25・友達ができました
「なにをしているんでしょうか?」
そう呼びかけると、一斉に視線が私の方に集中する。
「あなたは……誰? もしかして、この子の友達?」
銀髪の少女を取り囲んでいるうちの一人が、そう疑問を口にする。
しかしすぐに。
「この子に友達なんていないわよ」
「そうよ、そうよ。こんな根暗な子なんかにはね」
残りの二人が囃し立てる。
なーんか、嫌な感じね。
まるであの性悪女、エリーザみたいだわ。
銀髪の少女がなにをしたかは知らないけど、こんな学のないようなことを言うなんて……あまりお行儀がよろしくないわね。
「だったら、あなたはなんなのよ。わたしたちのすることに文句を付けるつもり?」
仲間もいて気が大きくなっているのか、リーダー格の令嬢がそう凄む。
あんまりこういう真似はしたくなかったけど……仕方ないわね。あまりこんなところで時間を割きたくないし。
私は偽りの笑顔を顔に貼り付けて、彼女たちにこう告げる。
「名乗り遅れて申し訳ございません。私はエナンセア公爵家のノーラと申します。不躾なことだと思ってはいますが、こんな楽しいパーティーの場にあなたたちの行動は少々目につきまして……お話だけでも聞かせてもらいたいのですが、よろしくて?」
「こ、公爵!? それにノーラって……」
私の馬鹿丁寧な言葉に、少女を取り囲んでいる三人の間に見る見る動揺が広がっていく。
虎の意を借りるなんとやら……というヤツで、あまりこういうことはしたくなかった。
だけどこの世界において、貴族の上下関係というものは効果絶大。
公爵家に盾突こうなんていうバカは、それこそエリーザくらいしかいないんだから。
目の前の方たちはどうしようかと迷っている様子だったけど……。
「だ、だからといってあなたに口を挟む権利はないのでは? 事情も知らないんでしょう? この子……セリアはここにふさわしい子じゃないのには違いないんだから」
リーダー格のご令嬢が怯まずに反論する。
でも私が公爵令嬢だということを知って、ちょっと言葉遣いが丁寧になっている。
やっぱり小物ね。
ご令嬢の言葉に、ますますセリアと呼ばれた銀髪の少女が肩を狭める。
そうしているから、この程度の人たちがつけ上がるのだ。
でも私はこの程度で引き下がったりしないわよ?
私、売られた喧嘩は買うタイプなんだから。
「その子……セリア様はここにふさわしくない。あなた、そう言いましたね?」
再度尋ねると、リーダー格のご令嬢は首を縦に振った。
言質は取ったわね。
「でも、追い出されていないことを見れば、別に無断でパーティーに入り込んだわけではないんでしょう?」
「そ、それは……」
言い淀む彼女。
「セリア様もパーティーに招待されたはずです。招待したのは領主のフリードリヒ様のはず。つまりセリア様をけなすということは、フリードリヒ様の判断が間違いだと言っていることになりますが、お分かりに?」
「…………」
「このことはフリードリヒ様にご報告させていただきます。あなたの判断にけちを付ける方がいた……と。私、フリードリヒ様に困ったことがあればすぐに言って……と言われてますので」
「そ、それは……っ!」
よし。
完全に風向きが変わったわね。
彼女たちが怯んだ隙を見逃さず、私は言葉を重ねる。
「私の婚約者、アシュトン様にもご報告させていただきます。私の楽しい気分を害する者が現れたと」
「ア、アシュトン様!? あなたが噂の婚約者だってこと──」
「はい。そうです。それで……どうされますか? まだその方を責めるつもりですか。だったら私も本気で……」
私が全て言い終わらないうちだった。
セリアを責めていた三人の顔が見る見るうちに青くなって……。
「す、すみませんでしたああああ?」
「どうかお許しください!」
「わ、わたくしたち。二度とこのような真似はしませんので……」
コロッと態度を変えて、私に謝罪をした。
ふん。こんなにすぐに謝るくらいなら、最初からしなければいいのよ。
「だったらさっさと私の前からいなくなりなさい。目障りだわ」
「「「は、はい!」」」
三人が声を揃えて、私の前から逃げ去っていった。
ちょっとビビらせすぎちゃったかしら?
でもこの程度ですぐに音を上げるんだから、やっぱり一方的にセリアを責め立てていたはず。自業自得だわ。
三人の姿が見えなくなると……。
「あ、あの……ありがとうございました……」
銀髪の少女──セリアがおずおずとした様子で、私に礼を言った。
こうして見ると、なんだか保護欲がくすぐられる。まるで小動物みたいだ。
今すぐ彼女の頭を撫で撫でしたい。
でも。
「あなたも文句があるなら、ちゃんと反論しなさいよ。そんな様子だから、彼女らを良い気にさせるのです」
「え?」
それでは彼女のためにならないと思ったので、あえてそう厳しく接する。
セリアは私の言ったことに、目を丸くした。
「喋れないことはないんでしょ? 自分の思ったことはちゃんと言わなくちゃ。嫌なら嫌……と。あっちに行って……とでも、言えることはいくらでもあるはずよ」
「は、はい……ごめんなさい」
しゅんと肩を項垂れるセリア。
「分かったならいいわ。お説教はこれで終わり! ……で、話を聞かせてくれる? どうしてあなたはそんな目に遭ってたの?」
「……きっとセリアの態度が気に入らないんだと思う。あの人たちは……」
それからセリアはとつとつと語ってくれた。
どうやらセリアはとある男爵家のご令嬢らしい。
あの子たちも似たような地位らしいんだけど……住んでいる家が近い関係もあって、なにかと彼女に突っかかってきたということだ。
きっとあの三人も、セリアをイジめることによって、自分らが優位に立ったと勘違いしているんだろう。
つくづくしょうもない子たちね。
「そういえば、あの子たちは『またアシュトン様に色目を使って』……と言っていたけど、アシュトンとなにかあったの? それにも、もしかして原因が?」
「…………」
私は問いかけるが、セリアはモゴモゴと口を動かして俯いてしまった。
それでも口を開こうとするが、私はさっと手で制して。
「言いたくなかったらいいわ。アシュトンに直接聞けばいいだけだしね。無理して聞くつもりはないから」
「は、はい……ごめん……なさい」
セリアがまた表情を暗くしてしまうと思い言ってみたが、彼女は再び下を向いた。
うーん……悪い子じゃないと思うんだけど、いちいち落ち込みすぎなのよね。
自分に自信がないのだろうか。
せっかくこんなに可愛いのにもったいないわね。
どちらにせよ、彼女もこのままだったらまたさっきのような目にあう。あのような輩は、一度や二度じゃ懲りないからだ。根本的な解決にならない。
私は少し悩んだあと、こう口を動かした。
「『花は太陽に向かって伸びる。そうやって俯いていたら、キレイな花を咲かせることも出来ないではないか』」
「え?」
セリアが驚いたように口を開ける。
「もしかしてそれって……『アーロン伯爵の恋』の一文?」
「あなた、それを知っているんですか!?」
「うん──は、はい……セリアも好きですから」
呟き声でセリアが口にする。
彼女の言った『アーロン伯爵の恋』というのは、王都で話題沸騰中のロマンス小説だ。
フロレンス令嬢とアーロン伯爵の恋物語。
今まで一度も人を好きになったことがない二人が恋に落ち、そして成就するまでの道のりが描かれている。
私が先ほどセリアに言った言葉は、いつも自分に自信がなかったフロレンスが、アーロン伯爵に慰められた時の一文だ。
ふと頭に思い浮かんだから、言ってみたんだけど……まさかセリアも知っているなんてね。
「だ、だったら『屋根裏公爵令嬢の花嫁』は知ってる? 『素敵な一夜に口づけ』も、もしかしたら……?」
「ぜ、全部知っています。セリア、ロマンス小説が好きですから……」
まさかこんなところに同志がいるとは!
テンションが上がってしまった私はついセリアの手をぎゅっと握ってしまう。
「お、お友達になりましょう! 私、小説のことを語れる友達が欲しかったから!」
こういったものは庶民が読むものとされ、貴族社会ではあまり好まれていない。
だけど私にとってロマンス小説とは、今や人生で大切なパートナー。
小さい頃から暇さえあれば読んで胸をときめかせてきた。
……このことをアシュトンに言ったら「お前らしくないな」と笑われそうだから、言ってないけどね!
セリアは少し戸惑いながらも。
「セ、セリアでよかったらぜひ……」
「やったわ! これからよろしくね! それから……せっかくお友達になれたんだから、敬語なんて使わなくていいわ。好きに喋ってちょうだい」
こうして喋っていると、セリアがなんだか喋りにくそうにしていたから、そう提案をした。
すると彼女はじゃっかん表情を明るくして、
「う、うん……セリアの方こそ、よろしくお願い──ううん。よろしくね。セリアこそ、小説が好きな友達が出来て嬉しい」
と相変わらず小さい声だったけど、言ってくれたのだ。
今日はつまらないパーティーだと思っていたけど、美味しいご飯も食べれて良いお友達も出来たしよかったわ!
あとでアシュトンにも礼を言わないとね!
私がセリアの顔をじっと見ると、何故だか彼女は頬を朱色に染めていたのであった。
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【SIDE セリア】
本当はこんなパーティー、来たくなかった。
だけど実家から言われて、フリードリヒ様のパーティーに参加することになってしまった。
セリアは重い体を引きずって、無理やりパーティーに来てみたが、予想通りいつもの三人に絡まれた。
(でもセリアが悪いから……セリアがきっと、じめじめして暗い女の子だから、あの子たちを怒らせる)
そんなことがあっても、セリアは自分のことを責め続けた。
しかしそんな彼女の前に光が現れた。
ノーラと名乗った公爵令嬢は、あっという間にあの三人を口でねじ伏せ、セリアを助け出してくれたのだ。
ノーラと聞いて、すぐに彼女のことが分かった。
彼女はアシュトンの婚約者だと。
(お礼を言ったら、早くいなくならなくちゃ……)
と思っていたが、ノーラは思いも寄らないことを口にした。
「『花は太陽に向かって伸びる。そうやって俯いていたら、キレイな花を咲かせることも出来ないではないか』」
分からないわけがない。
セリアも大好きなロマンス小説の一文だった。
フロレンス令嬢は自分に自信がないながらも、アーロン伯爵と出会ったことにより前向きに人生を歩み始める。
そんなフロレンスに自分を重ねていたのだ。
『お友達になりましょう!』
セリアも小説が好きということを伝えると、ノーラは目を輝かせて両手を握ってきた。
(お友達……セリアに?)
自分には友達なんて出来ないものだと思っていた。
しかしノーラはそんな自分と「友達になろう」と言ってくれている。
そんなノーラのことが……まるであの小説の登場人物、アーロン伯爵に見えてしまった。
胸に手を当ててみると、心臓の鼓動がとくんとくんと早くなっているのを感じた。
(これは……なに?)
まるでこれでは、アーロン伯爵と恋に落ちたフロレンスみたいではないか──。
そんなことを考えると、ノーラの姿がどんな殿方よりもカッコよく見えた。
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