28・謎の声(エリーザ視点)
【SIDE エリーザ】
「レオナルトとの婚約を破棄してはならないですって!?」
深夜。
エリーザは自らの父、ダグラスに詰め寄っていた。
「そうだ」
鬼の形相で父を睨みつけるエリーザであったが、当のダグラスは涼しい顔である。
「どういうことですか? あの方がなにをしていたか、お父様は知っていたんですよね!?」
「うむ」
「だったら婚約を破棄すべきです! 彼は王族から追放されています。今更婚約破棄をしても、なんら問題はないはずですわ!」
レオナルトが王族からの追放を告げられたあと。
エリーザはしがみついてくるレオナルトを振り払い、実家に戻ってきていた。
そしてせめてレオナルトとの婚約をなしにしてもらおうと父に頼んだら、このざまだ。
(『僕を見捨てないでくれえええ〜』と泣きついてくるレオナルトは、ほんとに惨めでしたわね。あんな情けない顔を見ていたら、百年の恋も冷めるというものですわ)
レオナルトはエリーザと婚約する以前から、多額の借金をこしらえていた。そしてその度に国王陛下に泣きつき、なしにしてもらったということも。
それを知っていれば、国王陛下の堪忍袋の緒が切れるのも、時間の問題……ということは容易に想像出来るはずだ。
「もう一度問います。お父様はレオナルトの状況について、知っていたのですわよね?」
「うむ」
ダグラスは首肯する。
「なんのおつもりですか? ならばわたくしがレオナルトと婚約する際に、止めてくださってもいいではないですか! だからわたくしはこんな目に……」
実の父がなにを考えているか分からない。エリーザはそう思った。
彼女を見るダグラスの瞳は、まるで遠いなにかに向いているようであった。そのせいで目を見ただけで感情が読み取れない。
ダグラスは平坦な声で、こう続ける。
「我が家に王族の血は必要なのだ」
「必要……? まあそれは分かりますよ。王族との血縁者となれば、色々とやれることも広がるでしょうから。でも……レオナルトはもう王族ですらないんですよ?」
「それは問題ない。王族という地位には興味がない。重要なのはヤツの中に、王族の血が流れていることだ」
「なにを言っているか分かりません。それにたとえそうだとしても……」
相手がレオナルトでなくてもいいはずだ。
あんな追放寸前のダメダメ王子。
婚約してもエリーザ、そして伯爵家にはなんら得がない。いつ暴発するか分からない、魔導具を抱えているような状況である。
なのに父のダグラスは全てを知ったうえで、エリーザとの婚約を認めた。
エリーザがレオナルトのことが好きだったから?
娘が好きなら仕方がない、と諦めたから?
いや。
(お父様はそんな性格ではないはずですわ。利用出来るものは全て利用するお方。自分に得のないことはする人ではありません)
エリーザは心の中でそう断言する。
「……エリーザ。まだ声は聞こえないか?」
「声?」
聞き返すエリーザ。
そんな彼女の反応は予想通りだったのか、相変わらず淡々とダグラスは話を続ける。
「お前も学院を卒業した。そろそろ声が聞こえるはずだ。そして……今のお前と王族の血が組み合わさった時、我が伯爵家は昔の栄光を取り戻すだろう」
「お父様がなにをおっしゃっているのか分かりません」
ブノワーズ伯爵家の昔については、詳細な資料が残っていない。
何世代前に爵位を授かったのか。そしてどうやって栄えていたのか。
それが記されている資料がいくつか残っていても、おかしくはない。しかしブノワーズ伯爵家にはなかった。まるで全ての情報が故意に抹消されたかのように……。
そのことを疑問に思い、何度か父のダグラスを問い詰めてみたこともあった。
だが、その度にはぐらかされ、エリーザの納得出来る答えは返ってきていなかった。
(それなのに昔の栄光……? わたくしの家は一体なんなの? どうして、王族の血が必要なのでしょうか……)
父ダグラスの真意が読み取れず、エリーザは混乱する。
「今話してしまっては、お前に自覚が生まれ力が消失してしまうかもしれない。力が発現してから話すとしよう」
「今すぐ話してください。わたくしにはなにがなんのか分かりませんわ」
「ダメだ」
エリーザは食い下がるが、ダグラスも断固として退かない。
(これ以上ここにいても、進展はなさそうですわね。それに……)
真っ黒な瞳をして、虚空に語りかけているような父ダグラスの姿を見ていると不気味さすら感じた。
「失礼します。また来ます」
だからここは一旦引き下がり、ダグラスの前から立ち去ろうとする。
エリーザが彼に背を見せた時。
「……エリーザ。もう少しのはずだ。不安かもしれないが、もう少しすれば全てが解決する。そのためには王族の血を決して逃すな。父さんとの約束だぞ」
とダグラスが言い残した。
誰がそんな約束を守るものですか。
心の中で悪態を吐き、部屋から出て行った。
◆ ◆
「お父様はなにを考えているのでしょうか? そしてブノワーズ公爵家とは一体……」
エリーザは自室に戻り、先ほどのことを考えていた。
父ダグラスはまともに話を取り合ってくれない。
彼は全てを知った上で、レオナルトとエリーザを婚約させた。その理由は王族の血が必要だという。
正直、意味が分からない。
(わたくしにはレオナルトの血があったとしても、全て解決するとは到底思えません。レオナルト以外だったらともかく──ん? レオナルト以外)
そこで彼女はある考えが閃いた。
そう、父ダグラスは王族の血が必要だと言っていたが、それがわざわざレオナルトでなければダメ……とは一言も言っていない。
おそらく、貴族社会でも顔が狭いブノワーズ伯爵家では、王族の誰かと婚約しようとすれば、お払い箱王子のレオナルトしかいないだろう。そういう判断だ。
今だからそれは分かる。
しかしもう一人、いるではないか。
王族から疎まれ、今は王都からすらも離れている変人王子が……。
「そうですわ。アシュトン第七王子がいるじゃないですか」
エリーザは思わず、その場から立ち上がり手を叩いてしまう。
本当はあんな変人王子と結婚するなんて、死んでも嫌だった。
しかしそれでも、まだレオナルトよりはマシだ。まだ彼は王族であることには代わりないのだから。
それに。
(ノーラからもう一度男を奪うのも面白そうですわね。二度も男を奪われたら、彼女はどんな顔をするでしょうか?)
悪い笑顔を浮かべるエリーザ。
ノーラは彼女の意に反して、無事にアシュトンと婚約を済ませ、今は『婚前の嫁入り』に移行しているのだと聞く。
だが、そんな王子と婚約させられてはノーラも前途多難であろう。彼女も困り果てているはずだ。
「一度見に行ってみるのがいいですわね」
その結果、自分がまだ我慢出来るくらいの男なら奪ってやってもいい。
そうでなくとも、ノーラを嘲笑うだけでもストレス発散になるだろう。
「そうですわ。そうすべきです」
そうと決まれば、行動は早い方がいい。
彼女は家臣に辺境の街ジョレット行きの馬車を手配してもらおうと、腰を上げた。
「……っ!」
しかし突如、ズキリと鈍い頭痛が彼女を襲い、思わずその場で膝を突いてしまう。
〈そう。その憎しみこそが我が糧となる。あとは鍵さえ揃えば、力が元に戻る〉
まただ。
これはレオナルトに追放を打ち明けられ時、彼女の頭に響いてきた声と同じものであった。
(もしかして……お父様の言っていた『声』というのはこのこと?)
だが、すぐに邪念を振り払う。
こんな聞いていて不安になってくるような、薄気味悪い声。これが関係あるものだと思いたくない。
頭痛もおさまってきたと同時、声も聞こえなくなってきた。
エリーザは立ち上がり、家臣を呼びに行こうと部屋から出た。
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!




