1・婚約破棄をされました
「ノーラ! 君との婚約は白紙にさせてもらう!」
満月の夜。
婚約者のレオナルト殿下に部屋に呼び出されたかと思ったら、私は婚約破棄を言い渡されていた。
「はい、分かりました。どうぞお幸せに」
私はニッコリと笑みを浮かべながら、レオナルトにそう告げた。
すると。
「ん? どうしてそんなに嬉しそうなんだ? 僕との婚約がなくなるということは、王太子妃という君の立場もなくなるということだぞ。悲しくはないのか?」
彼は不快そうに顔を歪めた。
「悲しく……ない……?」
いけない、いけない。嬉しすぎて、ついそのことが頭から零れ落ちてしまっていたわ。
私は表情を作り直して、
「ああ! 悲しいですわ。あなたがいなければ、私はどうすればいいの。あなたに尽くしたのに、どうして捨てられなければいけないのかしら」
と感情を押し殺して言った。
我ながら、大した棒読みだったと思う。
そのような私の振る舞いに、ますますレオナルトの機嫌が悪くなっていくのが分かった。
しかし彼は諦めたように息を吐き。
「……まあいい。お前がどう言おうと、この婚約破棄はもう決まったことだ。僕は『真実の愛』を見つけたんだからな」
「はあ?」
またバカなことを言い出したわね。
真実の愛……って冗談かしら?
でも彼の表情を見るに、とても冗談とは思えない。真剣な顔つきだったからだ。
「レオナルト殿下。その真実の愛……とは?」
「ふふん。どうやら、さすがのお前も気になるみたいだな」
私の問いにレオナルトは気分が良くなったんだろう。そう上機嫌に鼻を鳴らした。
私——ノーラはエナンセア公爵家の令嬢だ。
エナンセア公爵家は代々続く由緒正しき貴族で、この度私はこの国の第一王子であるレオナルト殿下と婚約させられることになった。
正直、一度もお会いしたことのない方と婚約だなんて……って思わないでもないが、それについては特に不満はない。
貴族の結婚なんてそんなものだ。政治的な意味がどうしてもつきまとう。
だけど計算違いだったのは、私が思っていたよりもレオナルトがおバカさんだったことだけど……私は今まで必死に我慢してきた。
私自身の感情で、婚約を白紙にするなんて無理だからね。実家にも迷惑がかかるし……それはレオナルトも分かっていたはずだ。
それなのに、目の前のレオナルトが「真実の愛」だなんて言い出したら、さすがに彼の頭の具合が心配になっても仕方がないでしょ?
「僕はブノワーズ伯爵家のエリーザ令嬢と婚約することにした」
エリーザ伯爵令嬢……。
ああ。あの腹黒女ね。
エリーザとは同じ女学院に通っていた同級生というヤツである。
彼女はその頃から、私に対して敵対心を抱いていた。
だけど勉強も運動も……私はなに一つエリーザには負けなかった。
そのことがさらにエリーザの怒りを増長させる原因になったみたいだけどね。
でも私はエリーザなんて眼中になかったし、正直どうでもよかった。
そんな子なんだけど……へえ、まさかレオナルトが彼女と婚約するだなんてね。
なにかと人のものを欲しがる子だったけど、とうとう私の婚約者にまで魔の手が伸びたか。
それに引っかかるレオナルトの頭もお花畑だけど。
「はあ……」
なんと返していいか分からず、そんな返事しか口から出てこない。
「彼女は素晴らしい。未来の国王として日夜鍛錬を続けている僕に対して、彼女は優しく語りかけてくれたんだ」
「一体どこで?」
「半年前くらいにあったパーティーでだよ」
半年前といったら、私は既にレオナルトと婚約を済ませていた。
そのことはエリーザも知っているはずなのに、パーティーで他人の男に接近するのね。呆れるわ。
彼女らしいと言えば彼女らしいけど。
それ以上、私はなにも喋らなかったのに、レオナルトは気持ちよさそうに勝手に続ける。
「そこから、彼女と頻繁に連絡を取り合っていたのだが……エリーザは優しい子だ。僕が弱っている時には、常に優しい言葉をかけてくれた。君はそんなこと、一つもなかっただろう?」
そりゃあ、当たり前よ。
レオナルトはこの国の第一王子。
もちろん、王位の正統継承権を一応持ってはいる。色々と勉強しなければならないことも多いだろう。
でもそれが王族としての義務だと思う。
そのために幼い頃から、贅沢させてもらえるんだからね。
なのに、どうしていちいち励ましの言葉を投げなければならないの?
どんだけ甘えたがりなんだか。
それくらい、自分でなんとしろっていう話よ。
「そして僕は気付いたんだ。僕が本当に好きなのはエリーザではないか……ってね。彼女は僕のことを『王子』としてではなく、一人の男として見てくれていた。きっと彼女となら、この先にどんな苦難が待ち受けても共に乗り越えて行けるだろう」
ふうん……一人の男としてね。
エリーザの性格から思うに、とても想像出来ないんだけど? なにか騙されているんじゃ?
まあこいつがどうなろうと、私は知ったことではない。
「それに君がエリーザに対してやった悪事も知っている」
一転。
レオナルトの声に怒気がこもり始めた。
「女学院時代、君は彼女のことをイジめていたみたいだね。いくら彼女が美しく、君が嫉妬してしまうとはいえ……そんなことをして恥ずかしくないのか?」
もちろん、私がエリーザのことをイジめていた事実なんて全くない。そもそも眼中になかったので、まともに会話をした記憶もない。
ただ……何度かエリーザは、嘘を吐いたりイジめの証拠をでっち上げて、私を陥れようとしてきたわね。
だからレオナルトがこんなことを言い出すのも、頷けるわ。
「……言いたいことはそれだけですか?」
いい加減、こいつの話に付き合っているのも疲れてきたので、私はそう問いかける。
すると彼は首を縦に動かした。
そして……。
「ふんっ! 分かったらさっさと出て行け! お前の顔を見ているだけでも、イライラする。こうやって直接、婚約破棄を言ってやったのは、最後の情けだ。これからは金輪際、僕とは関わるな」
「分かりました」
私は踵を返して、部屋から出て行く。
そして扉を閉めた瞬間、
「ふふふ……傑作だったわね。なーにが、真実の愛よ。頭が腐ってるんじゃないかしら? まああっちから婚約破棄を言ってきたんだから、もう良いわよね? 私のせいじゃないんだし」
とつい笑ってしまった。
おっと、少々口が汚くなってしまいましたわ。
ノーラ。あなたはこれでも、一応公爵令嬢なんですわよ。
婚約破棄されても、それは変わらないんだからもっとおしとやかにしましょう。ほほほ……。
それにしてもエリーザは知らないのかしら。
だって彼……。
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