34・世界を救う勇者となれ
【SIDE レオナルト】
「ブノワーズ伯爵家は魔神の依り代だと?」
エリーザの父ダグラスのその話を聞き、レオナルトは目を大きくした。
「そうだ」
それに対し、ダグラスは淡々と答える。
(いきなり呼び出されたかと思えば……まさかこんなことを聞かされるとは……)
内心、レオナルトは思う。
王族からレオナルトが追放されてから、エリーザは彼の前に一切姿を現さなくなった。
今のところ、レオナルトは街中の宿屋で暮らしている。しかし手切金として渡された資金は心許ない。直に枯渇するだろう。
そんなのだからエリーザの心が自分から離れてしまったと思った。
無論、追放されたことは誤算だった。
しかしなによりも、エリーザが自分の前からいなくなること……それをレオナルトは恐れていた。
ゆえにブノワーズ伯爵家の当主、ダグラスから呼び出しがかかった時は、さすがのレオナルトも肝を冷やした。
──もしや婚約破棄を言い渡されるのでは? と。
鈍いレオナルトでも、今の状況はかなりまずいことは分かっていた。
だが、予想に反してダグラスから告げられたのは、エリーザが辺境の街ジョレットに行っていること。なのでレオナルトと面会することも出来ないと。
そしてもう一つ……彼の口から語られたのは、ブノワーズ伯爵家の真実であった。
「それは本当なのか?」
「そうだ。疑うつもりか? ならばこの屋敷の地下に書庫がある。そこには魔神に関する書物が山ほど並べられている。表には出せないとされ、私が生まれるよりも前に禁書扱いとなっているがな」
ダグラスの表情に嘘は含まれていないように見えた。
(それに……ここで僕に嘘を吐く必要はないはずだ。もう少し話を聞いてみようか)
レオナルトはそう思い、続けて口を動かす。
「でもたとえそうだとしたら、どうして僕にそれを聞かせてくれたんだ? まさか魔神の依り代だと知って、僕がエリーザのことが嫌いになるとでも?」
「くくく。そんなことはない。お前が娘を好いているのは、私でも分かるからな」
「だとしたら何故?」
ダグラスが上から目線で、レオナルトに敬語すら使っていないことに苛立ったが……今はそれを指摘している場合ではない。
レオナルトは怒りたい気持ちを我慢して、ダグラスの話に耳を傾ける。
「レオナルト殿下……いや、元殿下。今のお前は絶体絶命のピンチだな? 王族から追放され、渡された手切金もごく僅か。働くところを探そうにも、元王子を雇うところは多くはないだろう。みな厄介ごとを抱え込みたくないからな」
「…………」
ダグラスの物言いに、レオナルトは否定出来ない。
ダグラスは続ける。
「しかしこの盤面をひっくり返す方法が、たった一つだけある」
「そ、それはなんだ!?」
レオナルトは前のめりになる。今の彼にとって、一番知りたいことだったからだ。
その反応がダグラスのお気に召すものだったのか、ニヤリと口角を歪める。
「魔神をエリーザから取り出すのだ」
「魔神を……? しかし話を聞く限り、世界を破滅に導くほどの存在なのでは? そんなものをエリーザから取り出したら、僕もろとも世界が終わるじゃないか」
「いや……封印されている魔神を起こすことに成功すれば、制御権はお前に移る。私の言う通りにすれば、そうすることが出来る」
「そ、それはつまり!?」
「うむ。さすがは頭の良い王子だ、察しが良い。魔神の封印を解けば、それを自由に扱えるのだ!」
バッとダグラスは両腕を広げる。
その言葉を聞いた瞬間、まるでレオナルトは頭の中に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
「ほ、本当か!?」
「本当だ。私たち、ブノワーズ公爵家は長年、魔神を制御する方法を研究していた。それがついに実を結んだ」
「な、なんということだ……お前の話が全て本当なら、そんな魔神がいたら国を支配することが出来る!」
「お前はなかなか謙虚な男だな。国どころの話ではない。大陸……いや、全世界の覇者となることも可能だろう」
レオナルトは身震いした。
(これで国王陛下や兄弟どもを見返すことが出来る!)
今までなにをやっても上手くいかなかった。
兄弟たちは全てレオナルトの上をいき、そうしていく間に自分自身のやる気も失せていった。
そして近くにいる者たちは、レオナルトに侮蔑の視線を向ける。それがとてつもなく嫌だった。
(しかし魔神の力さえあれば、今まで僕を見下してきたヤツを見返すことが出来る! なにもかも上手くいくんだ!)
とレオナルトは今までにない高揚感を覚えていた。
「そ、その方法とは一体……」
「簡単だ。魔神が目覚めるには、二つの鍵が必要となる。一つは依り代──ここではエリーザのことだな──の憎悪が一定量を超える。そしてもう一つは、王の血を引く者が近くにいることだ。この二つが呼応し、魔神は目覚める」
ダグラスは言う。
謂わばこれは月と太陽が交わるような儀式。
全ての始まりであるジョセフの時にも、魔神が目覚めた時には近くに王族がいた。
「でも……どうして僕なんかにそれを教えてくれたんだい?」
レオナルトは念のため、ダグラスに探りを入れる。
「王族ならば、他にもいるではないか? ……ということか?」
「そうだ」
「なにを言っている。お前は我が娘、エリーザを愛してくれたではないか」
一転、ダグラスが優しげな表情を浮かべる。それは子を思う親の顔であった。
「そんなお前に世界の行く末を任せてみたくなったのだよ。お前ならば、きっと魔神の力を使って、世界をより良いものにすることが出来る。だから……娘を、そして世界をよろしく頼む」
「……! あ、ああ! そうだな!」
(こいつは僕のことを分かっている!)
今までレオナルトのことを認めてくれた者は、一人だけだった。
その一人がエリーザ。
そして……彼のことを認めてくれる人。それに『ダグラス』という名が刻まれた。
(そうだ。僕は優秀なんだ。分かるヤツには分かるものなんだ!)
今のダグラスの言葉によって、レオナルトの中の懐疑心が一瞬で吹っ飛んだ。
「娘は今、ジョレットにいる」
良い気持ちになっているレオナルトに対して、ダグラスは告げる。
「エリーザは優秀なお前が王族から追放されて、失意のどん底にあるだろう。そんな彼女の中の憎悪は、既に一定量を超えているはずだ。だから……いけ。念のために私の私兵も貸そう。娘と世界を救えるのは、レオナルト……お前だけだ」
「任せてくれ!」
レオナルトは自分の胸を叩く。
まるで自分が世界を救う勇者になったかのような気分だった。
「バカな男だ」
レオナルトが屋敷から出て行ったのを確認して、ダグラスは一人ほくそ笑んでいた。
「あいつが優秀だと? 違う。単純に使いやすかっただけだ。エリーザの憎悪を膨らませる機関としても、私の話を全て受け入れるバカさ加減もな」
レオナルトに言ったことは、ほとんど本当のことであった。
しかし中には嘘が散りばめられている。一つはレオナルトが優秀であること。もう一つはエリーザと世界を彼にたくす気など、毛頭なかったことだ。
「魔神を封印していた功績も忘れ、ブノワーズ伯爵家を軽んじる王族。そんなヤツらには、鉄槌を下さねばならぬ。たとえこの身が魔神によって滅ぼされようとも、私に悔いはないよ」
それはいわば破滅的な考えであった。
魔神をエリーザから取り出しても、それを自由に扱えるはずがない。あれはそういう存在ではないのだ。
世に放たれた魔神は殺戮の限りを尽くし、世界はやがて破滅するだろう。
そうなってしまっては、ダグラスも死ぬ可能性が高い。
しかしダグラスは自らの命にかえても、この悲願を成就させなければならなかった。
「ようやく使命から解放されるよ」
ダグラスは椅子に腰かけ、世界の破滅を待った。
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