15・救出
そして私たちは森に到着。
木々が生い茂った場所であり、一見するとただの長閑な森。だけど確かに禍々しい雰囲気を察知して、身が引き締まる思いになった。
「静かですね」
アシュトン様の背中を見ながら、私は彼にそう質問する。
「ああ。最近はな」
短く答えるアシュトン様。
「普段は違うんですか?」
「サンドスパイダーが現れる前は、こうでもなかった。だが、魔物も自分よりも強者がいれば臆病にもなる。サンドスパイダーは人間も喰うが、それは魔物も同様だ。大方、強者……サンドスパイダーに見つからないように息を潜めているんだろう」
なるほどね。
アシュトン様は辺りを見回しながら、森の奥に進んでいく。
でも子どもどころか人っ子一人、見当たりやしなかった。
「見つけられるかしら」
私がぼそっと不安を呟くと、
「心配するな。この森は俺の庭みたいなものだ。子どもの外見も完全に頭に入っているしな」
「そうなんですか?」
「無論だ。あの街の住人の容姿は全て覚えているよ」
す、全て!? アシュトン様はなんともなさそうに言うけど、それってかなりすごいことじゃ……。
唖然とするけど、相変わらずアシュトン様の表情は険しい。
「すごいです。よっぽど、あの街が気に入っているのですわね。じゃないと全住人の顔なんて、覚えられないでしょうから」
「まあな。それにしても……ノーラ」
アシュトン様の目が私の方を向く。
「ずっと思っていたが、その糞丁寧な言葉遣いはやめろ。むずむずして気持ちが悪い」
「え?」
思いも寄らないことを聞かれ、つい聞き返してしまう。
「そういうわけにもいきません。私は公爵家でアシュトン様は王族。身分の違いもありますから」
「これから夫妻になろうとする者同士だぞ? いつまでも敬語を使っていても、おかしいだろうが」
「それでもです」
「いや、俺が気に食わん。いい加減、いつも通りの話し方をしてもらいたいものだ。呼び方も『様』付けなんかする必要もない。そうだ──これは命令だ。俺に敬語を使うな」
「えー……」
否定したいが、アシュトン様の言葉は有無を言わせない空気があった。
どうしようかしら……そんなことを言われて、簡単に切り替えられるほど私も頭が柔らかくないんだけど。
迷っていると。
「……今からサンドスパイダーとの戦闘にもなる。その最中にも、そういう言葉遣いでいくつもりか? 戦いではそういうことをしている暇もないぞ。一瞬の判断が勝敗を分ける」
とアシュトン様が口にした。
まあ確かにアシュトン様の言うことにも一理あるわ。
それにこれ以上断っても、押し問答になりそう。
ならば……。
「分かりまし──分かったわ。あらためてよろしくね、アシュトン」
諦めて、私はそう口にした。
うん、やっぱりこっちの方が喋りやすいわね。
なんだか奥歯に挟まっていたものが取れたみたい。
私が言うと、アシュトン様──じゃなくてアシュトンはニヤリと口角を上げた。
「それでこそお前らしい」
「ありがとうって言っていいのかしら」
「褒め言葉は素直に受け取れ」
「分かりにくいのよ」
いつの間にか笑いが溢れていた。
こんな緊迫した状況で笑いだなんて……と思わないでもないけど、変に気を張ってミスを見逃してしまう方が大事だわ。
適度に肩の力を抜かないとね。
そう考えると、良い傾向のように思える。
「あっ!」
そしてしばらく森の中を探索していると……膝を抱えて地面でうずくまっている一人の男の子を見つけたのだ。
「もしかしてあの子ですか?」
「そうだ。間に合ったみたいだな」
アシュトンもほっと安堵の息を吐く。
「おい」
「ア、アシュトンさーーーーん!」
アシュトンが呼びかけると男の子も顔をこっちに向け、泣きながら彼に抱きついた。
「怪我はないか?」
「う、うん。魔物を見つけたら、なんとか逃げることが出来たから……」
そして逃げるうちに、こんな森の奥まで迷いこんでしまった……ということかしら。
「それはよかった。しかしどうして一人で森に来た。ここが危険なことは分かっていたよな?」
「ご、ごめんなさいっ! ボク……冒険者ごっこがしたくって……で、でもっ……」
男の子は顔を涙で濡らしながら謝る。
一方アシュトンは厳しい顔つきで男の子を見ていたが、やがて「ふっ」と息を吐き。
「まあいい。無事でよかった。今度このような真似をしたら、助けにこないからな」
「うん。ほんとにごめんなさい……」
まだ泣いている男の子の頭をアシュトンが撫でる。
もう助けにこない……とアシュトンは言ってるけど、彼なら何度でも助けにいくと思う。
まだアシュトンと出会ってそんなに経っていないけど、彼の人となりは今日ではっきりしたしね。
そういう性分の人なんだろうと思う。
「じゃあ帰るか。あまりのんびりしていては……」
とアシュトンが言葉を発しようとした時であった。
アシュトンの雰囲気がガラリと変わって、より一層張り詰めた気がした。
「アシュトン……?」
「遅かったか」
アシュトンが腰に差している剣に手をやる。
ググググッ……。
不気味な音が私の足元から聞こえる。
そこで私もようやく気付く。
「ノーラ!」
アシュトンが名前を呼び剣を抜きながら、私に手を伸ばした。
そして不気味な音が一気に大きくなったかと思えば、足元から一本の触覚が飛び出してきたのだ。
「あら。不躾な蜘蛛さんね」
私もアシュトンと同様に剣を抜いて、その場から跳躍。
すると今さっき私がいた地面から、触覚の全貌が姿を表す。
大きさは私を丸呑み出来るくらいのサイズ。何十本の足を持ち、土に溶け込むような茶色の体躯をしていた。
アシュトンの近くに着地し、私はこう声を上げる。
「サンドスパイダー──とうとう姿を現したか」
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