11・嘘(エリーザ視点)
【SIDE エリーザ】
昨日。
婚約者の第一王子、レオナルトの豹変っぷりを見てから、エリーザの中で小さな不安が生まれた。
なにかがおかしい──。
今まで彼女はレオナルトのことを盲目的に好いてきた。
見た目は完璧。
女のエリーザから見ても、レオナルトの外見は思わず惚れ惚れしてしまうほどだ。
それだけではない。
レオナルトはノーラという婚約者がいながらもエリーザと浮気していた頃、彼女にこう囁いた。
『僕は勉強も運動も、兄弟の中で一番なんだ。そんな優秀な僕に、国王陛下は今すぐにでも王位を継がせたいと思っている。僕が陛下の椅子に座るのも時間の問題。そうなれば、君は晴れて王妃だ』
……と。
この時点でレオナルトの中で、ノーラとの婚約を破棄することは既に決定事項だったのだ。
その状況にエリーザはほくそ笑んだものだ。
しかし……今。
エリーザはレオナルトに疑念を抱き始めている。
(学業も優秀……と聞いていたけど、どうやらそうでもないみたいですわ。学院時代の成績表をこっそり見たけれど、優秀どころか平凡──いえ、劣等生そのものでした。それも卒業出来るのかも怪しいレベルで……)
レオナルトが第一王子という立場でなければ、留年していたことは確実だろう。それほどの成績だった。
疑念は勉学だけではない。
今朝。
レオナルトが剣術の稽古に勤しんでいるところを、エリーザは彼に黙ってこっそり見学していた。
その際、エリーザは衝撃を覚えたものだ。
レオナルトの剣を振るう姿はちぐはぐで、見ていて危なっかしい。時々足が絡まり転倒して、痛そうにしていた姿を思い出す。
エリーザは剣の初心者であるが、それでも分かる。
レオナルトの剣術はお粗末だったと。
(まるで子どものお遊びみたいだった。彼は常々『僕は一人でドラゴンと渡り合うことも出来るんだ。僕の剣の腕に騎士団長も舌を巻くくらいだよ』と言っていたけど……全然そんな風には見えなかった)
あれではあのノーラにすら敵わないのではないか?
エリーザはそう思った。
しかも稽古中にも関わらず、レオナルトは無駄に何度も休憩を取っていた。しまいにはまだ稽古時間が残っているというのに、かなり早めに切り上げた。
その様子に指南役の先生も溜め息を吐いていたほどだ。
(もしかして……レオナルトの言っていることって、全部嘘でしたの?)
今までなら決してそんなことは思わなかった。
おそらく、成績表や稽古風景を見たとしても「なにかの間違い」と決めつけ目を背けていただろう。
だが、彼女の中に巣食う不安がそうはさせなかった。
レオナルトのやることなすこと、全てに対して疑いの目で見てしまうのだ。
(そういえば、レオナルト殿下は稽古風景とか、わたくしに見せようとしてこなかったですわね……自分の言っていることが嘘だというのがバレたくなかったから?)
邪念が浮かんでくるが、エリーザはすぐに振り払う。
そんなわけはない。
そう……これはなにかの間違い。
今朝はたまたま調子が悪かっただけだ。
成績表に関しては……あれも、もしかしたらレオナルト自身のものじゃないかもしれない。赤の他人の成績表が混じっていただけなのかもしれない。それをたまたま手に取り、勘違いしてしまった。
エリーザは無理矢理、そう納得することにした。
そうしないと不安で押し潰されてしまいそうだったからだ。
それに……。
(レオナルト殿下が第一王子であることには変わりない。この地位があれば、きっとわたくしの将来も輝かしいものになるはずですわ)
とエリーザはほくそ笑んだ。
そう、自分の判断は間違いではない。なにも不安がることはない。
あのバカなノーラとは違うのだ。
彼女は今頃、辺境のジョレットに行きアシュトンに会っているのだという。きっと門前払いをされて、泣きながら王都に帰ってくるのもすぐだろう。
惨めなノーラの姿を想像すると、頭にかかっていたモヤモヤが不思議と消えていった。
(なにも心配することはないですわ。わたくしは今まで通りにやればいいだ、け……──?)
そんなことを考えながらエリーザが城内の廊下を歩いていると。
二人の騎士が立ち話をしている光景を見かけた。
(あれは……確か近衛騎士の方だったかしら?)
普通ならなにも気にせず、通り過ぎていたところだ。
しかしこの時のエリーザはなにか嫌な予感がし、物陰に隠れて二人の会話の盗み聞きを始めた。
聞こえてくるのはこんな内容。
「おい、知ってるか? レオナルト殿下の婚約者の話」
「ああ、もちろんだ。殿下もバカだよな。ノーラ公爵令嬢に一方的に婚約破棄を告げたんだろう?」
「陛下も公爵家もご立腹のようだ」
「婚約破棄するにも順序というものがあるからな。根回しもせずに、婚約破棄なんて大それたことをしたら陛下も公爵家も怒っても仕方がない」
話を聞いて、エリーザはすぐに頭に血が昇った。
(なんて不敬な! あなたたちなんて、わたくしとレオナルトがその気になれば、すぐにでも打首にすることが出来るのですからっ!)
だが、二人の前に出て行きたくなる衝動を、エリーザは寸前のところでぐっと堪えた。
二人の騎士の会話は止まらない。
「確かレオナルト殿下の元婚約者って、すっげえキレイな女性だったよな?」
「その通り。ノーラ公爵令嬢のことだが、ビックリしちまったよ。あんなキレイな女性が、この世にいただなんて」
「それなのにレオナルト殿下と婚約させられるなんて、可哀想だと思ったが……」
「俺もそうだ。まあ婚約破棄になってよかったんじゃねえか? 彼女はレオナルト殿下の婚約者はふさわしくない」
「違いねえ。レオナルト殿下の悪い噂はなんとか隠しているようだが、それも限界のようだ。直に市民にも知れ渡るぞ」
「今回のことでそれも決定的だろうな。しかも婚約破棄した瞬間に、違う女と婚約しようとしているというじゃねえか。名前は……」
まだギリギリ我慢出来た。
しかし話の節々に気になることがある。
このまま放置しても問題ないと思うが……彼女の第六感が「いけない!」と告げている。
エリーザは意を決して彼らの前に姿を現し、こう口にした。
「あら。楽しそうなお喋りですわね。わたくしにも聞かせてくれるかしら?」
二人はエリーザの顔を見て一瞬ギョッとした顔になったが、すぐに平然を装った。
「エ、エリーザ様? どうかされましたか?」
さすがに伯爵令嬢で、レオナルトの婚約者であるエリーザに対して、彼らは先ほどのような乱暴な言動を取らない。
「ただの散歩ですわよ。そんなことよりも……ねえ、聞かせてくれるかしら? ノーラ公爵令嬢がレオナルトの婚約者にふさわしくなかった……って言ってたみたいですけど」
エリーザが問うと、二人は見る見るうちに狼狽し出した。
(ふんっ。無用心にこんなところで雑談なんかする方が悪いんですわ)
エリーザはニッコリと笑みを浮かべながら、ゆっくりと二人に近付く。
その物言わせぬ威圧感によって、二人の騎士はジリジリと後ずさることになってしまった。
「そ、それは……」
「ねえ、早く喋りなさいよ。それともなに? わたくしに隠し事ということですか? この王太子妃のわたくしに」
やがて目と鼻の先まで、彼らと距離を詰める。
オドオドしている一人の一方、もう片方の騎士が……。
「ええい! なに怖がってんだ! どうせこいつの婚約者はレオナルトだ。なにを言っても、問題ないだろうが!」
と開き直って怒声を上げた。
「どういうおつもりですか? あなた、わたくしになんて口を利いていると……? わたくしは、あの王位に一番近いとされるレオナルト殿下の婚約者なんですわよ?」
「はっ!? 王位に一番近いだって? 笑わせてくれるな」
エリーザの言ったことに、彼は嘲笑を浴びせる。
「いいか、よく聞け。あんたは第一王子の婚約者になれたことに舞い上がっているみたいだが、あの王子は……」
そうして彼はエリーザに真実を語り出した。
「……なんてこと」
二人の騎士が逃げるようにしてエリーザの前から去っていった後。
彼女は呆然とその場に立ちすくんでいた。
「あの二人が嘘を言っている……? いえ、そんな風には見えませんでしたわ」
もし今の彼らの話が全て本当だとするなら……。
「いけません。すぐに調べなければ!」
エリーザはスカートの裾を軽く持ち上げて、すぐに走り出した。
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