10・アシュトン様に絶賛されました
「アシュトン様! お久しぶりです!」
店内に入ると。
一人の女性店員が私たちを見つけるなり、満面の笑みで走り寄ってきた。
彼女は私に視線を移して、首をかしげる。
「あれ? そのキレイなお方は……?」
「ああ。こいつは俺の婚約者だ」
とアシュトン様がさりげなく私の頭に手を置く。
『こいつ』……ってなんだか私、物扱いね。
でもこうやって女性に自然と触れられる方って、なんだか女慣れしているイメージがある。
まあアシュトン様はカッコいいし、たとえそうだったとしても全然不思議じゃないけどね。
「こ、婚約者! ご婚約おめでとごうざいます! とうとうアシュトン様にも待望の婚約者ですね!」
「待望がどうかは分からないが、少なくとも良い女を手に入れたと思っている」
私の顔を見て、アシュトン様がニヤリとする。
つくづく物扱いね。
文句の一つも言ってやりたいけど、喉元でそれを我慢した。
「このことが知れ渡れば、街中の女性方々が溜め息を吐きますよ。みなさん、アシュトン様を狙っていましたから」
「かっはっは」
彼女の言葉に、アシュトン様は笑って応えた。
「それで……どのようなご用で?」
「うむ。こいつに似合う服を見繕って欲しい。あとはそれに合わせて化粧もだな。頼めるか?」
「もちろんです! 失礼ですが、お名前は……」
「ノーラです」
短く名乗る。
すると彼女は腕まくりをして、
「ノーラ様ですか! わたくしにお任せくださいね! きっとあなたをもっとキレイにして差し上げますから!」
と気合十分に言った。
「ではアシュトン様。少しお待ちを」
「ああ」
彼女はアシュトン様にそう言い残し、私の腕を引っ張って別室に連れて行った。
「ノーラ様はどのような服が好みですか?」
「そうですね……動きやすい服装でしょうか」
キレイな服も好きだけど、やっぱり機能性が大事よね!
アシュトン様との婚約は、色々と大変そうだからね。すぐに動けるようにしないと!
という意味で答えたのだが……。
「なるほど、分かりました。わたくしにお任せあれ。これでもこの道二十年のプロですから、ご安心くださいね!」
彼女の目が妖しく光った気がした。
なんだか嫌な予感がする……。
とはいえ、ここで踵を返して逃げるわけにもいかない。
私はそのあと、言われるがままに彼女の着せ替え人形となり、目が回るような経験をするのであった。
「お待たせしました!」
そして二時間くらいが経過した頃だろうか。
私は女性店員に背中を押され、アシュトン様の前でいざお披露目となった。
「おお、やっとか」
椅子に座っていたアシュトン様はパタンと本を閉じ、顔を上げる。
どうやら本を読んで、時間を潰していたみたいね。
「一体どんな──」
その瞬間、アシュトン様の息を呑む音が聞こえた。
「ど、どうでしょうか、アシュトン様? 変ではないでしょうか」
恐る恐る問いかける。
しかしすぐに答えが返ってこない。
まるでアシュトン様の体が氷魔法をかけられて、固まってしまったみたい。このような現象を私たちの国では『フリーズする』なんて評していたりする。
だけどアシュトン様は「はっ!」と我に返り、
「素晴らしい! 服と化粧を変えただけで、こんなに美しくなるとはな!」
と私の姿を絶賛してくれたのだ。
「あ、ありがとうございます」
「ノーラ。もっと近くに来てもらえるか?」
「はい」
私がアシュトン様の目の前まで歩み寄ると、彼が両肩をがっと掴んだ。
「……元々キレイな女だと思ったが、今のお前はまるでお姫様のようだ。このまま夜会にでも出れば、男からの視線を独り占め出来るだろう。ここまで美しい女は初めて見たぞ」
「ア、アシュトン様。嬉しいですけど、褒めすぎだと思いますが?」
「なにを言っている。俺は不用意に女を褒めたりしない。ただ事実を言っているだけだ」
アシュトン様はきょとん顔になる。
そんなアシュトン様の表情が可愛らしく思えて、私はまともに彼の瞳を見られない。
「そうですよ! アシュトン様は滅多に他人を褒めないことで有名なんですから! もっとノーラ様は自分を誇るべきです!」
女性店員もそうフォローしてくれる。
──滅多に他人を褒めない?
その割には(最初はともかく)、アシュトン様は私のことを褒めてくれることが多いような気がするけど……。
私はアシュトン様から視線を逸らし、近くの窓を見る。
……こう言うのもなんだけど、今の私ってかなりイケてるのよね。
キレイな刺繍が施されたドレス。まるでパーティーに出席するような服なんだけど、不思議と動きやすいのよね。
それに私は派手な顔立ちをしているんだけど……化粧をされることによって、いつもより数段顔が輝いているように思う。
……うん。
こりゃあアシュトン様が絶賛するのも無理ないわ。
思わず、そう自画自賛してしまうほどだもの。
「なのでドレスは華やかながらも、そのままでも生活しやすいものをチョイスいたしました。そして化粧もナチュラルに仕上げてみました。素材が良かったので、私も見繕っていて楽しかったです! ……いかがでしょうか?」
「素晴らしいと思いますわ。ありがとうございます」
私がお礼を言うと、「よかった!」と彼女は手を叩いた。
「彼女は昔、宮廷で働いていたんだ」
アシュトン様が説明する。
ああ……通りで。
いくらなんでも腕が良すぎると思っていたのよね。
宮廷で働いていたとなったら、お相手は王族ということになる。
あそこは誰よりも美に気を遣っている方も多いんだし、そういう中で揉まれてきたならこの腕も納得だ。
でも……。
「どうして宮廷勤めをしていた方がこんなところで? 失礼な言い方になるかもしれませんが、こんな辺境じゃなくても働くことが出来たのでは?」
「それは……」
伏し目がちになって、言いにくそうにする女性店員。
「あ、すみません。少し気になったものですから、聞いただけです。無理して言う必要はありませんわ」
慌てて謝罪する。
いけない、いけない。
彼女とは今日ここで初めて会ったんだしね。あんまり他人の事情に踏み込みすぎるのも良くないでしょ。
「どうだ、ノーラ。お前自身は気にいったのか?」
「はい。もちろんです」
ちなみに……ドレスや化粧品は今身に着けているものだけではなく、他にも数着選んでもらっている。
「よし、それは良いことだ。全部買ってやる。持ってこい」
「ほ、本当にいいんですか? 結構なお値段になりますけど……」
「いい。それに女の美容というものは必要経費だ。値段なんて気にする方が無粋だ」
「ですが……」
「お前は俺の婚約者なんだぞ? これくらい、当然のことだ」
アシュトン様は頑なに譲らない。
これ以上断りすぎるのも逆に失礼だろうし、彼のお言葉に甘えることにした。
またこの恩は近いうちに返そう……。
心の内で、私はそう決意するのであった。
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