50・手荒い歓迎
それから途中、なにごともなく私たちはエルフの森に辿り着いたのであった。
「なんだか不気味な場所ね……」
鬱蒼と生茂る草木。何百年も経過してそうな大木が、そこら中に生えている。
そのせいで太陽の日光が差し込まず、辺りは薄暗かった。
「そうだな。足元がよく見えないから、躓くんじゃないぞ」
アシュトンが辺りを警戒しながら、先頭を歩く。
ちなみに今の私たちは、馬車から降りている。なにが起こるか分からないため、馬車の中にいては対処出来ないと思ったからだ。
「あら、私の運動神経をみくびっているのかしら? こんなところで転けたりなんて……えっ!?」
喋っている途中。
アシュトンが私の肩を掴み、そっと自分の体に抱き寄せた。
「ダメだ。お前が可憐な女の子であることには変わりない。油断して躓いたらどうするつもりだ」
「ちょ、ちょっと! 分かったから、早く離しなさい! その……歩きづらいじゃない!」
……とは言うものの、こんな感じで身を寄せられると、さすがの私とて心臓が爆発してしまいそうになる。
彼の温もりが伝わってくる。こうしていると、彼の息度使いがはっきりと分かった。
アシュトンは私の婚約者。
だからこんな風に触られても不快じゃないんだけど……不意打ちでされるのは、まだまだ慣れないのよね。
彼にペースを持っていかれ、私は戸惑いを感じていた。
……まあ、中には嬉しさも含まれているような気もするが。
「オレは一体なにを見せられているんだ? こんなところでいちゃいちゃしているのを見せられるとは……」
後ろから付いてくるライマーが、ぶつぶつと呟いている。
私だって同じことを言いたい。この森に入る前は、あれほど表情を強張らせ厳しいことを言っていたアシュトンなのに……。
そんなわけでドキドキしながら、森の奥へと進んでいると……。
『人間よ──』
どこからともなく声が聞こえた。
アシュトンが私の肩から手を離す。ライマーも身構え、臨戦態勢を取った。
『ここは我々エルフが住む森だ。貴様ら人間が易々と踏み込んでいい場所ではない。今すぐ引き返すのだ』
なにか魔法でも使っているのかしら? 妙にエコーがかかった声だ。しかもそれが森全体に響いている。
不気味な感じね。
「エルフ……の皆さんかしら?」
話しながら、周囲の気配を察知すると……いつの間にか私たちは取り囲まれていた。
姿は見えないが、周りのから何人もの気配を感じる。おそらく……木の上からね。そこから私たちの動きを観察しているらしい。
「ここまで接近されても、気が付かなかったなんて……」
ライマーが愕然としている。
まあ、私たちも決して油断していない──つもりだった。それなのに、気付かないだなんて……カスペルさん以来の衝撃だわ。
でも。
「なら話は早いわ。ねえ──話をさせていただけませんか? 私たちはとある事情で、崖の向こう側に行かなければなりません。しかし近くの橋が壊れていて、にっちもさっちもいかなくなってしまったのです」
なるべく丁寧な口調で、エルフの方々に交渉を申し出る。公爵令嬢なんだしね。その気になれば、これくらいの真似は容易いのだ。
しかし。
『却下だ。どのような理由でも、その穢らわしい体で森に立ち入ることは許さぬ。不可侵条約は知らないのか?』
返ってきた言葉は拒絶だった。
しかもまだ姿を現してくれない。ちょっとイラッとしちゃうわ。
「無論、知っている。だが──」
とアシュトンが私に代わって、話を続けようとした時だった。
『交渉は時間の無駄だ。もし出ていかぬというなら……』
木の上にいるエルフたちの敵意が膨れ上がる。
『無理矢理、排除するのみだ』
──と次の瞬間、私たちに向けて一斉に矢を放ってきた。
「ちょ、ちょっと!」
私たちは矢を回避し、エルフから離れるように駆け出す。
「話くらい、してくれてもいいじゃない! 私がワガママを言ってることは理解してるわ。だけど……」
『それ以上、喋るな。人間と会話をする気はこちらに毛頭ない。さっさと出ていくんだな』
無数の矢が私たちに降り注ぐ。
交渉の余地なしってことなの!?
しかも矢の中には炎や雷を纏ったものもあった。どうやら弓を射るのと並行して、魔法を使っているらしい。
殺意高すぎないかしら!?
「だからオレは言ったんだ! こんな分からず屋と話をするなんて、不可能だって!」
ライマーも走りながら、私にガミガミと文句を言ってくる。
「あんただって、アシュトンさんが言うならそれでいいって納得してたじゃない!」
ああ、もう! ここでライマーと口喧嘩をしている場合じゃないのに!
そっちに気を取られてしまったためか、
「きゃっ!」
小石に躓き、体が前のめりに倒れてしまう。
だけどここで両手をつくほど、私も鈍臭くないわ。
そのまま猫のようにクルッと一回転し、地面に着地した。
どんなもんよ!
……と声を上げたくなったが、それをする余裕なかった。
「ノーラ!」
アシュトンの声がする方に顔を向けると──矢尻に炎を纏った一本の矢が、私を射抜こうとしていた。
これは……当たる!?
「ちいぃっ!」
しかし寸前、アシュトンが間に割って入り、素手で矢を掴んだ。
「ん、これは……? もしや」
アシュトンが不可解そうな顔をしながら、矢を手離す。
「だ、大丈夫!? 油断してたわ! ごめん。そんな矢を素手で触ったりなんかしたら──」
「いや、問題ない。俺はなにがあろうとも、お前を守ろうと決めている。それよりも、もしかしたらこいつらは──」
とアシュトンが言葉を続けようとした時だった。
「なんだ、あの猿のような女は!? いくら矢を放っても、全然当たらないぞ!」
「あいつは本当に人間なのか……? それとも人間の女の皮を被った魔物?」
「男の方もヤバい。普通、飛んできた矢を素手で掴むなんて芸当、しようとも思わないだろう……」
しかもさっきのエコーがかかった声ではない。素で口から出てしまったんだろう。
エルフ(?)たちが散々好き放題なことを言っていた。
猿? 魔物?
「あったまきたわ!」




