13・慈悲深いお方
「嬉しそうだな、ノーラ」
「もちろんです!」
私は買ってもらったばかりの剣を腰に差して、ルンルン気分で街中を歩いていた。
こんな立派な剣を買ってもらうなんて、初めての経験かもしれない。
憧れてはいたんだけど、実家にいる頃は買えなかったからね。
こうして剣を持っているだけでも、自分が強くなったみたいに感じた。
「本当にありがとうございました! このご恩は忘れません!」
「くくく。俺もまさか剣を買ってやっただけで、それだけ喜ぶとは思っていなかったぞ。今度から自分のやりたいことは、ちゃんと言葉で伝えてくれ」
そんな私の様子に、アシュトン様も愉快そう。
「よし……では今日のところはそろそろ帰るか? 歩き疲れただろう」
確かに朝早くから買い物に出かけたとあって、屋敷を出てからもう六時間くらいは経っている。
あんまり遅く帰ると執事のカスペルさんも心配しそうだし、アシュトン様の言う通りにしてもいいんだけど……。
「アシュトン様。私、もう一つだけ我がままを言ってもいいですか?」
「なんだ?」
「私、冒険者ギルドに行ってみたいですわ」
私が声を上げると、彼は「ほお」と興味深げに顎を撫でた。
「ギルドか……そんなところに興味があるのか?」
「はい。私、冒険者に憧れていた頃もありましたの。学院を卒業したら、実家に黙って冒険者になろうとしましたわ」
「つくづく変な女だな」
「あら。もう今更では?」
「違いない」
とアシュトン様が笑う。
……もっとも、その夢はレオナルトと婚約することで諦めたけど、どうせならギルドに一度は行ってみたい。
ちなみに冒険者ギルドというのは、冒険者の仕事を斡旋する場所だ。
ここで冒険者たちは依頼を受け、仕事をこなすのだという。
「よし、分かった。今日は仕事を休みにしようと思っていたが、ノーラがそう言うならいいだろう」
私のお願いを、アシュトン様が快諾する。
「ありがとうございます」
「問題ない。それよりもノーラ。自分の意見をちゃんと言ってくれて、俺も嬉しいぞ」
アシュトン様は優しげな笑みを浮かべる。
それがとてもカッコよくて、胸の鼓動が高まるのが分かった。
「じゃあ行くか」
「お願いします」
◆ ◆
そして冒険者ギルドに到着。
「わあ〜。とっても楽しそうな場所ですわね」
ギルド内を眺めながら、私はそう声にする。
「ギルドを楽しそうだと表現する令嬢は、世界広しといえどもお前くらいだろうな。普通なら近付こうとすらしないというのに」
「そうなんですか?」
「ああ」
ギルドは男臭い場所で、人でごった返していた。
酒場も併設されているようで、酔っぱらった冒険者の姿も見受けられる。
少ないけど、女性の姿も見えるんだけどね。
でもそれは少数で、どちらかというとマッチョな男性の姿の方が多い。
これじゃあ育ちのいい令嬢が近寄らないのも頷けるわ。
それにしても……。
「なんだか騒がしいですわね。いつもこんな感じなんですか?」
「まあそうだな。ただ……」
アシュトン様が不審げに目を細める。
「今日はちょっと様子がおかしい。ノーラ、ちょっと付いてきてくれるか?」
「はい」
彼は人混みをかき分けて、ギルドの奥へと進んでいく。私もそのあとを追いかけた。
そして……辿り着いたのは、ギルドの受付。
そこで冒険者たちが集まって、受付嬢の話を真剣な表情で聞いていた。
「誰か! この依頼を受けてくれる人はいませんか!?」
そう呼びかける受付嬢の声は切羽詰まっていた。
だけどここにいるみんなは悩んでいる素振りは見せるものの、手を挙げる様子はない。
どうやらタダごとじゃないみたいね……。
「どうした?」
その雰囲気をアシュトン様も感じ取ったのか、受付嬢にそう問いかける。
彼がそう声を発した瞬間、周りの視線が一斉に私たちに集まる。
「ア、アシュトンさんっ!」
受付嬢もアシュトン様に気付き、名前を呼ぶ。
「じ、実は……」
「わ、私の息子が! 森に行ったまま、帰ってこないんです!」
彼女が喋り出そうとした矢先、その近くにいた女性が悲壮な声を出す。
そのまま彼女はアシュトン様の服を掴み、必死にこう訴えかける。
「お願いします、アシュトン様。どうか、私の息子をお助けください……!」
「ちょっと待て。事情が飲み込めん。もう少し詳しく説明してくれるか?」
アシュトン様がそう疑問を投げかけると、気が動転してまともに喋れないその女性代わって、受付嬢が説明してくれた。
なんでも……その女性が言う森には、魔物が多く蔓延っているらしい。そのため冒険者がいなければ立ち入りを禁止されている。
まして子どもなんて、もってのほかだ。
しかし一人の男の子が母親に止められているのも聞かず、森に出かけたらしい。
お昼頃に子どもの母親が「森に行ってくる」という書き置きを見つけ、急いで森に行こうとした。
とはいえ、その母親も武芸の嗜みがあるというわけではなく、ただ森に行ったとしても親子共々殺されてしまうだけだろう。
そういうわけでギルドに助けを求めにきたということだった。
「どうして危険だと分かっているのに、そいつは森に?」
「息子は冒険者に憧れているんです! 大人になったら冒険者になるつもりだと常々語っていましたが……まさかこんなことになるなんて……」
その女性……男の子の母親がそう付け足した。
「……確か今、あそこの森といったら、先日にサンドスパイダーが確認されていたな」
「その通りです」
アシュトン様が受付嬢に問いかけると、彼女は首肯した。
「ちっ……だから他の冒険者共がそいつの捜索を、足踏みしているということか。まあ『死体探しが死体になる』といった諺もあるくらいだし、無闇に突っ込むよりかはマシだが……」
舌打ちするアシュトン様。
確か……サンドスパイダーといったらAランクに位置する強力な魔物だったわね。
生半可な冒険者では太刀打ちが出来ないでしょう。
しかもその魔物、厄介なことに普段は砂の中に潜んでいて、見つけることも至難の技らしい。
そんな魔物が見つかった森に、無力な男の子が出かけるのは無謀でしかない。
とまあ……実家にあった魔物図鑑にそう載っていたと思う。
実家にいる頃は暇だったし、よく読書をしていたのよね。
お父様からは「もっと女の子らしい本を読んでくれ」と呆れられていたんだけど。
「お、お願いです。アシュトン様! どうか私の息子をお助けください……あなたしか助けに行けません」
「…………」
女性の言葉に黙って耳を傾けるアシュトン様。
「報酬金はすぐには用意出来ませんが、一生働いて払います。だから息子を……」
「分かった」
「え?」
アシュトン様があまりにも即答したものだから、つい驚きの声が漏れてしまう。
そんな私を意に介さず、彼は続ける。
「どうせ俺しか無理なんだ。今日は休暇にするつもりだったが、そのバカ息子を助けに行こう」
その言葉に女性の顔がパッと明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。だが……一つだけ条件を付けさせてもらう。報酬金の話だが……」
アシュトン様の次の言葉を、彼女は固唾を飲んで待っていた。
もしかして莫大な報酬を要求するつもりかしら?
でも仕方がない。Aランクの魔物がいる森に行くということは、それだけ危険を伴うことだ。
だからこそ、ここにいる他の冒険者は救出に名乗りあげなかったのだろう。
しかし彼はニヤリと不敵に笑って、
「そのバカ息子の出世払いとしよう。将来は冒険者になるんだろう? 冒険者というのは実力があれば稼げる仕事だ。そいつの将来に俺は期待しよう」
彼女にそう言ってのけたのだ。
その言葉に「ありがとうございますううううう!」と彼女は床に頭を擦り付けんばかりに礼を言った。
「へえ……」
そんなやり取りに、私の口から思わずそんな声が出てしまった。
やっぱり冷酷無比っていう噂は嘘じゃないかしら。
それに彼の付けた条件は「絶対に助ける!」という強い意志が含まれているように聞こえた。
本当に冷酷なお方だったら、勝手に森に出かけた子どものことなんて切り捨てるに違いない。
もしくは普通なら払えないくらいの、法外な報酬を要求するとかね。
どっちもしないアシュトン様は、冷酷無比どころが慈悲深い方のように思えた。
「というわけでノーラ。悪いが……ここで一旦お別れだ」
アシュトン様はそこで私の方を振り返った。
「屋敷からカスペルを迎えに寄越そう。この埋め合わせはいつかきっとするから、今日のところは……」
「帰る? なにを言っているんですか、アシュトン様は」
「はあ?」
こんな場面に立ち会ってしまって、おとなしく帰るなんて出来ないわ。
私は一歩踏み出して、彼にこう告げる。
「お願いします。私もその森に連れて行ってください」
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!




