16・祝福の声
ようやくご登場ね。
全然出てこないから、もしかしてもう出てこないんじゃ? って思ってしまったわ。
「どうした、ノーラ。嬉しそうな表情をしているではないか」
突如出現したサンドスパイダーから視線を逸らさず、アシュトンが私に問いかける。
「私が?」
「ああ。体を動かしたくて、うずうずしている顔をしている」
アシュトンには全てお見通しのようね。
サンドスパイダーがまるで品定めしているかのように、私たちに視線を這わせる。
少しでも私たちが不用意な動きをすれば、すぐに襲いかかってきそうだ。
こんなピリピリした空気は、子どもの頃にハードベアを倒した時以来。
でも。
「負ける気がしないわ」
私が声にすると、アシュトンは小さく笑った。
「その通りだ。逃げてもいいが、どうせならここでサンドスパイダーを仕留めておきたい」
アシュトンもサンドスパイダーに臆した様子はない。
しかし救助した男の子は違っていたみたいだ。
「う、うわあっ。モンスターだ! みんな、殺されちゃう!」
彼はアシュトンにしがみつき、ガタガタと震えている。
そんな彼の頭をアシュトンは優しく撫でる。
「大丈夫だ。なんせ俺たちは最強夫婦だからな」
「さいきょー……ふうふ……」
一体、アシュトンはなにを言い出すのかしら。まあ男の子を安心させるために言ったんだろうし、別にいいけど。
「お前も冒険者になるつもりなんだろう。だったら俺たちの戦いを、ちょっと退がって見ておけ。動き回るんじゃないぞ」
「う、うんっ!」
「いい子だ」
アシュトンの言葉で少し気も落ち着いたのか、男の子の震えも止まった。
「くるぞ!」
「はいっ」
そして戦闘開始。
サンドスパイダーが地中に潜っていく。
「逃さないっ!」
私は氷魔法を発動。
全身を氷漬けにするつもりで使ったけど、さすがにそこまでは無理だった。
だが、サンドスパイダーの動きが明らかに鈍くなり、完全に地面に潜る前にアシュトンが駆ける。
「はあああああ!」
剣を一閃し、切断したサンドスパイダーの足が宙を舞った。
グエエエエエエエエッッ!!
サンドスパイダーの悲痛な声。
なかなかグロテスクな光景ね。まあだからといって、こんなことで怯んだりしないのだけれど。
「その調子だ、ノーラ! 一気に勝負をつけるぞ!」
「任せて!」
そのあと、私はアシュトンと力を合わせてサンドスパイダーと戦いを繰り広げた。
二人で戦うって、こんなに楽だったの!?
それが私の感想だ。
今までこんな経験はなかった。
言葉を交わさずとも、アシュトンのやろうとしていることが分かる。
まるで……いや、まさしく心が通じ合っているような感覚だった。
サンドスパイダーはすぐに地下に潜って、そこから攻撃を仕掛けようとするのだけれど、私はそれを見逃さない。
すぐに氷魔法をかけてサンドスパイダーの動きを封じる。
そして鈍くなったサンドスパイダーにアシュトンが攻撃を浴びせていく。
その太刀筋はまるで舞いを演じるようで、戦いの最中なのに見惚れてしまうくらい。
やがて。
「やったわ!」
サンドスパイダーが地面に倒れ、動かなくなる。
それを見て、喜びのあまり私はアシュトンに抱きついてしまう。
「ご、ごめんなさい! 私ったら、こんなはしたない真似を……」
だけどちょっとやりすぎよね。私はすぐに体を離す。
「はしたない? くくく。Aランクの魔物に対して堂々とした立ち回りをしたのに、男にちょっと抱きついたくらいでそんなことを言うのか。ノーラ、お前はもっと男を知るべきだ」
アシュトンは不快な気持ちになってなさそう。
それどころか。
「俺が男を教えてやってもいいんだがな?」
なんて、とんでもないことを宣った。
そ、そんなことを言われたら、なんて返事をしたらいいか分からないわ! 男への耐性がないのは事実なんだしね。
「お姉ちゃん」
近くでなりゆきを見守っていた男の子が近付いてきて、私のスカートの裾を軽く引っ張る。
「男を教えてやるってどういう意味なの?」
「……っ! あなたにはまだ早いわ!」
私があたふたしながら男の子を嗜めている姿を、アシュトンが楽しそうに笑っていた。
◆ ◆
「アシュトン様たちが戻ったぞ!」
男の子を無事に助け出してギルドに戻ると、一斉に私たちの方へ視線が集まった。
みんなは私とアシュトン、そして男の子の姿を見た途端、ほっと安心。
そしてすぐに歓喜の声が上がる。
「うおおおおおお! オレたちのアシュトン様がまたやってくれたぞ!」
「さすがアシュトン様だ!」
「そっちの女の子も無傷!? Sランク冒険者というのは伊達じゃないな!」
アシュトンを称える声。
私に対する声も聞こえるけど……あくまでオマケ程度みたい。まあ無理もないけどね。
「坊や!」
子どもの母親が駆け寄ってきて、子どもを抱きしめる。感動の再会ね。
相当心配していたんでしょう。
自分の息子が今頃魔物に殺されていると思ったら……ぞっとする話だわ。
「怪我してない?」
「うん! あっちの人たちに助けてもらったよ!」
男の子が私たちを指差す。
アシュトンはどうしているかと思って、彼に視線を移してみたけど……表情一つ変えていない。腕を組んで、じっと二人を眺めているばかりである。
「アシュトン様! 本当にありがとうございますっ! このご恩は必ず返します。あんたもお礼を言って!」
「アシュトンさーん。ありがとー!」
親子に礼を言われても、アシュトンは「問題ない」と短く答えるのみであった。
あら、少し照れているのかしら?
その証拠にアシュトンは親子から露骨に目線を外していた。可愛いところもあるものね。
さて、なにはともあれこれで一件落着。
ようやくカスペルさんのいる屋敷に帰れる……と思った矢先であった。
男の子の放った言葉によって、ギルド内は違った意味で騒然となった。
「アシュトンさんとその女の人は、最強夫婦! とっても強かった! おっきい蜘蛛の魔物も倒してたよっ!」
……ふ、夫婦!?
いや……確かにサンドスパイダーと戦う前、アシュトンが言ったことだけど……。
でもあれは彼を安心させるための方便なんじゃ!?
それにそんなことを言ってしまったら……。
「ふ、夫婦!? もしかして二人は結婚していたのか?」
「アシュトン様にもようやく春が! 今まで頑なに女を作ってこなかったのに……」
「なんだ、アシュトンさんも隅に置けないな。そんな美人さんを捕まえるなんて……」
ほら、やっぱり!
今まで子どもを助けたことに歓声を上げていた方々が、こぞって私に顔を向けた。
そんな状況に置かれて、さすがの私もたじたじになるばかりである。
「ア、アシュトン……」
助けを求めて、アシュトンにすがる。
「うむ。確かにちゃんと説明しておくべきだな」
今まで静観していたアシュトンが、やっとのことでみんなに向かって一歩踏み出す。
そうそう。
私たちはまだ結婚していない。だから夫婦というのは間違いなのだ。アシュトンもそれを訂正するつもりで……。
「報告が遅れた。この女性は……俺の婚約者だ! 近いうちに式も挙げることになっている。またその時はあらためて報告させてもらおう」
……って、一体なにを言い出すの!?
より一層ギルド内のボルテージが上がる。
盛り上がりは最高潮。ギルドをひっくり返したような騒ぎになってしまった。
「ん? どうした。なにか不満か?」
「こ、こんなところでそれを言わなくてもいいじゃない!」
「なにを言っている。俺はなに一つ嘘を吐いていないぞ。なにがおかしい」
「それはそうだけど……」
「はっはっは! ようやくお前の慌てた顔を見ることが出来たな。今日のところは俺の勝ちだ」
「なんの!?」
あーあ……こりゃ収拾が付かなくなってきたわね。
……まあいっか。
別に隠すこともでもないしね。
なんにせよ、私がアシュトンの婚約者であることはいずれみんなに知れ渡る。それがちょっと早まっただけだ。
子どもを助けたこと、そしてアシュトンに婚約者が出来たこと。
その二つの意味でギルドは祝福の声で包まれるのであった。
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