45・お留守番だなんて……我慢できないわ!
「楽しそう! 私も連れていって!」
残念ながら、そうは問屋は卸さない。
私は前のめりになって、アシュトンに詰め寄った。
「……はあ」
一方、アシュトンは額に手を当てて溜め息を吐く。
「お前のことだから、どうせそんなことを言い出すと思っていたがな……予想通りすぎる」
「予想通りすぎて、逆に驚きませんよね。おい、ノーラ! お前を連れていくはずないだろうが! ちょっとは慎め!」
アシュトンには呆れられ、ライマーには止められたけど──もう、この胸の高鳴りは止められない!
遠征先で巻き起こるトラブル。ドラゴンなんか出てきて、戦うかもしれないわね。
それに旅といったら美味しい食べ物。どんな食べ物が、私の胃袋を満足させてくれるのかしら?
そのことを想像するだけで、心が踊った。
「まあ……私もワガママを言っていると自覚しているわ。でも!」
私は自分の胸に手を当て、さらにぐいっと前に出る。
「アシュトンもライマーも、私の実力は知ってるわよね? 決して二人の足を引っ張らない。というか、二人がピンチになったら、私が颯爽と助けに入る! ──どう?」
「普通、こう言う時に助けられるのは、女であるお前の方だと思うがな……」
呆れたようにアシュトンがそう言った。
一方、ライマーはガミガミと私にこう詰め寄る。
「とにかくダメだ! 新参者のお前がアシュトンさんと一緒に旅をするなんて、生意気すぎるんだ! オレだって、今回が初めてだっていうのに……」
「あら、嫉妬してるのかしら?」
「し、嫉妬なんかしてないぞ!」
「でも私、ライマーより強いわよね? それなのにライマーは連れていってもらって、私はお留守番だなんて納得出来ないわ」
「うっ……!」
ライマーは反論したいようだけど、ぐうの音も出ないよう。
「アシュトンさん! なんか言ってやってくださいよ! ノーラはここで留守番──」
「仕方ない。ノーラも付いてこい」
「ア、アシュトンさん!?」
「やったわ!」
と私は指を鳴らした。
「正気ですか!?」
「こうなったこいつを止めることは俺にも不可能だ。それに……なんとなくこうなることは分かっていたから、覚悟も出来ていた。それに──」
アシュトンは不敵な笑みを浮かべ、私の顎を指でくいっと上げた。
「俺も二週間以上、ノーラと会えないのは寂しい。旅にお前が付いてくるなら、道中も退屈しないだろう」
「う、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
そう言って、私はアシュトンの手をどかす。
うーん……こうされて、別に不快な気持ちにならないけど、不意打ちでやってくるからつい驚いちゃうのよね。
黒曜石のような色をした瞳。こんなキレイな目で見つめられると、なにもかも見透かされているような気分になる。
それにこの甘いマスク。さすがの私だってたじたじになっちゃうわ。
まあ最初の頃に比べたら、慣れてきたけどね。
「……まあ、一度こうして環境を変えてみるのもいいだろう。良薬となると劇薬となるかは、不明だが……」
「アシュトン、なんか言った?」
「いや、なんでもない」
とアシュトンが首を左右に振る。
うーん、煮え切らない返答ね。内容はちょっと聞こえてたけど、意味がよく分かんないし。
……あっ、そうだ!
「カスペルさんも、やっぱり来ない? 四人での旅。楽しいことになると思うわ」
「お誘い、ありがとうございます。ですが、この家を二週間以上も空けるわけにはいきませんからね。お気持ちだけ受け取っておきます」
「そう……」
残念。
でも執事としての仕事を全うするカスペルさんも素敵だわ。お土産、いっぱい買ってきてあげよう。
「ああ、そうだ」
肩を落とす私の右手に、カスペルさんはとあるものを握らせる。
それは掌サイズの魔導具だった。
「これは確か……」
「ええ。遠くでも会話することが出来る魔導具ですね。とはいえ離れすぎたり、中に含まれる魔力がなくなったらガラクタ同然になりますが……もしなにかありましたら、これで連絡くださいませ。私の方からも連絡することがあるかもしれませんし」
それを聞いて、私はパッと気持ちが明るくなった。
「よかった! これで遠征中でも、カスペルさんと話すことが出来るわけね。いーっぱい、ドラゴンと戦った時の話を聞かせてあげるわ!」
「お前はなにと戦うつもりでいるんだ」
アシュトンが後ろから、私の頭をポンと叩く。
「カスペル……お前もノーラが二週間以上もいないことは、耐えられないということか」
「なんのことですか?」
「ふっ、とぼけるつもりか。まあノーラの魅力が他人に伝わるのは嬉しいことだが……惚れるなよ? ノーラは俺のものだ」
「ええ、それはもちろん」
アシュトンとカスペルさんがコソコソと話をしている。
でも私の位置からよく聞こえなくて、首をひねるしかない。
なんだか二人して、内緒話が多いわね。まあ、アシュトンとカスペルさんも年頃の男だ。秘密の一つや二つは抱えているのだろう。多分。
「じゃあライマー。今回も遠征でもよろしくね」
「アシュトンさんが決めたことだから、文句は言わないが──あまり調子に乗るなよ? なにせ、冒険者としてはオレの方が先輩なんだからな! お前に旅の心得を……ってちゃんと聞いているのか!?」
ライマーのお説教は長くてつまらないので、私はさっと顔を逸らした。




