21・仲直りの握手
「アシュトンさん! 嘘を吐かないでくださいよ!」
夜になって。
アシュトンが屋敷に戻って本当のことを告げると、ライマーは彼に詰め寄った。
「くくく。信じる方が悪いのだ。それにいつも『疑う心を持て』と言っているだろう。お前は魔物に対して『騙し討ちなんて卑怯だ!』とでも言うつもりか?」
「そ、それは……」
ライマーは一瞬怯むが、すぐに首をブンブンと振って。
「それとこれとはまた話が違います! おかげで恥をかいたじゃないですか!」
「これくらいで済んだなら早いものだろう。戦場で恥をかいたら、後戻りが出来ないからな」
当のアシュトンはライマーの言うことを、のらりくらりと躱しつつ、どこか楽しげであった。
私とカスペルさんは、そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めていた。
私の予想通り、今回の件はアシュトンが嘘を吐いていたらしい。
彼は遠征でとある村に宿泊しているライマーに対して、こういう手紙を出していた。
『お前がいないうちに弟子が増えた。女だが、なかなか見所のあるヤツだ。ライマーが帰ってきたら、また紹介しよう』
文面は短い。
しかしライマーはそれを受け取ると、怒りのあまり手紙を握り潰してしまったみたい。
弟子!? 弟子はオレ一人で十分だろう!
しかも女? アシュトンさんはなにを考えているんだ!
……と。
そして悶々としながらもライマーは無事に遠征を終え、屋敷に戻ってきた。
帰ってくるなり、庭にそれらしい女を見つけた。おそらく、あれがアシュトンの言っていた弟子だろう。ライマーはそう算段を付けた。
そこから先は知っての通り。
彼は結局、私に二度も決闘を挑み、二回ともボロ負けしたというわけだ。
「……どうしてライマーは、あんなに怒っているんでしょうか?」
二人が言い争……というか、一方的にライマーが文句を言い、アシュトンが適当に聞き流している光景を見ながら。
私はカスペルさんに質問する。
嘘を吐かれただけで、あんなに怒るとは思えないからだ。
「まあ元々怒りっぽい性格ということもありますが……」
苦笑するカスペルさん。
「アシュトン様がライマーを弟子だと認める際、かなり難航したんですよ。アシュトン様は俺に弟子など必要ない……と言い張って」
「ああ。なんとなく分かるわ」
アシュトンは優しいんだけど、そうやって積極的に弟子を取るタイプではなさそうだしね。
Sランク冒険者といったら、普通は他の人とパーティーを組んでもおかしくないという。
だけどアシュトンは今まで、ソロで活動してきた。
それなのに弟子がいるなんて、おかしいと思っていたのよ。
「なのにどうしてアシュトンはライマーを弟子に?」
「ライマーがしつこかったんです。アシュトン様が何度も何度も断っても、しつこく弟子にしてくださいと言ってきて……」
その後、カスペルさんから話の続きを聞く。
ライマーはアシュトンの弟子になる前から、冒険者として活動してきたらしい。
そして自分の身の丈に合わない依頼を受け、ダンジョンに出かけた際……自分が想定していたよりも強力な魔物に出会ってしまった。
絶体絶命。
そんな時、アシュトンが颯爽と現れ、華麗にライマーを助け出した。
「それにライマーは感動したらしく……アシュトン様の弟子になろうとしました。そして何日も何日も通い詰め、最終的にはアシュトン様の気が滅入ってしまって……というのが流れです」
「なるほどね」
アシュトンもなかなか頑固ね。
でも弟子なんか取ったら面倒臭そうだし、なによりライマーの人生を背負わなければいけない。
安易に弟子を取って、やっぱりダメでしたーじゃ済まされないのだ。
そう考えると、アシュトンの判断は妥当だった気がする。
「弟子……というのは違うけど、私が婚約者として認められる時は一瞬だったのに。そういうところが、ライマーは気に食わないわけね」
私の言ったことに、カスペルさんが首肯する。
「おい、女!」
ライマーはこれ以上アシュトンに言っても埒が明かないと悟ったのか、今度は私に敵意を向ける。
「婚約者だかなんだか知らないが、オレはお前を認めるつもりはないからな! たまたま勝っただけで良い気になるな!」
「あら、私の名前はノーラっていうのよ? 女、女……って言わないで」
「ん、分かった。だったらノーラ!」
怒っているくせに、物分かりのいい少年だ。
「お前の剣さばきは確かに素晴らしかった! しかも魔法なんて使える! オレは魔法が使えないから、羨ましいばかりだぞ! それに結構キレイな見た目もしているんだな。最初見た時は驚いたぞ!」
……ん?
なんか喧嘩腰に話しているが、これって私を褒めてるのかしら?
この子……なんだかんだで悪い子じゃない気がする。
「……だが! それでもダメだ! オレはお前を認めない!」
「どうして? 弟子というのが気に食わないなら、それは誤解だと分かったでしょ?」
「それは……その、なんだ。アシュトンさんは別格として、この屋敷でオレはナンバー2の実力者だったんだ! お前が来ると、それが崩れるじゃないか!」
いや、悪い子じゃないけど器がちっちゃ!
それに誇らしげにナンバー2って言ってるけど、この屋敷、私を含めて四人しかいないのに!
カスペルさんはどうするんだろう? カスペルさんも戦ったら強そうだし、ライマーと良い勝負をすると思うけど……今は黙っておこう。
喋ってもこの子の怒りを増長させるだけだ。
「おい、ライマー。あまりそう言うな。俺の婚約者だぞ? 失礼な態度は許さん」
「は、はい。分かりました! 失礼な態度は取りません! すみませんでした!」
……やっぱり物分かりはいいのね。
アシュトンの弟子だけあって、どうやら彼の言うことはちゃんと聞くらしい。
「よし。ここで仲直りの握手といこうじゃないか」
私とライマーの間に立つアシュトン。
「同じ屋敷に住む者たちだ。仲良くして損はない」
「まあ私はどっちでもいいけど……」
というか私はライマーと喧嘩をしているつもりはない。握手でこの場をおさめられるなら、いくらでもしよう。
私はさっと彼に手を差し出す。
しかしライマーはそうでもないみたいで……。
「う、う……」
私の手を見て、何故だか頬を朱色に染めて……。
「な、仲直りなんて出来るか! おれは部屋に帰らせてもらう!」
と踵を返して、風のように走り去ってしまったのだ。
それを見ても、アシュトンはどこか愉快そうだった。
「はっはっは。やっぱり無理だったか」
続けて笑う。
「彼は私と仲良くしたくないみたいね」
「いや、そうじゃないと思うぞ? ライマーはああいうヤツだが、実力がある者だけは認めるたちだ。決闘で二回も負かしてやったんだぞ? ああは言っているが、心の中ではお前のことを認めているはずだ」
「そうなの? でも握手を拒否したじゃない」
「ヤツはあまり女への耐性がないからな。大方、お前みたいなキレイな女に触れるのが嫌だったんだろう」
なによ、それ。
また個性豊かな男性が現れたものね……もうお腹いっぱいだ。
だけど。
「退屈しそうになくていいわ」
ライマーが走り去った方を見ながら、私はそう呟くのだった。
◆ ◆
ノーラもいなくなり、アシュトンはカスペルと二人だけで秘密の話し合いをしていた。
「カスペル。エリーザについて、なにか分かったか?」
問いかけるが、カスペルの表情は渋い。
「いえ……なかなか巧妙に隠されています。確証には至りませんでした」
「そうか。だが、お前でも分からないとなるとタダごとじゃないな。まあ簡単に分かるなら、あのバカな陛下でもレオナルトと婚約させないか」
「もしくはなにか企んでいるか……ですね。まあその可能性は低いと思いますが」
「お前の予想はどうだ? エリーザ……いやブノワーズ伯爵は……」
「ええ。おそらくアシュトン様の予想通りだと思います。調査は続けるので、またなにか分かり次第、お伝えします」
「そうか。頼んだぞ。しかし……危ないと感じたら、深入りしなくていいからな。俺の予想通りだと、いくらお前でもこの件は手に余る」
「承知しました」
彼らの声は、誰にも聞かれることはなかった。
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