17・帰還。そして晩ご飯
「ほうほう。それで二人でサンドスパイダーを倒してしまったんですか?」
カスペルさんがニコニコとしながら、私の話に耳を傾けてくれている。
「そうなのよ。まあ私は氷魔法で補助していただけなんだけどね。ほとんどアシュトンがやってくれたわ。アシュトンって、本当に強いのね」
「いや、ノーラがいなかったらもっと戦闘は長引いていただろう。こうして無事に帰ってこれているのは、彼女のおかげでもある」
私の言葉を謙遜と受け取ったのか、アシュトンが横からそう口を挟む。
別に謙遜のつもりで言ったわけじゃないんだけどね。
屋敷に戻ると、既にカスペルさんは晩ご飯の支度を済ませていたようであった。
しかも丁度ピッタリの時間に。
だから「何時に帰るって伝えてなかったんだけど」と少し不思議になった。なんなら当初の予定より、大分遅くなってからの帰宅だったからだ。
それなのにカスペルさんは「全てお見通しですよ」とばかりに優しげな表情をするばかりであった。
やっぱりカスペルさんはタダモノじゃないわ。私からしたら、彼が一番すごいように思う。
そして食堂に行くと、豪勢な料理がテーブルに並べられていた。
どうやらアシュトンと私の婚約祝いというわけで、いつもより料理に腕を振るってくれたらしい。
というわけで私たちは今、カスペルさん特製の料理を食べながら、今日のことについて談笑していたわけ。
「カスペルさん。やっぱり料理がお上手ね」
私はステーキを口に運ぶ。
一噛みするごとに口内が肉汁で満たされる。しかも肉はとても柔らかく、噛まなくても飲み込めそうなくらいだった。
それだけではない。
温かいスープは体の芯まで染み渡っていったし、チーズ入りハンバーグも天まで昇るような美味しさ。
ありがとうございます、ありがとうございます……美味にそう舌鼓を打ち、カスペルさんに感謝しながら食事を続けていく。
これだけご飯が美味しいと、自然と話も弾むというものよ。
「いえいえ。これくらい、執事として当然のことです」
カスペルさんは表情を変えずに、そう口にする。
当然とは言っているけど、そうとは思えない。
少なくても私の実家では、こんなに美味しい料理は滅多に食べられなかったしね。
エナンセア公爵家のコックの腕が悪かったというわけではないが、カスペルさんが別格なのだ。
これだけ美味しい料理を作るのに、カスペルさんの本業は執事。一体何者なのよ。
「ますますあなたに対する謎が深まるばかりだわ」
気付いたら、本音が溢れてしまった。
ちなみに……カスペルさんに対しても、私はざっくばらんな話し方になっている。
私がアシュトンに敬語を使っていないのを見て、カスペルさんが「なら私も」と申し出たのだ。
屋敷の主人には敬語じゃなくて、一執事には敬語……というのはおかしいと思ったし、私もカスペルさんと仲良くなりたいので、彼の提案に乗ったわけ。
「ありがとうございます。謎が多い男はモテると言いますからね。褒め言葉として受け取っておきます」
カスペルさんはさらりと言ってのけた。こういうことも言えるのね。彼の新たな一面が見れた気分。
「……アシュトン。どうして私の顔をジロジロ見てるのよ」
アシュトンに問う。
先ほどから彼は自分の料理に手を付けず、黙って私たちのやり取りを眺めていたのだ。
言い方は悪いけど……なんだか不気味だわ。
「くくく。なに。美味しそうに食べるものだと思ってな。そういうお前を見ているだけでも楽しい」
「変なことを言わないでよ」
「変なことでもないぞ。そう無防備なお前を見ていたら……そうだな。食べちゃいたくなる」
「食べちゃいたく……? だったら、あなたも早く食べなさいよ。お腹、空いていないの?」
私が言うと、アシュトンは何故だか一瞬きょとん顔。
「ん……あ、ああ。そうだな。俺も食べるか」
そしてようやくフォークとナイフに手を付け、料理を食べ出した。
この方の考えていることがよく分からない。
今日一日彼と出かけて、少しは仲良くなったと思うけど……まだまだ彼を完全に理解出来るのは先のようね。
そういうわけで私たちは楽しく晩ご飯を共にした。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
私はナプキンで口元を拭きつつ言う。
ふう……満足だわ。ついつい食べ過ぎちゃったくらい。
そのせいで瞼が重くなってきた。
「どうした、ノーラ。やけに眠そうだな」
それに気付いたのか、アシュトンが私に訊ねる。
「いえいえ、そんなことはない……わ。でも今日はちょっと疲れたみたいだから、部屋に帰らせてもらうわね」
実際、疲れたのは本当の話だ。
初めて来る街中を一日中歩き回って、魔物退治なんかもしちゃったからね。体力には自信はある方だけど、それでもさすがにきつい。
あー……このまま机に突っ伏して寝ちゃいたい。
でもダメよね。
公爵令嬢がそんなはしたない真似を……アシュトンに嫌われ……。
眠さのせいで意識が途切れ途切れになる。
「部屋は二階だぞ。そんな調子でまともに部屋にも戻れないに違いない。仕方ないな」
とアシュトンは私の前に立つ。
え、え? なにをするつもり?
疑問に思っている私の体を、アシュトンはひょいっとお嬢様抱っこで持ち上げたのだ。
「ア、アシュトン!?」
「このまま部屋まで連れて行ってやろう。それくらいはやらせろ」
殿方に抱っこされて、部屋まで連れて行かれる? 有り難いけど、果たしてそれだけで終わるかしら?
今日一日でアシュトンが優しい人だということが分かったけど、彼も良い歳した男性なのよ?
当然、それだけではなく……。
「そ、それはいけない……まだひゃやい……」
ああ、ダメだ。眠すぎて抗えない。
それにアシュトンにこうされていると、不思議と安心感に包まれるのよ。母親に抱っこされた赤子の気持ちというか。
もうこうなったらなるようになれよ。どちらにせよ、今の状態じゃアシュトンが手を出してきても抵抗出来ない。
そのまま私の意識は夢の中へ……。
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