42・いつまでもこんな日々が
『え? そんなのいつものことじゃない。なんで今更そんなことを言うのかしら?』
俺の言葉に、彼女はそう目を丸くした。
今日はノーラの誕生日だ。
まさか自分の誕生日を覚えていないとは思っていなかった。
しかし……まあこれも彼女らしいか。
「教えて欲しいなら捕まえてみろ」
そう言って、俺はノーラから逃げ出した。
──あの魔神の魔力に意識を持っていかれている時。
頭の中には後ろ向きな言葉が次々と浮かんできた。
俺には幸せになる権利がない。彼女と一緒にいるなんてふさわしくない……と。
今思えば、バカバカしい考えだった。あの時の俺を殴ってやりたい。
しかしいくら魔神の魔力に囚われていたとはいえ、あれは元々俺が持っていた考えであった。
魔神はそれを増幅させたに過ぎない。
実際、後ろ向きな感情など一切持ち合わせていないノーラには効かなかったみたいだしな。自分の不甲斐なさに呆れるばかりだ。
だが、そんな俺をノーラは救い出してくれた。
『隣を歩く自信がないなら、それでいいのよ! 私があなたの前を歩いてあげるから!』
それは俺の中にはない考え方だった。
もしかしたらノーラを守ってやるという今までの考えは、おこがましかったのかもしれないな。
夫婦というものはどっちが上だとか下だとかいう問題ではない。
手を取り合って生きていくのが筋なのだから。
昔のレオナルトの件も、自分一人で抱え込まず、誰かに相談すればよかったのかもしれない。
少なくとも俺にはカスペルという味方がいた。
そういうのもおざなりにして、自分だけが悲劇の主人公になった気分になるのは間違いだったんだろう。
ノーラは俺にそれを気付かせてくれた。
魔神が消滅した後、ノーラの顔を見ていると俺の中にある彼女への愛情が爆発してしまった。
『アシュトン! こういうのはあまり褒められたことではないわ! 悪戯が過ぎます!』
結果的にみんなが見ている場で、ノーラを抱きしめて彼女を困らせてしまったことは……少し反省だ。
無論、後悔はしていないが。
「どうした、ノーラ? もしかして疲れてきてるんじゃないか。それでは俺を捕まえることなど、永遠に不可能だぞ」
「言ったわね! 絶対に捕まえてあげるんだから!」
ノーラが後ろから追いかけてくる。
こういうのは普通、逃げる女性を追いかけるのは男性と相場が決まっていると思うが、どうして逆なんだろう?
しかしこれもまた、俺たちらしいかもしれない。
さあ、今日は屋敷に帰ればノーラの誕生日パーティーだ。
もちろんプレゼントも用意している。
屋敷ではカスペルが豪華な料理を作り、ライマーが文句を言いながらも手伝っているだろう。
それを想像するだけで、顔がにやけてしまった。
──いつまでもこんな日々が続けばいい。
そんなことを思うのは、生まれて初めてかもしれない。
俺はそんなことを思いながら、追いかけてくるお姫様から逃げるのであった。
これにてひとまず完結となります。
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