12・私の婚約者は優しい
そのあと。
アシュトン様には街中の色々なところへ連れて行ってもらった。
宝石店にお洒落なカフェ……街の観光スポット。
どこも素敵な場所で、アシュトン様とこうして歩いているだけでも楽しい。
けれども……。
「どうした、ノーラ。あまり浮かない顔をしているが……もしや楽しくないのか?」
アシュトン様が一瞬、不安げな表情を作った。
「い、いえ。そんなことはありませんわ」
すぐさま否定する。
最初は居心地の悪い思いをするのだと思った。
だけどアシュトン様は街の人々に慕われていた。少なくても嫌な気持ちになることもない。
さらにアシュトン様も私を気遣ってくれる素振りを何度も見せてくれた。
こうやって街中を歩いていると、まるで恋人とデートをしているみたいで心躍る。
いや、これでも彼とは婚約者なんだけど……いまいち慣れないのよね。
「それじゃあ、どうした。楽しくないなら楽しくないと言えばいい。お前らしくない」
怪訝そうな顔のアシュトン様。
別に楽しくない素振りを見せたつもりはない。
しかし彼は私のちょっとした仕草を機敏に感じ取り、こういったことを聞いてくれているんだろう。
アシュトン様って優しいのよね。
そういうのは気にしないタイプだと思っていたのに……。
ますますアシュトン様の見る目が変わった。
「楽しいことには違いないですわ。そう、不安がらないでください」
「そうか」
私が口にすると、アシュトン様はそっけなく前を向いた。
この様子だと、納得していないみたいね……。
彼が優しいことは分かる。だからこそ言いにくい。
どうやってアシュトン様を傷つけず、このことを伝えようか……そう逡巡していたが。
「あら」
とある建物の前で、私は自然と足を止めていた。
「ん、そこは……もしや、こういう店に来たかったのか?」
「い、いえいえ! そんなはずがありません! だって、私はお淑やかな公爵令嬢なんですから。ほほほ……」
誤魔化そうとするが、どうしてもそのお店から視線を外せない。
何故ならショーウィンドウに飾ってあるその商品があまりに素敵だったからだ。
でも……いけない。
ただでさえ昨日はアシュトン様に決闘を挑み、あんなはしたない真似をしているんだからね。
それなのに、これ以上公爵令嬢らしくない姿を見せれば、さすがに幻滅させてしまうかもしれないわ。
だけど彼は私の様子に「ふっ」と笑い、
「なにを遠慮している。さっさと入るぞ」
と私の腕を強引に引っ張って、店内に入ろうとした。
え……? 本当にいいの!?
この時の私、さぞ目が輝いていただろう。
私はアシュトン様の力に逆らわず、そのまま彼と一緒にお店の中に入るのであった。
◆ ◆
「素敵!」
店内に入り商品を眺めながら、私はそう声を上げてしまった。
「くくく。そうだな。それでこそお前らしい。まさか服や宝石よりも、武具に興味があったとは」
私のそんな声に、アシュトン様は愉快そうに笑っていた。
そう……私たちは現在、街の武具屋の中にいるのだ!
店内には所狭しと剣や盾が置かれている。
それらがどんな高級な宝石よりも、私の目には輝いて見えた。
「いや……よくよく考えれば、ノーラだからな。こういうことも予想出来た。お前の破天荒さを少々下に見ていた俺の失態だな」
「そんなことを言わないください。なんだか私が『変人』だと言われているように聞こえるので」
「お前が変人じゃなくて誰が変人なんだ」
からかうようにアシュトン様が言う。
変人王子とも名高いアシュトン様にそんなことを言われるとは……いや、私も変だと自覚はしているけどね。
「それにしても、どうして今まで我慢していたのだ? 武具屋に来たかったら、さっさと言えばよかったのに」
「だって……」
そんなの決まっている。
幻滅されると思ったからだ。
第一王子レオナルトと婚約している頃は、お淑やかな公爵令嬢という姿を常に求められてきた。
それなのに剣や盾が好きなんですと言ったら、どうなる?
あのレオナルトのことだ。絶対に怒っていたでしょうね。
ということをアシュトン様に伝えると、
「そうだったのか。まあヤツのことだから頷けるか。あいつは清楚な女性がタイプみたいだったからな。武具屋に行きたいと言えば、婚約破棄が早まっていたかもしれない」
と納得していた。
どちらにせよ婚約破棄されることにはなったんだし、今思えばバカバカしいことをやっていたわね、私。
「あっ、これ……」
そんな感じで店内を物色していると、目立ったところに置かれている剣に目が付いた。
白銀の刀身が眩しい。切れ味も鋭そうね。
なにより……。
「なんだ、ノーラ。それが欲しいのか?」
「え、ええ。だってカッコいいですから」
「そうか。それは……俺が今持っている剣と同じものだな」
アシュトン様の言ったことに驚き、私はつい彼が腰に携帯している剣を見てしまった。
鞘も持ち手も真っ黒な剣。
それが漆黒の髪色であるアシュトン様によく似合って、とてもカッコよかった。
「アシュトン様とお揃いってことですか? だったら私……これが欲しいです!」
テンションが上がってしまい、剣を指差す。
値段は……うっ、結構お高いわね。まあそりゃそっか。冒険者のアシュトン様が持つ剣と同じものなんだし。彼が生半可な剣を持っているわけがないんでしょ。
でもアシュトン様に買ってもらった服や宝石を売れば、お金は足りるかしら?
でも、でも! 買ってもらったものを、いきなり売りさばくなんてダメじゃない!?
一応実家からお金は持ってきてはいるけど、それはいざという時のために置いておきたいし……やっぱり我慢するしかないのか……。
落胆する私。
その雰囲気がきっとアシュトン様に伝わってしまったんだろう。
「そうか。ならそれも買おう」
アシュトン様が手を伸ばし、その剣を購入しようとした。
しかし。
「い、いけません! 今日、アシュトン様になんでも買ってもらってばっかりですから……さすがに悪いです」
私が彼の腕を取り、それを制す。
服や化粧品、宝石はアシュトン様の婚約者として必要経費だというのは分かる。
私の姿が見すぼらしかったら、アシュトン様だって恥をかくだろうからね。
でも……この場合は違う。
公爵令嬢が高価な剣など持つ必要がないのだ。
それなのに買ってもらうだなんて……!
「なんだ、まだそんなことを言うのか」
きょとんとした表情になるアシュトン様。
「最初に言っただろう。お前の好きなものを買ってやると」
「で、ですが……だって剣ですよ? 公爵令嬢にいりませんよ、こんなもの。だから……」
「ははは! 今更なにを言っている! 決闘で俺を負かした女のくせに」
アシュトン様は私の腕を強引に振り払い、売り物の剣を手に取った。
「お前は今まで、兄の婚約者として色々と我慢してきたんだろう。しかし俺は女にそういう真似をさせるつもりはない。俺はお前に幸せになって欲しいのだ」
そして彼は私の瞳をじっと見て、こう続ける。
「それが夫である俺の役目だからな」
「……っ!」
アシュトン様の真っ直ぐな言葉に、私は思わず息を呑んでしまった。
夫って……! まだ婚約関係なのよ? それなのに、幸せになって欲しいって言ってくれるだなんて……!
アシュトン様の優しさがただただ嬉しかった。
冷酷無比の王子だなんて嘘みたい。
今日だけで何度も思うが、誰がそんなことを言い出したんだろう。
街の人々には慕われていて、私をこんなに気遣ってくれる。
彼の酷い噂を流布した人々に、私は怒りを覚えた。
「わ、分かりました。ではお言葉に甘えて……でも! この借りはいつか返しますからね! 私、受けた恩は必ず返すたちなのです」
「ふっ。だったら期待しておくか」
とアシュトン様は私に背を向け、店員に剣の購入を伝えるのであった。
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