41・王子様を追いかけるお姫様
あの後、私たちはすぐに屋敷の地下に向かった。
エリーザを捕らえていた部屋の前で、ライマーが倒れていた。
彼に駆け寄り体を揺さぶると「ん……一体なにが……」とすぐに目を覚ました。
喜ぶのも程々にして、私とアシュトンは部屋の中に入った。そこでは同じように横になっているエリーザの姿が!
どうやら彼女も気を失っているだけで、命に別状はないらしい。
でもこのままじゃ、またなにをしでかすか分かったものじゃないので、すぐに縄で拘束した。
ひと段落ついて、ライマーから聞いた話は大体予想通りのものであった。
突然、部屋の中からエリーザの悲鳴が聞こえた。
すぐにライマーが中に入ったが、黒いモヤのようなものが部屋に充満していた。
そしてそれが纏わり、ライマーも気を失って……ということみたい。
少し休みたいけど、私たちにそうしている場合はない。
次はカスペルさんが見張っててくれている、屋敷のホールに向かった。
まず私たちが確認したのはレオナルトの生死。
でも……。
「やはり──死んでいる。もう手遅れだ」
とアシュトンは一言、重々しく口にした。
どうやら魔神によって生気を全て吸い取られ、そのまま喰い殺されてしまったみたい。
アシュトンみたいに意志が強いならともかく、彼なら魔神の手にかかって死んでしまうのも無理はないだろう。
「そう……」
私は返事をする。
仕方のないこと。
レオナルトは魔神の力を悪用しようとした。今までの罪がここで精算されたということだ。
しかしこれでも──レオナルトは私の元婚約者。
なにも思わないということは、さすがの私でも無理だった。
少し寂しい気持ちになっていると、アシュトンはそれ以上に複雑そうな表情をしていた。
「アシュトン……大丈夫?」
不出来な兄とはいえ、アシュトンはレオナルトの弟だ。当然、レオナルトの小さい頃も知っているんだろう。
私が問いかけると「大丈夫」と彼は気丈に返事をした。
だが。
「……しばらく一人にしておいてくれないか?」
アシュトンにそう言われたから、私たちは彼から離れた。
彼はレオナルトを抱え、ただ黙って物思いにふけっていた。
ああ、そうそう。エリーザのことも説明しなきゃね。
しばらく経った後、王都から使いの者が現れた。
話をしたけど、今回の魔神の件は国で秘匿にするみたい。不用意に吹聴しても、民の間で動揺が広がるからと考えたためだ。
それについて、私は思うところがなかったわけでもないけど……アシュトンと相談して、渋々了承した。
エリーザについては、奴隷落ちの処分が下されたらしい。
ブノワーズ伯爵にも同じことが言えるようで、エリーザの父ダグラスの身柄も既に拘束済みということだった。
良くて処刑、悪くてエリーザと同じ奴隷落ちと聞いた。
エリーザは田舎の炭鉱で強制労働? それとも見た目はいいんだし娼館かしら?
そこまで詳しいことは教えてもらえなかったけどね。
そんなわけで……全てがハッピーエンドというわけではない。
しかし事件は一応の落ち着きを見せ、私たちの日常にも平和が戻っていた。
そして現在、私たちは……。
「アシュトン。早く行くわよ」
私はアシュトンの腕を引っ張って、冒険者ギルドに向かっていた。
「分かった、分かった。だからそう急ぐな。ギルドは逃げないんだからな」
「ギルドが逃げなくても、魔物は逃げてしまうかもしれないでしょ?」
「まあそれはそうだが……」
呆れたようにアシュトンは溜め息を吐いた。
そう……今日も私はアシュトンと一緒に冒険者として、依頼をこなそうとしているのだ!
今まで正式に彼とパーティーは組んでこなかった。
だけど今回の私の活躍が認められて、「まあ……仕方ない」と腑に落ちない顔をしながらも、アシュトンは了承してくれた。
そのことに「おれだってまだなのに!」とライマーは怒ってたけど……ごめんね。
でもタイミングがきたら、ライマーも入れて三人でパーティーを組んでいいかもしれないわね。
胸が躍るわ!
「おいおい! またあの夫婦がラブラブしてるぞ!」
「ほっんとお似合いの夫婦だよな。そういや、ようやく正式にパーティーを組んだらしいぞ」
「どうしてアシュトン様の婚約者なのに、そんなことになっているんだ?」
「あれを見て、分からないのか? あのアシュトン様の顔……今では嫁さんに尻に敷かれているみたいだ」
「まさかどんな強い魔物でも立ち向かうアシュトン様でも、嫁に頭が上がらないとは……」
「でも素敵な関係だわ。憧れる」
街道を歩いていると、私たちを見てみんなが次々にそう口にする。
だからまだ夫婦じゃないってば!
それに尻に敷いてる……ってそんなつもりはないんだけどね!?
だってあの時、アシュトンを引っ張っていくと宣言したんだから。
そう……これは適材適所というヤツなのだ!
「ノーラ」
前を歩く私の名前をアシュトンが呼ぶ。
「今日は依頼を早く終わらせて帰るぞ。カスペルやライマーも屋敷で待っているんだからな」
「え? そんなのいつものことじゃない。なんで今更そんなことを言うのかしら?」
「は……? お前、今日がなんの日か分かっていないのか?」
アシュトンが驚いたように口を開く。
なんの日……?
別に国の祝日でもないと思うんだけど……アシュトンもいきなりなにを言い出すのかしら。
「一体なによ」
「いや……覚えてないならそれでいい。そっちの方がお前を驚かせることも出来るしな」
「えー! いけずね。教えなさいよ!」
「嫌だ」
アシュトンを問い詰めようと、強く腕を引っ張る。
しかし彼はそれを振り払って、私の前を走り出した。
「教えなさい!」
「教えて欲しいなら、俺を捕まえてみせろ」
アシュトンに手を伸ばし、私は彼を追いかける。
もう……こうなったら絶対に捕まえてあげるんだから! 私、売られた喧嘩は買うタイプなんだからね!
アシュトンを追いかけている私を見て、周りの人たちが微笑ましそうにしているのが目に入った。




