持とうととすると、彼は身を翻して私から離れた。
どうしてこんなに怒ってるんだか。
でもそんなことよりも──。
「キレイな場所なのね! アシュトンとライマーもそう思わない」
「ああ、そうだな。ここまで美しい場所は、なかなかお目にかかれないだろう」
「ここが……エルフの村」
二人は周囲を眺めながら、感嘆の声を漏らしている。
エルフの村は幻想的な場所だった。
今私たちがいる場所は広場のようになっているんだけど、中央に噴水が置かれている。
しかし噴水は宙に浮いており、緑色の光る水を出していた。
どういう仕組みなのかしら?
他にもどういう仕組みで動いているのか分からないものが、多数置かれていた。
なんだか玩具箱みたいな場所。
でも不思議と調和が保たれており、いくらでも眺めても飽きなかった。
「おい、あれ……」
「ああ。リクハルド様が招待したらしい。人間を招き入れて、なんのつもりだか……」
「ボク、人間なんて見るのは初めてだ」
……なんだろう。
視線をひしひしと感じる。
村にいるエルフたちが遠巻きに私たちを眺めて、コソコソ話をしているから気が散る。
「なによ。言いたいことがあるなら、私の前まで来て言ったらいいのに」
「まあそう言うな。なにせ、人間がここに来るのはなかなかない──いや、もしかしたら初めてのことかもしれない」
「あら、国王陛下はたまに会ってたんじゃなかったかしら?」
「会談がもたれても、大体は王都だったからな。この村に招かれたことは一度もなかったはずだ。ノーラは意識してないかもしれないが、これは結構歴史的なことなんだぞ?」
アシュトンが私の頭をポンポンと軽く叩きながら、そう言う。
「ノーラはいつも好き勝手に動くからな。ここでは勝手なことは……ってお前!?」
ライマーが忠告するよりも早く、私の足は近くの露店に向かっていた。
「こんにちは。これはどうやって使う商品なのかしら?」
「え、に、人間?」
そこの店員に話しかけると、彼は露骨に驚いた表情をした。
でも商売人としてのスイッチに切り替わったのか、咳払いを一回してからこう続ける。
「あ、ああ。これは魔導具。魔力を流し込んでやれば……」
「わあ! 光ったわ! キレイね」
「家のアンティークとして使われることが多いな」
その魔導具は正方形。サイズは私の掌にも乗るくらいで、一定時間ごとに光の色が変わっていく。
しかも宙にも浮くみたいだし、お洒落な商品だわ。
「素敵! これってもしかして、あなたが作ったのかしら?」
「そ、そうだ。俺は魔導具師でな。自分で作ったものをこうして売っているんだが……まさか人間にそんなことを言われるとは思ってなかった」
「そう? 誰が見たって、すごい商品だと思うんだけど……」
私はそう首をかしげる。
最初は私に警戒心を募らせていたようだったが、次第と表情が明るくなっていく。
「これって買える? あっ……もしかして、人間のお金じゃ買うことは出来ないとか?」
「それはそうだが……まあいい。タダで譲ってやる」
「いいの!?」
「ああ。どうせ大した商品じゃなかったしな。それに……自分とこの商品を素敵と言われて、気をよくしないエルフはいない。人間っていったら、悪魔みたいなもんだと教えられてきたが──どうやらそうじゃないらしいな。お嬢ちゃんと話していたら、毒気が抜けてしまうよ」
「うーん……でもお金を払わないのは、なんだか気が引けるわね」
私は少し悩んだけど、財布から金貨を一枚取り出して、彼の手に握らせた。
「はい。人間のお金はここでは価値がないかもしれないけど、だからこそ貴重でしょ? これでこの商品を買うわ」
「お、おお。ありがとう。なかなか面白い作りをしてるんだな。金の含有量が高くて……」
店員は私があげた金貨を、四方八方から興味深そうに眺めている。
気に入ってくれたようで、なにより。
「ノーラ」
後ろからアシュトンに声をかけられ、振り返る。彼の隣にはライマーも動いた。
アシュトンは少し怒った表情で腕を組み、こう声を発した。
「黙って見ていたが……あまり自由に動くな。いつ何時でも、俺から離れるなと言っただろう?」
「ごめんなさい。でもこの商品、すごく素敵じゃない? カスペルさんのお土産にどうかと思って」
「全く……お前はこういうところに来ても、いつもと変わらないんだな」
とアシュトンは嘆息した。
「ライマーも、もっと楽しみなさいよ。さっきから肩に力が入りすぎよ?」
「あ、当たり前だろうが! こんなに周りから敵意を向けられて、落ち着いてなんていられない」
「損な性格をしているのね……」
「そんなに憐むような目でオレを見るな! オレが変なことをしているみたいじゃないか!」
「ふふふ」
騒ぐライマーを見ていたら、自然と笑いが零れてしまった。
「おい、お前ら……勝手なことをするんじゃねえ……はあっ、はあっ。リクハルド様の指示があるまで、そこらへんで待機してろ……」
疲れた様子でエイノも私たちに追いついてきた。
今にも倒れてしまいそう。体力だけではなく、気力もごっそり減ってる──ように見えた。
少し心配になっていると、
「──ようこそ、楽しんでいただけているようでなによりです」
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