3・売られた喧嘩は買うタイプです
そういうわけで私は早速、アシュトン様が住む辺境の街──『ジョレット』に足を運んだ。
「あーあ……気が重いわね」
アシュトン様の屋敷の前まで到着して、私は重い溜め息を吐いていた。
冷酷無比の第七王子。
他人を寄せ付けず、今まで婚約者候補が来てもすぐに追い払っていただとか。
さらに彼が冷酷無比と呼ばれ出したのは、それだけが原因ではない。
有名なエピソードがある。
それは昔、まだアシュトン様が王城に住んでいた頃。
突如、彼は自分の剣の腕を確かめたくなったらしく、第一王子……つまりレオナルトに喧嘩を売ったらしい。
レオナルトは剣の腕に関しては平凡以下だからね。剣の才があるらしいアシュトン様とは、喧嘩にもならないでしょう。
そしてレオナルトは一方的にアシュトン様にやられ、酷い傷を負ってしまった。
その頃の傷はまだレオナルトの背中に残っているのだとか。まあ私は実際に見たことがないけどね。
このことがきっかけでアシュトン様の立場は本格的に悪くなり、とうとう騎士団長への道も暗雲が立ち込めた。
「私、いきなり斬られたりしちゃわないよね?」
まあ剣を向けられても、私も黙ってやられるつもりはないけど!
それにしても、せっかく私が来ているのに、出迎え一つもないってどういうことかしら?
別に仰々しいものは必要ないけど、こういうのって普通丁重に対応されるのでは?
「どうやら陛下だけではなく、アシュトン様も私のことを舐めているみたいね。屈辱だわ」
だからといってトンボ返りするわけにもいかない。
私は覚悟を決めて、屋敷のドアをノックした。
だけど。
「……おかしいわね。返事がないわ」
おかしい。
私が今日この時間に訪れることは、既にアシュトン様には伝達済みだ。
まさかそのことも忘れ、留守にしているとか?
しかしその不安は幸運(?)にも杞憂に終わった。
「お前が俺の婚約者だとかいうノーラか?」
近くの木の上から、そんな男性の声が聞こえた。
彼はそこから飛び降りて、私に歩み寄った。
「はい、そうですわ。あなたは……」
そう答えを促すが、彼から答えは返ってこない。
不審に思ったが私は彼の顔を見て、とある推測が思いつく。
「もしかして……あなたがアシュトン様ですか?」
「ああ、そうだ。よく分かったな」
彼——アシュトンが短く答える。
凛々しい顔立ち。整った鼻筋をしていて、その美しさには思わず視線が奪われてしまうくらい。
ガリガリのレオナルトと違って、体ががっしりしている気がする。だけど無駄な筋肉がついていないためか、しゅっとした良い男だった。
そしてなにより……目を奪われたのは漆黒の美しい髪。
貴族としては珍しい髪色だ。
このことから、アシュトン様は陛下と愛人の息子……なんて噂も囁かれているけど、まあ今はどうでもいい。
そんな彼の体格と髪色を見て、「アシュトン様じゃないか?」と推測したわけである。
「初めまして。あらためて自己紹介します」
私はスカートの端を持ち上げて、こう口にする。
「私はエナンセア公爵家のノーラ。この度は婚約のご挨拶に伺いました」
にっこりと笑顔を浮かべる。
我ながら淑女らしい完璧な笑顔だったと思う。
だけどアシュトン様はそう思ってくれなかったみたいで、
「全く……あいつらは余計なことをしてくれる。俺に婚約者など必要ないというのに……」
私の顔を見て、ぶつぶつ文句を言っていた。
いきなり酷い言い様ね。
まあ彼の噂は聞いていたから、これくらいの反応は予想出来ていたけど。
「来てもらって悪いが、俺に婚約者など必要ない。今すぐ実家に帰れ」
「いえいえ、そういうわけにもいきません。私達の婚約は国王陛下が決めたことですよ?」
アシュトン様がとんでもないことを言い出すので、私は言葉を選びつつ反論した。
「……お前にも都合があるということか。それにしても……すぐに怒って帰ると思っていたが、そうはしなかったな。それは褒めてやる」
「もしかして……そこの木の上から私を観察していたんですか?」
私が問いかけると、アシュトン様は首肯した。
なんて性格が悪い!
私が唖然としているうちにも、彼はこう言葉を続ける。
「まあいい。お前の好きにしろ。しかし気に入らなかったら、すぐに帰ってもいいんだからな。今まで、こうして婚約者候補がきたのは初めてではないが、みな一週間も経たないうちに音を上げたよ」
溜息を吐くアシュトン様。
そういう話もあらかじめ聞いていた。
だから私は彼との婚約に対して、一層乗り気じゃなかったのだ。
「……ええ。そうさせてもらいますわ」
内心イライラしていたけど、それを我慢して答える。
しかしアシュトン様は私のそんな気遣いを知ってか知らないか、こう言葉を続けた。
「女というのは根性がないからな。果たして……お前は何日もつだろうな」
「はい?」
──女というのは根性がない。
聞き捨てならない言葉を吐かれ、つい喧嘩腰に聞き返してしまう。
するとアシュトン様はニヤリと笑みを浮かべ、
「ほお、やっと素の表情が出たな。なに、当たり前のことを言ったまでのことだろう? 一体、なにを不服に思うことがあるのだ」
と言った。
カッチーン!
彼の顔を見ていたら、私の中で変なスイッチが入ってしまった。
「そういうあなたはどうなんですか?」
「なんだと?」
「王子としての責務から逃げ出し、こんなところに引きこもっている変人王子。そういうあなたこそ、根性がないのでは?」
「…………」
アシュトン様は黙って耳を傾けている。
「聞きましたよ。昔から剣を振るうのが好きだったみたいですね。さぞお強いんでしょうね。私も少々剣に嗜みがあります。まさか女に負けることなんて、万が一にでもないですよね?」
「…………」
あら、怒ったかしら? 少し言い過ぎたかも?
……とちょっと思ったが、アシュトン様は楽しそうにこう口にした。
「なるほど。なら、剣の手合わせをお願いしようか? どちらの剣の腕が上か、白黒付けよう。なに、心配するな。女相手にすることだ。使うものは木剣だし、手加減は十分する。それとも嫌か? 口先だけか? もっとも……」
「受けて立ちます」
私はアシュトン様にそう即答する。
それに対して、アシュトン様は少し驚いた様子。
もしかして、そう言ったら私が逃げるとでも思ってたわけ?
残念でした。そんなことを言われて臆するほど、私も柔な育ち方をしていないわ。
「やりましょう。あなたをボコボコにして差し上げます」
「くくく、面白い女だ」
そう言うアシュトン様は、子どものような無垢な笑顔を浮かべた。
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