4・決着
「では軽くルールを決めるぞ。お互いの振るう木剣が、少しでも体に当たればアウト。相手に木剣を先に当てた者の勝ちとする。これでどうだ?」
「ええ。分かりやすくていいと思います。文句はありませんわ」
屋敷の前。
私は剣を構え、アシュトン様と睨み合っていた。
婚約の挨拶にきたと思ったら、いきなり決闘の真似事だなんて……一体私はなにをしているんだと思わないでもないが、一度火が付いてしまったものは仕方がない。
「その結果、お前が勝った場合は婚約でもなんでも甘んじて受け入れよう。しかし負けた場合は……」
「すぐに実家に帰らせてもらいます」
「物わかりがよくて助かる」
アシュトン様が獣のような好戦的な笑みを浮かべる。
どうせ私をただのおとなしい令嬢だと思っているでしょうね。
でもお生憎様。
私も負ける気はないんだから!
「なかなか剣の構えは一丁前だな。褒めてやろう」
「ありがとうございます。護身術は淑女の嗜みですので」
「うむ……そんな話は聞いたことがないが、まあいい。何故なら──」
次の瞬間、アシュトン様の姿が目の前から消えた。
そして私の胸元まできて、剣を横薙に払ったのだ。
「勝負は一瞬でつくんだからな」
キレイな剣筋。
風のように早く、花のような美しい一閃。
思わず見惚れてしまったくらい。
普通なら彼の言った通り、ここで一瞬で勝負は終わっていただろう。
私はそれを……剣で受け止めた。
「むっ!?」
そこで初めてアシュトン様の目の色が変わった。
「どういうことだ……? いくら手加減したとはいえ、女に受け止められるような攻撃をしたつもりはないが……」
「言ったでしょう? 私も少々剣に嗜みがありますの」
鍔迫り合い。
でもさすがに単純な力では押し負けそうね。
私はバックステップでアシュトン様と距離を取り、再度剣を構えた。
「やはりお前は面白い女だ。まさか受け止められるとは思わなかった」
「お褒めいただき光栄ですわ。あなたも私の予想以上にやりますね」
「ふっ。俺相手にそんなことを言うのは、お前くらいだぞ」
思わずといった感じで、アシュトン様が軽く吹き出す。
「次はお前からこい。もしや防御だけとは言わないよな?」
「まさか。では……お言葉に甘えましてっっっ!」
今度は私が地面を蹴り、アシュトン様に接近する。
そして何度も何度も剣を振るうが、その度にアシュトン様に躱され、時には剣で受け止められた。
少しでも木剣が擦れば、私の勝ちなのに……!
「甘いっ! その程度で俺に勝てると思うな!」
アシュトン様も本気になったのか、彼の振るう剣の速度は落ちるどころかどんどんと増していく。
この方……強いっ!
まさか私がこんなにてこずるだなんてね。
だてに相手も辺境の地で引きこもって、冒険者をしているだけあるわ。
「アシュトン様! 口だけではなかったみたいですね! それくらいは認めてあげてもいいですわ!」
私は剣で押しながら、アシュトン様を挑発する。
しかし……やっぱり力では敵わない。ジリジリと押し返され、彼のキレイな顔が迫ってきた。
「ふっ……そういうお前もなかなかだ。女は根性がないと言ったのは謝ろう。世の中にはお前みたいな女もいるとはな」
「あら、それは私が勝ってから言ってください。まだ勝負がついていないのに、そんなことを言うのは早いですよ」
「この期に及んで、まだそんなことを言うのか! つくづく底の知れない女だ!」
挑発するものの、このままじゃ私は彼に勝てないと感じていた。
実践の差というものが露骨に出てしまっている。
でもこのままじゃ私の気がおさまらない。
正々堂々と私が勝って、彼に土下座させてあげるんだから!
「はあああああっ!」
彼の力がさらに強くなる。
その勢いに押され、私はふらふらと後退してしまった。
いけない!
「終わりだ!」
一瞬の隙をアシュトンは見逃してくれず、私に剣を振り上げた。
剣で受け止める……? いやもう遅い!
このままじゃ負けて……いえ! 負けるなんて嫌よ! 私、この世でなによりも『敗北』って言葉が嫌いなんだから!
そんな強い思いのためか……気付けば私は右手を前に差し出していた。
手を中心に魔力が集まり、そして私はこう声にする。
「アイスウォール!」
氷魔法、発動。
私とアシュトン様を隔てるように大きな氷の壁が出現した。
「なっ……!」
突如の光景にさすがのアシュトン様も戸惑う。
「お前……それほどの剣の腕前を持ってるというのに、魔法も使えたのか!?」
「そうよ!」
私が言うと同時、氷で出来た壁がアシュトンに向かって倒れていった。
「うおおおおおお!」
彼は氷の壁を剣で受け止めることが出来ないと悟ったのか、その場からすぐに離脱する。
しかしいかんせん、不格好な逃げ方になってしまった。
アシュトンは倒れてくる氷の壁をなんとか回避出来たものの、地面に尻餅を付いた。
ようやく巡ってきたチャンス!
私はすかさずアシュトンに駆け寄り、
「チェックメイトですわ」
呆然とする彼の首筋に、ピトッと木剣を付けた。
これで私の勝ち!
やったわ!
剣の腕前は確かに超一流だけど、調子に乗っていた男に勝利したのだ!
……って。
「はっ!」
そこで我に戻る。
こ、これじゃあダメよね!?
アシュトン様は「どちらの剣の腕が上か」と言っていた。
ルールでは「魔法を使ってはいけない」と定められていたわけではないが、そんなものは暗黙の内に決められていることだろう。
剣の勝負だったのに、追いつめられて魔法を使ってしまうだなんて……私の負けだ。
「──す、すみません! 少し張り切りすぎました。私の反則負けで……」
と言葉を続けようとするが、
「いや……それは違う」
彼が私の口元に人差し指を付ける。
その時の彼の優しそうな表情に、ついドキッとしてしまった。
「お前が魔法を使えるかもしれない……そういう可能性が頭から抜け落ちてしまっていた俺の失態だ。実戦ではなにが起こるか分からないのだからな。この勝負……お前の勝ちだ」
「しかし……」
「っとその前に……」
アシュトン様は先ほどまでの厳しい口調が嘘のように、穏やかなものになって……。
「取りあえず、その剣をどけてくれるか?」
と口にした。
その時のアシュトン様の言い方が、なんだか可愛らしく思ってしまったのだった。
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