30・話が違う!(エリーザ視点)
【SIDE エリーザ】
馬車を乗り継いで、ようやくエリーザは辺境の街ジョレットに辿り着いた。
「馬車での移動は疲れましたわね。もっとちゃんとした馬車を用意してくれればよかったのに……」
馬車から出て、エリーザはそう不満を漏らす。
これだけ長時間、馬車に乗ったのは久しぶりのことであった。
もっと高級な馬車に乗りたかったが、父のダグラスがそれを許してくれなかった。
ブノワーズ伯爵家は貴族ながらも、その経済状況は実はカツカツ。無駄なところにお金を使う余裕はなかったのだ。
ゆえに劣悪な馬車に乗らされたことによって、エリーザのストレスは爆発寸前だった。
「でも……ノーラの不幸そうな顔を見たら、すぐに気が晴れるでしょう」
自分に言い聞かせる。
それにこんな田舎臭い街、あまり長く滞在したくない。
さっさとノーラとアシュトンを見つけよう。
エリーザはそう思い、行動を開始する。
「すみません。わたくしはブノワーズ伯爵家のエリーザと申します。少しお伺いしても?」
「伯爵……?」
道端を歩いていた一人の男に声をかけると、彼は怪訝そうな顔つきになった。
しかしエリーザが貴族ということもあり、無碍な扱いはしない。
「この街にアシュトン殿下がいらっしゃるのですね。その方はどこに住んでおられるのですか?」
「アシュトン様か!」
アシュトンの名前を出すと、男の目が輝く。
(あら……?)
思っていた反応と違った。
アシュトンは冷酷無比という噂の王子で、こんな田舎で冒険者なんかしている変人だ。
もっと煙たがられている……と思っていたが、これではまるで尊敬する人の名を出された時のようではないか。
エリーザが違和感を覚えている一方、彼は饒舌に語り出す。
「アシュトン様なら街外れの屋敷に住んでいますぜ! もしかして、あんたもアシュトン様のファンなんですか?」
「え、ええ。まあそんなところですわ」
エリーザの中の違和感がさらに大きくなっていくのも知らず、男はさらに続ける。
「はっはっは! そりゃそうですよね。アシュトン様みたいに素敵でカッコいいお方なら、女性ならみんな好きになってもおかしくはない。しかしお嬢ちゃん、ダメですよ。アシュトン様には婚約者がおられるのですから」
「は、はあ……」
勢いよく捲し立てる男の勢いに、さすがのエリーザもたじたじである。
「そりゃそうか。まあせっかくジョレットに来たんですし、アシュトン様を一目見るくらいは……お?」
彼が後ろを振り向き、エリーザにこう告げる。
「話をしていたら来たみたいですよ。アシュトン様と……その婚約者、ノーラ様です」
男と同じ方向をエリーザを見る。
彼の視線の先には、人だかりが出来ていた。
そしてその中心には二人の人物。
一人は黒髪で自信に満ちた顔つきをしている男であった。外見に華がある。線は細いが、不思議と頼りなさはない。無駄な筋肉が削ぎ落とされ、機能的な身体の美が体現されている、エリーザはそう感じた。
(美しいお方……)
思わずエリーザは見惚れてしまった。
そして……その隣には一人の令嬢。
見てすぐに気付く。ノーラだ。
彼女は王都にいる時よりも幸せそうな顔をして、隣の男に寄り添っていた。
黒髪という特徴から考えても、隣の男はアシュトン第七王子で間違いなさそうだ。
(一体どういうこと……?)
ノーラとアシュトンの周りに人が多いせいで、この角度からではエリーザがいることを彼女たちに悟られないだろう。
それでもエリーザはなるべく体を小さくして、ことのなりゆきをしばらく見守ることにした。
「アシュトン様とノーラ様だ!」
「相変わらずお似合いの夫婦だな」
「おいおい。結婚はまだみたいだぜ」
「マジかよ? でも夫婦になるのも時間の問題に違いない」
ノーラとアシュトンを見る人々の目が活き活きとしている。
声援を受けて、ノーラも笑顔で応えている。
そして声はそれだけではなかった。
「アシュトン様は素晴らしいお方だよな。どうしてこんな街に来てくれているんだろう?」
「さあ? 噂では、王族の中で疎まれているらしいんだが……」
「疎まれて? なんでアシュトン様がそんなことをされなくちゃいけないんだ! オレが王族共をぶっ飛ばしてやる!」
「不遜なことを言うな。それに……おかげでアシュトン様がジョレットに来てくれたんだし、結果万々歳だろ」
「そりゃそうか」
みんなが口々にアシュトンのことを「素晴らしい」と形容する。
その光景を見て、エリーザはますます混乱した。
──「これじゃあ、本屋に辿り着くのも苦労するわね」
ノーラの声が聞こえてきた。
学院時代……そして卒業してからでも憎たらしい相手。声を聞くだけでも不快になる。
だから彼女とエリーザは少し距離がありながらも、彼女の声を聞き分けることが出来た。
「全くだ。まあこういうのもいいだろう。俺もノーラが街の人々に受け入れられているようで嬉しい」
「私もそうだけど……早く最新刊を手に入れたいわ!」
そう会話する二人の顔は幸せそう。
エリーザの目から見ても、お似合いの夫婦……いやカップルのようだった。
(……お似合い?)
しかしエリーザは自分の思ったことが信じられず、そしてすぐに彼女への憎悪の気持ちが膨らんだ。
(なんでこんなことになっているんですか!?)
ノーラとアシュトンはもっとみんなから疎まれているものだと思っていた。
彼女たちが街を歩けば、周囲の人々は顔をしかめ、聞こえないように陰口を叩く……そんな光景を思い浮かべていた。
しかし現実は違う。
アシュトンは「素晴らしいお方」と。その婚約者であるノーラも同じような評価を受けているように見えた。
そして彼女たちの歩く先に、自然と人が集まってくる。人々の顔はどれも活き活きとしていた。
(もしかして……情報が間違っていた?)
エリーザはその考えに思い至る。
アシュトンが冷酷無比だなんて真っ赤な嘘。
その証拠に、ノーラの隣を歩く彼は穏やかな雰囲気が漂っていた。歩く邪魔だというのに、人々を退けたりもしない。
それに顔も良い。
レオナルトも(顔に関しては)優れている方だと思ったが、アシュトンはさらにそれよりも勝っているように見えた。
彼が身に付けているものもそんな高級なものではないのに、不思議と華々しい印象を受ける。
天性の素質なんだろう……とエリーザは分析した。
そしてなにより、彼女を苛立たせたのは……。
(どうしてわたくしはこんな酷い目に遭って、ノーラはあんなに幸せそうなの? もっと下を向いて、歩いていればいいですのに!)
ノーラの姿であった。
この中で誰よりもキラキラしている。
心なしか、以前よりもキレイになっているようにも感じた。
(許さない許さない許さない許さない!)
それは独りよがりの憎しみであっただろう。
しかしエリーザの中の憎悪は爆発し、彼女自身でも抑えきれなくなった。
気付けば彼女の足は勝手に動き、二人の前に姿を現していた。
そしてこう口を動かす。
「話が違う!」
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