44・今回はお留守番?
「遠征?」
アシュトンからその話を聞き、私は首をかしげた。
「そうだ」
とアシュトンは短く答える。
彼はこの国の第七王子。
普通なら王宮で暮らしているところだけど、とある事情があってここ辺境の地──ジョレットで冒険者をしている。
そういった経緯もあって、王都の人たちはアシュトンを変人王子だなんて呼んでたけど……実際ジョレットに来てみると、そこの住民は彼のことを慕っていた。
変人呼ばわりされていたことが、嘘みたい。
性格はちょっと意地悪で、ことあるごとに私はドキドキさせられる。その点は直して欲しいところだわ。
「……詳しく聞いていいかしら?」
「ああ。ここから遠く離れたとある街で、魔物との大規模戦闘が計画が立てられているそうでな。なんでも街の近隣に棲息している魔物の数が増えてしまったらしい。そこで一気に片付けてしまおうということだな」
「なるほど」
「各地の冒険者も、その街に集まってくる。そこで徒党を組み、魔物と戦う。まあ、いわば期間限定の冒険者パーティーみたいなものだな。その一員として俺も呼ばれたわけだ」
「その街にはどれくらいかかるのかしら?」
「ここからだと、馬車を使っても二週間くらいだ。だから……往復するだけで一ヶ月はかかることになる」
無論、往復するだけではなく、魔物と戦っている期間も含めなければならない。
それがどれくらいかかるか分からないけど……ざっと最低でも一ヶ月半ほど、アシュトンは帰ってこないと見た方がよさそうね。
「ははは! アシュトン様はSランク冒険者だからな! この街だけではなく、近隣でもその名は轟いている。アシュトン様のお力を借りたいと思うのは当然のことだ!」
何故だか、ライマーが威張っている。どうしてあなたが威張ってるのよ。
そんなライマーだけど──彼もアシュトンと同じ冒険者。
アシュトン信望者の一人で、同時に彼の一番弟子でもある。
一応まあまあ強いらしいけど……ライマーは私に何度も決闘を挑んで、その度に負けていたりする。だからいまいち、強さが分かりづらいのよね〜。
でも私への対抗心は失わずに、何度も決闘を挑んでくるところは大したものだわ。
まあ、私も良い暇つぶしになるから、付き合ってあげてるけど。
「ライマーも行くの?」
「そうだ! なんせオレはアシュトン様の一番弟子なんだからな! 付いていくのは当然のことだ!」
「ライマーにも経験を積ませたくってな。それにこいつは少々抜けているが、戦いに関しては信頼出来る」
とアシュトンがニヤリとしながら、補足を入れた。
「アシュトン様! ありがとうございます!」
当のライマーはアシュトンに褒められて、子犬のように喜んでいた。
少々抜けているって言葉は、どうやら聞こえていないみたいね。
「カスペルさんはどうするの?」
「行きません。私は一介の執事ですからね」
黙って事の成り行きを聞いていたカスペルさんが、紅茶を入れながら答える。
彼はこの屋敷の執事。
なんでも、アシュトンがまだ王宮にいた頃からの付き合いで、一緒にここまで付いてきた形らしい。
だけど侮ることなかれ。
カスペルさんはただの執事ではない。
超絶すごい執事なのだ!
気配を消してどこからともなく現れ、きっちり仕事をこなす。彼の作ってくれた料理に一度口を付けると、天にも昇るよう。それに屋敷に襲撃者が来たとしても、華麗に倒してしまう。
カッコいいけど、怒らせたら怖い気がする。
あんまり怒らせないようにしよう──常々、私はそう心の中で思っていた。
「というわけで──ノーラ、今回は留守番だ」
とアシュトンが腕を組み、きっぱりと言い放つ。
「危ない旅になりそうだからな。公爵令嬢であるお前が、こんな旅に付いてくる必要は微塵もない」
「そうだぞ、ノーラ。お前はおとなしくしておけ! まあオレは行くけどな。なんせオレはアシュトン様の一番弟子だからな! 公爵令嬢であるお前とは違うんだ!」
アシュトンとライマーが何度も何度も公爵令嬢と繰り返す。耳が痛くなるわ。
特にライマー。どんだけ一番弟子って繰り返しているのよ。まあ、彼らしくて可愛さも感じるけど……。
──たまに忘れそうになるけど、私は一般的にはお淑やかと称される公爵令嬢だ。
それなのにどうして、こんな風に念押しされるのか。
それにはこれまでの経緯がある。
私──ノーラは元々この国の第一王子レオナルトと婚約させられていた。
しかし彼はいきなり「真実の愛を見つけた」と世迷言をほざき、私に婚約破棄を言い渡した。
レオナルトはブノワーズ伯爵家のエリーザと、恋人関係にあったわけだ。
私と婚約しておきながら、エリーザに浮気していたわけね。
あの時のことは何度思い出しても、腹が立つ。
そして傷物にされた私に、次の婚約者が用意された。それが第七王子──アシュトンである。
でもアシュトンは今まで何人もの婚約者候補を門前払いしてきた。
私も同じ運命を辿ることになると思った。というか、そうしてくれ。王子と婚約させられるのは、もう懲り懲りだ。
そう思ってたけど……アシュトンの『女という生き物は根性がない』という発言にかっちーんときて、ついつい彼に決闘を挑んでしまった。
そこで彼を負かしてしまい、一大事。でもこれで嫌われたでしょうし、結果的には良かったのかしら? ──と思っていたら、何故だか気に入られ、彼の正式な婚約者となってしまった。
そのことが最初は嫌だったんだけど、アシュトンはとても優しい男だった。
私は幼い頃からダンスやお茶会より、剣や魔法の腕を磨いている方が楽しかった。
そのおかげで、今では結構な腕前なのよ?
でもそんな私は公爵令嬢らしくないと周囲から言われることもしばしば。
だからレオナルトとの婚約中は自分のやりたいことを我慢していたわけね。
でもアシュトンの前では、そんなことをする必要もなかった。彼は私の意思を尊重してくれ、面白い女とも言ってくれた。
そんなわけで……お淑やかな令嬢という仮面を被る必要がなくなった私は、この屋敷──街で楽しく暮らしていた。
執事のカスペルさん。ちょっと生意気なライマーも、そんな楽しい日々を彩ってくれた。
しかもセリアっていう、超可愛い同年代の女の子が友達になってくれたりした。彼女とは趣味のロマンス小説を語り合う、良き友だ。
だけど平和なだけでは済まない。
私からレオナルトを奪った泥棒猫──エリーザがこの街にやってきたのだ。
彼女は「話が違う!」と私に迫り、アシュトンすらも寝取ろうとしたんだけど……途中で魔力を暴走させてしまい、それどころじゃなくなった。
そこでエリーザは、大昔この世界を恐怖に染めた魔神の依り代だという真実を聞かされた。
魔神は王族の血、そして依り代であるエリーザの憎悪に反応し、この世に再度顕現した。
その時の争いでレオナルトが命を落としてしまい、アシュトンも魔神に取れ込まれそうになった。あの時はさすがの私も焦ったわ。
でもなんだかよく分からない力によって、私はアシュトンに取り憑いていた魔神の魔力を制御した。そしてなんと、魔神をこの世から消滅させることも出来たのだ。
あの時の力って結局なんだったのかしら? 未だに分かっていない。
──というわけで、私はただの公爵令嬢とは思えないほど、濃い日々を過ごしてきた。
そんな私にだからこそ、アシュトンたちは「お前は公爵令嬢だ」と言い聞かせているんだろう。時々言っておかないと、私がそのことを忘れると思っているのかしら?
しかし──。
「楽しそう! 私も連れていって!」
 





