33・魔神の依り代
私が生まれるよりもずっとずっと昔の話。
この国がまだあんまり栄えていない頃……それくらい昔のことだ。
とある田舎の村に、一人の少年が生まれた。
名をジョセフ。
両親はごくごく平凡な農民だった。
それなのに……何故だか、ジョセフには魔法の才能が備わっていた。
本来、魔法というものは才能に大きく引っ張られることになる。それなのに、魔力が平凡な魔法使いの十人分くらいが備わっていたジョセフはかなり珍しかった。
彼はそんな特徴がありながらも、両親から愛され健やかに育つことになった。
そしてそんなジョセフも村内の女性と結婚し、子どもが産れた。
順風満帆な人生。
彼は農民として貧しいながらも、美人の妻と可愛い子どもの三人で幸せに暮らしていた。
しかしそんなジョセフにも悩みがあった。
幼い頃から、頻繁に悪夢を見ていたのだ。
〈目覚めよ〉
〈力を解放し、この世を地獄の業火で包むのだ〉
夢の中でそんな声がジョセフに語りかけてきた。
聞いているだけで不安に苛まれ、起きると大量の汗が布団に染み付いていた。
なにかの病気だと思い、ジョセフは何度か村の医者のもとへ通った。しかし原因が分からない。
ジョセフが息子を授かってから、その悪夢を見る回数はさらに増えていった。
最終的には毎晩……そしてとうとう起きている間にも、その声は聞こえてきた。
そんなある日、ジョセフ家に盗賊が入る。
これは──あとから判明した話であるが──この盗賊はかつて王族の者だったらしい。
しかし素行が悪すぎて、王宮から追放。
流れに流れて、とある盗賊のボスをしているということであった。
ともかく……ジョセフは魔法の才能はあったが、戦うことに関してはからっきし。
盗賊はジョセフの家に押し入り、略奪を始めた。そしてそれだけではなく、ジョセフの妻にまで手をかけようとした。
妻の服を盗賊が脱がそうとした時、ジョセフの中で彼らに対する憎悪が爆発した。
〈殺せ!〉
そんな声と同時であった。
ジョセフを中心に黒い魔力が奔流し、盗賊共をあっという間に殺戮してしまったのだ。
それだけでは終わらなかった。
黒い魔力は人型を形取った。
人間のような姿。しかし三メートルは優に越し、邪悪な魔力に満ち溢れている人間がどこにいようか。
ジョセフの体から生まれた、その者は語った。
〈我は魔神である〉
どうやらジョセフの体を依り代にし、力を蓄えてきたらしい。
そして……魔力が完全体となり、ようやく姿を現すことが出来た。それはさながら、卵から生まれた雛のようであった。
雛と表現はしたが、そんな可愛らしいものではない。
生まれた魔神は暴れ回り、国……そして大陸を血で染めた。
各国が選りすぐりの軍隊、英雄を投入しようとも、魔神には傷一つ付けることすら出来ない。
人々はこの時悟った──ああ、世界の終わりだと。
だが、絶望的な状況ではあったが、一つだけ僥倖があった。
魔神の依り代となっていたジョセフに、魔神の強大な魔力の残滓が残っていたのだ。
ジョセフは思った。この状況を救えるのは自分だけだと。
そしてジョセフはある解決法に辿り着いた。
魔神を倒すことは出来ない。
しかし封印することは出来るはずだ。
その方法は……自分の血を継いだ、真っ新な容れ物に魔神を閉じ込めることだと。
当初、ジョセフは自らが生け贄となり、魔神を封印しようと決意した。
だが、一度魔神の容れ物となり、殻を破ってしまったジョセフではそれは無理だったのだ。今のジョセフはただの壊れた容れ物に過ぎない。
ジョセフは思い至る。
そうだ──息子を容れ物にすれば、魔神を封印することは可能と。
ジョセフは悩んだ。
世界を救うためとはいえ、息子を犠牲にしてしまっていいのかと。魔神をその身に宿らせた息子は、一生この業を背負い続けることになるのだと。
そしてそれは息子一代だけでは済まないだろう。
何百年──何千年、何万年と永遠にこれを受け継いでいかなければならない。
しかしジョセフには選択肢がなかった。
このままでは世界もろとも、ジョセフもその妻も……子どもも魔神に蹂躙されてしまうからだ。
決意したジョセフはあらゆる手段を使い、なんとか魔神を息子に封印することに成功した。
世界は平和に戻った。
その功績を称え、国から貴族位も授かった。
この瞬間、ジョセフはただのジョセフではなく、ジョセフ・ブノワーズとして生きていくことになった。
そしてジョセフの息子はまたその子どもを生み、そこに魔神を封印……その子どもがまた子どもを産み……という状態を何千年以上も続けてきた。
もう何代目かも定かではない。
それが……エリーザのブノワーズ伯爵家であった。
◆ ◆
「そんなことが……」
屋敷まで戻ってきて。
そんな話をアシュトンから聞き、私は唖然としていた。
何千年以上も連綿と続く封印の系譜。そんな大事な役割を、ブノワーズ伯爵家が担っていただなんて。
「でもどうしてそんな大事なことが、みなさんに知れ渡っていないのでしょうか?」
「大昔のことだからな。この話も、どこまでが本当かも分からない。それでも国王陛下、もといその臣下はブノワーズ伯爵家を大事に扱うべきだと思うが……どうやらヤツらはそう考えていないらしい」
アシュトンが顔をしかめる。
これが本当ならバカ王子のレオナルトを、わざわざ婚約者になんて用意しないはず。
王族になるかはともかく、もっとまともな人を選ぶはずだ。
そうしないのは、王族の中でもこの話を軽んじているということだろう。もしくは魔神の話すら知らない者も多いのか。
両方あると思うが、後者の方が多いように思える。
「アシュトンはなんで知ってたの?」
「子どもの頃に、そういう本を読んだことがあるんだ。とはいえ、かなり物語風に脚色されていたが……このことがずっと頭にこびりついていた」
アシュトンは言う。
このことは国の一大事になる可能性もあるので、王宮にいる頃から独自にアシュトンは魔神伝承を調べていた。
しかし周囲の者の目は冷たく、ますますアシュトンを変人として見るようになった。
まだそれだけでは良い方。アシュトンが邪教に取り憑かれた、という悪い噂を流してた者も。
「ひどいわ……」
「まあ俺はそんなこと気にしちゃいない。それだけが原因ではないが、王宮のバカさ加減には元からうんざりしていたしな」
肩をすくめるアシュトン。
「レオナルトの新婚約者がエリーザだと聞いて、最初は驚いた。あの魔神を封印していると言われている、ブノワーズ伯爵家? ……と」
「そういう経緯があるなら、無理がないわ」
「とはいえ、ブノワーズ伯爵家が本当にそうなのかは確証が持てなかったが……今回のことではっきりした。今代の魔神の依り代はエリーザ。あの令嬢だ」
アシュトンはそう断言する。
エリーザ……嫌な子だと思っていたけど、損な役回りをしていたのね。
だからといって、性格が悪いことには変わりないけど。
「エリーザはこのことを知っていたのかしら」
「いや……あの時の様子だと知らなかっただろうな。ブノワーズ伯爵家がなにを考えていたか分からない。しかし彼女の様子から察するに、エリーザには知らせていなかったんだろう。」
思案顔のアシュトン。
「どちらにせよ、エリーザをこのままにしてはおけないわね」
エリーザが魔神の依り代をやめ、それを復活させられるとは思えない。
しかし彼女が求めなくても、魔神が殻を破ってしまう可能性もある。
「そうだな」
アシュトンは首肯する。
今、エリーザは屋敷の地下に閉じ込めてある。
そして今はライマーに見張りを頼んでもらっているところだ。
「こうなっては仕方がない。俺だけでは対処が出来ないからな。どうするか……一晩だけ考えさせてくれ」
「国に頼ることも考えなければならないかしら」
「それも有り得るな。まあヤツらが信じるとは思えないが……俺やノーラだけでは、さすがに手に余る」
悔しいけど、アシュトンの判断は妥当ね。
なんにせよ今すぐ決断は出来なさそう。
そういえば……と私は周りを眺める。
「カスペルさんはどこに行ったの? ライマーと一緒にいるのかしら」
「いや……カスペルには調べ物をしてもらっている。このままで終わるとは思えないからな」
「?」
「胸騒ぎがするんだ」
アシュトンが神妙な顔つきで言った。
気になるけど、彼に任せておけば大丈夫でしょ。
幸いここはSランク冒険者のアシュトン、そして私やライマーもいるんだしね。
よっぽどのことがない限り対処が出来るはず。
でも。
「なんだかもやもやするわね……私も嫌な予感がするわ」
「だな。そして……まだ気になることは多い」
「気になること?」
「ああ。色々あるが、一つはどうしてエリーザの魔神の魔力が急に漏れ出たのか……についてだな。なにかが鍵になっているとは思う。それを早急に見つける必要もある」
確かにそうね。
あんなエリーザの姿は初めてだった。もし自由に扱えるなら、彼女なら自分が得になるように利用していたでしょうしね。
ジョセフさんの時と今回……共通点はなにかしら。
他人に対する憎悪?
彼女、私のことがとても嫌いだったみたいだし。
……いや、それならエリーザはずっと私のことが嫌いだったのに、今になって発現するのもおかしな話だわ。
なら憎悪が一定量を超えたからとか?
推論は色々と思い付くけど、どれも確証には至らない。
「私も考えるわ」
「頼む。こういう時のノーラは頼りになるからな」
アシュトンはじゃっかん表情を緩める。
そんな彼の顔を見て、私は何故だか胸騒ぎがするのだった。
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