20・公爵令嬢、喧嘩を売られる
やがて彼は私と目と鼻の先くらいまで顔を近付け、敵意丸出しでこう続けた。
「女がアシュトンさんの弟子だなんて生意気なんだ! 今すぐこの屋敷から出て行け!」
弟子?
……この子はなにを言っているのかしら?
それにいきなり私に喧嘩腰に突っかかってきて、どういうつもり?
状況が飲み込めない。
「なにを勘違いしているか分からないけど、私はアシュトンの弟子なんかじゃないわ。婚約……」
「うるさい! 喋るな!」
婚約者と言いかけるが、まともに取り合ってくれない。話をする気もなさそうね。
彼はガミガミと唾を飛ばす。
「女ごときがアシュトンさんの弟子だなんて、おかしい! それにどうやって弟子にしてもらったんだ? おれだって苦労したのに……女のくせに──」
「ちょっと、あなた。さっきから『女ごときが』とか『女のくせに』だとかうるさいわよ」
そう言われると、私も変なスイッチが入るのよね。
私が反論すると、一瞬彼は気圧されたように一歩後退する。
しかしすぐに気を持ち直して……。
「ふ、ふんっ! だったらおれと戦ってみるか? そっちの方が話が早い。もしおれが負けたら謝罪でもなんでもしてやる。だが、おれが勝ったら……」
「ええ。男ごときに負けたら、アシュトンの弟子なんてふさわしくないし、この屋敷から出て行くわ」
弟子ではないけど……ここは売り言葉に買い言葉。彼の話に乗らせてもらいましょ。
少年は「男ごときが」と言われたのが相当腹立たしかったのか、さらに顔を真っ赤にして怒っていた。
他人に言うのは平気なのに、言われるのは認められないのね。器のちっちゃな男だわ。
「その言葉……忘れるなよ!」
「望むところよ!」
こうして私は謎の少年と決闘することになった。
……とはいえ、決着はすぐについた。
数十分後。
「な、なんでお前! 女なのにそんなに強いんだよ!?」
彼は尻餅を突いて、私を見上げていた。
私はそんな彼に剣を突きつける。
「これで気が済んだ? 分かったでしょ。私はあんたより強いんだから」
周りには、いくつかの巨大な氷の華が咲き誇っている。
さっきまではなかなか成功出来なかった魔法だったけど、彼と戦っているうちになんか出来るようになったのだ。
これだけは彼に感謝しないとね。
戦いの内容はこうだった。
決闘開始と同時、彼は剣を抜いて私に襲いかかってきた。
なかなか素早い動きだったが、アシュトンよりは数段落ちる。だから簡単に対処することが出来た。
そして隙を見て、私は地面から氷の華をいくつも生やした。
彼はそれに直撃はしなかったものの、大きく動きを制限されることになる。
そして私も剣を抜き……という感じで戦いはすぐに終わったわけ。
「さあ、謝罪してくれるかしら。そもそもあなた、名前はなんて言うの? 私はノーラよ」
「…………」
彼はじっと私の顔を見ていたが、やがて。
「だ、誰がお前なんかに名乗ってやるもんか! 今日のことはアシュトンさんに言いつけてやるんだからな!」
と小さな子どもみたいなことを言い出し、立ち上がる。
そして風のように私の前から消え……いや、逃げていったのだ。
「一体なんだったのかしら……」
追いかけることは簡単だったが、これ以上彼に付き合うのも疲れる。
私は剣を鞘におさめ、一息吐くのだった。
「……カスペルさん。彼がこの屋敷に住むもう一人なの?」
「おや、気付いておりましたか」
私がなにもなさそうに見える空間に呼びかけると、そこから一人の人間が突如として姿を現していた。
やっぱり隠蔽魔法で姿を隠していたみたいね。
「分かるわよ。さすがにこれだけ騒ぎになっていて、あなたが気付かないとは思えないもの」
「はっは。私もまだまだのようですな」
カスペルさんが歳に似合わず、まるでお爺さんのように笑う。
今回は気付けたけど、それは屋敷の敷地内で、さらにカスペルさんがタダモノじゃないことを事前に知っていたからだ
他の場所でやられるとなると、私でも隠蔽魔法で姿を隠したカスペルさんを見つけられるとは思えない。
「それで……どうなの? 彼は……」
「ええ。彼の名前はライマー。ここに住むもう一人の住民ですね」
やっぱりね。
だって少年……ライマーがただの不審者だったら、カスペルさんが見逃すとは思えないもの。
私たちの決闘を黙って観戦していたのも、彼が安心出来る人物だと分かっていたからでしょう。
「確か……冒険者の方なのよね?」
カスペルさんが頷く。
アシュトンから話は聞いていた。
ここに住むもう一人の住民はアシュトンに弟子入りした冒険者だと。
依頼で遠征に行ってて、屋敷内にはいなかったけど……戻ってきたみたいね。
あれでも冒険者としてはなかなかの腕みたい。まあ一度戦ってみて、それは分かった。
私も本気だったからね。だったら一瞬で勝負がつくはずなのに、まあまあ時間がかかっちゃった。
身のこなしも素早かったし、高ランクの冒険者であることも頷けるわ。
「それで……遠征から戻ってきたってことなのよね。彼──ライマーは私のことをアシュトンの弟子だと勘違いしていたけど、あれはどういうこと?」
「さあ」
首をかしげるカスペルさん。
表情は変わっていないが、おそらく……というか絶対、彼ならなにか知ってると思う。
でも問い質しても答えてくれなさそう。
これはあとでアシュトンを問い詰めないといけないわね。
なんとなくだけど、今回のことはアシュトンが裏で糸を引いてる気がする。
「あの子。決闘に負けて、かなり傷ついてたみたいだけど大丈夫かしら? あ、傷ついてって言っても体のことじゃないわ。心よ」
さすがにお遊びみたいな決闘で、相手を傷つけるほど私も悪魔じゃない。
ライマーは女である私のことを舐めていた。元々女を下に見るお方なんでしょ。
それなのに決闘でボロボロに負けて、プライドが傷ついたんじゃないだろうか。
そんな心配をしていると、カスペルさんが口にする。
「ノーラ様はお優しいですね。ですが、ご心配いりません。きっと夕方にでもなれば、けろっとしてもう一度ノーラ様に決闘を挑んでくるはずですよ。彼はそういう人間です」
「ははは。そんな……」
カスペルさんの冗談に、思わず笑ってしまう。
だけど私は間違っていた。
彼の言ったことは冗談ではなかったのだ。
◆ ◆
「おい、女! もう一度おれと戦え! 今度は負けん!」
夕方。
屋敷内の廊下を歩いていると、ライマーに出会した。
彼は私を見かけるなり、そう指を差してきたのだ。
「……正気?」
「当たり前だ!」
ライマーが腕を組む。
驚いた。お昼にあんなにこっぴどく負かしてあげたのに……。
これは一度や二度、負けたくらいでは懲りそうにないわね。
だから。
「受けて立つわ」
再度庭に出て、ライマーと剣を交わした。
勝負はまたまた一瞬で私の勝利で終わってしまい、ライマーが負け惜しみを言いながら逃げて行ったのは言うまでもない。
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