24・パーティーは美味しい料理があって楽しい
そういうわけで私、アシュトン、ライマーの三人は領主のフリードリヒさんの家に招かれることになった。
フリードリヒさんの屋敷の庭でパーティーが開かれていた。
「アシュトン……ちょっと私の予想とは違っていたんだけど?」
「どういうことだ?」
「もっと簡素なものだと思っていたわ」
馬車に乗りフリードリヒさんの家について、すぐに私はアシュトンを問い詰めた。
パーティーには着飾った人々が出席していて、みんなは思い思いに会話を楽しんでいる。
三、四十人くらいはいるのじゃないかしら?
アシュトンから話を聞くに、近隣の名のある貴族の方たちも多く出席しているらしい。
アシュトンやライマーといった冒険者の方々がいるのが、かなり珍しいくらい。
そのことから、いかにアシュトンが領主のフリードリヒさんから特別視されているのかが分かった。
「そうか? この程度の規模のパーティー、ノーラなら慣れているだろう?」
「それはそうかもしれないけど……」
アシュトンは私の言葉をそう受け流し、こう続ける。
「フリードリヒに挨拶に行くぞ。ライマーもいいな?」
「は、はいっ。も、もちろん、ですっ」
ライマーが明らかに緊張して、体が固くなっていた。
それも仕方がない。
私は幼い頃から(無理やり)パーティーに出席されられていたから慣れているけど、ライマーはそうじゃないもんね。
彼の心労が窺える。
そして私たちはアシュトンのあとを付いていき、フリードリヒさんと対面することになった。
「ほお、その方がアシュトンの婚約者ですね。お話は伺っております」
フリードリヒさんはワイングラスを片手に、私を興味深げに観察する。
「初めまして、フリードリヒ様。ノーラと申します。今日はこのような楽しいパーティーにお招きいただき、ありがとうございます」
スカートの裾を軽く持ち上げて、フリードリヒさんに感謝を伝える。
すると彼は「ほお」と自分の顎を撫で、
「とてもおキレイな方なので驚きました。さすがはアシュトンの婚約者。お似合いですね」
と感心したように口にした。
フリードリヒさんは、予想に反して若く見えた。とはいっても四十代くらいだと思うけどね。
正装をきっちり着こなしていて、大人の魅力が感じられる素敵なお方ね。
「それからノーラ様。そう、私に気を使わなくても結構ですよ。領主とはいえ、私はしがない一伯爵。公爵家であるあなたにとっては、そう謙る相手でもないでしょう」
「いえいえ、とんでもございませんわ」
本当はこんな丁寧な喋り方は今すぐにでもやめたかったが、アシュトンに恥をかかすわけにもいかない。ぐっと我慢をする。
「もしなにかお困りごとがあれば、どうか私にお申し付けくださいませ。出来る限り力になりましょう」
「ありがとうございます」
そんな感じでフリードリヒさんの対面も、無難に終わった。
フリードリヒさんの前から立ち去り。
「アシュトン。私、自由に動き回っていいかしら? だって美味しそうなものがいっぱいあるんですもの」
「くくく。美味しそうなご飯に目がいくとはな。さすがはノーラ。あまり公爵令嬢らしくない──もちろん、自由にしてもらっていい。面倒臭いが、俺は俺で色々と挨拶せねばならぬからな」
「どうもー」
なんかバカにされた気もしたけど、アシュトンのこういうところは今更なので、あえて突っ込まなかった。
そして私は一人、パーティーで出されている料理に舌鼓を打っていた。
特に他の方と会話を交わすこともない。
ただ一心不乱に料理を食べ続ける!
そのせいですぐにお腹がいっぱいになってしまって、なんだか眠くなってしまったほどだ。
「パーティーって、こういうところだけは楽しいわよね。レオナルトと婚約していた頃とは大違い」
こんなことをしていたら「勝手なことをするな!」とレオナルトに怒られていたからね……。
というわけで、私は私なりにパーティーを楽しんでいると……。
「ノーラ」
「あら、どうしたの。ライマー」
疲れた顔をしたライマーが、私の前にやって来た。
「楽しんでる?」
「……楽しめるわけがないだろう。おれはこんなところに来るなんて初めてだからな。緊張で料理もろくに喉を通りやしない」
とライマーが溜め息を吐く。
カスペルさんの教育によって一通り作法は覚えたものの、やっぱりなかなか辛いものがあるんだろう。
いつも自信満々に尊大な態度をしているライマーだけど、今日ばかりは肩を縮こませて大人しくしていた。
「ノーラはさすが腐っても公爵家だな。緊張している様子が一切ない」
「緊張するだけ損だもの」
「まさか料理のお皿で両手が塞がっているとは思っていなかった。この中でそんな姿なのは、お前くらいだぞ」
確かに……周りを見渡しても、料理を食べまくっている方は一人も見当たらない。どちらかというと、みんなは会話を楽しんでいる感じ。せいぜいお酒で片手が塞がっているくらいだ。
私がアシュトンの婚約者ってことは、みんなに知れ渡っているのだろうか……妙に距離感があるのよね。
まるで腫れ物に触らないようにしているかのよう。
ただ単に食事に夢中になっている私を見て、ドン引いているだけのような気もするが……きっと気のせいね。
「ライマーもじきに慣れるわよ。もっと肩の力を抜きなさい」
「そうとは思えないんだがな……それにさっきからジロジロ見られて、余計に疲れる」
「見られている? 誰に?」
「主に女の視線が多いような気がするな」
言われてみれば……。
こうして話している間も、周りの令嬢たちがチラチラとライマーに視線をやっている。
中にはぽっと頬を赤らめている女性も。
ははーん、これはライマーに見惚れているだけね。
ライマーは少々子供っぽいところもあるけれど、文句なしにイケメンであることには異論はない。
金色のふさふさの髪は思わず触ってみたくなるくらいだし、黙っていれば育ちのいい貴族にも見える。
しかも今日は正装に身を包んでいるせいか、いつもより数倍カッコよく見えた。
「どうしたものか……いつ後ろから刺されるかと思ったら、気が気がじゃない」
頭を抱えるライマー。
どうやらライマーは自分に受ける視線を勘違いして、敵意あるものだと思っているみたい。
その勘違いを正してもいいのだけど……。
「気をつけなさい。令嬢といったら、懐に刃物の最低一つは隠しているものなんだから」
「な、なんだと!? そうなのか?」
「ええ。ほら、みなさん。動きにくそうな服装をしているでしょ? あれは武器を隠すのに最適だからよ」
ちょっと悪戯がしたくなって、ライマーにそう嘘を伝える。
「い、今までおれは貴族というものを甘く見ていたのかもしれない。まさかそんなことがあろうとは……」
バレバレの嘘だと思ったけど、今の疲れ切っているライマーには効果的面だったのか、真剣に悩み出した。
アシュトンが私のことを弟子だと嘘を吐いた時もだったけど、この子って騙されやすいのよね。
ライマーをからかおうアシュトンの気持ちがよく分かった。
「あっ、ライマー。ちょっとこのお皿、持っていてくれるかしら」
私は彼に両手で持っていたお皿を預ける。
「お、おい! これはどういうことだ!?」
そう言いながら、受け入れてくれるライマーはなんだかんだで優しいと思った。
「ちょっと行ってくるわ」
「ど、どこにだ?」
「あら。女性にそんなことを言うなんて、あなたもまだまだね」
「?」
ライマーが首をひねった。
お花を摘みに行きたくなったのだ。
ちょっと食べ過ぎちゃったかもしれないわね。
「すぐに戻るわ」
「ま、待て! これを持ったら、おれの両手が塞がるだろうが! 襲われたらどうする──だから待てと言っているだろ!」
ライマーが止めるのも聞かず、私は早足でトイレに向かうのであった。
◆ ◆
「ふう、すっきりしたわね……」
無事に用もたし、中庭に戻る道を歩いていた。
公爵令嬢がパーティーの場で漏らしたりなんかしたら、洒落で済まないからね。
間に合ってよかったわ。
「さて。早くライマーのところに戻ってあげなくちゃ。少しかわいそうだし……」
と呟きながら、急ごうとした時であった。
「あんたがどうして、こんなところに来てるのよ。どうせまた、アシュトン様に色目を使うつもりでしょ!?」
のっぴきならない声が聞こえ、思わず私は足を止めてしまう。
なに……?
私は近くの木陰で姿を隠しつつ、こっそりとその様子を眺めた。
「わ、わたしはそんなつもりじゃ……」
そこには三人のご令嬢が、一人の女の子を取り囲んでいた。
その中央にいるのは銀髪の美少女。
体を縮こませて、周囲のご令嬢に萎縮しているよう。見ていてかわいそうになってくるほどだった。
彼女を取り囲んでいる人たちは、罵声を浴びせ続けている。
「……少なくとも、平和的な光景じゃないわね」
なにが発端で、彼女がこういう目に遭っているのかは分からない。それに他人の事情に顔を突っ込みすぎるのも、よくないことだろう。
だけど一人の少女を、寄ってたかってイジめているように見えるのも、見ていて気分のいいものでもないわ。
「話を聞くくらいならいいわよね」
私は意を決して、その人たちの前に姿を現した。
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