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バレンタイン余談

作者: 庚午澪

 まだ朝晩冷え込む二月。

 よく晴れて冷えた中、兄を置いて先に学校へ向かう。

 正直、お洒落より防寒を優先したい涼火だったが、昨日ジャージを学校へ忘れて下校したのでやむなく、スカートの下に厚めのタイツで我慢する。

 マフラーを口元まで巻いても、ガードが緩い足元から寒さが凍みた。

 思わずコンビニでホットドリンクを買ってしまう。

 部活には入っているが気が向いたら朝練に行く形で、代わりに放課後は必ず顔を出すようにしている。

 真剣に取り組みたいと言うより、身体を鍛えて引き締めたいだけで、競技で競い合うのは涼火にとっては二の次だった。

 部活の方針的に強豪校などではないので、勧誘の時に軽い気持ちでもOKと、廃部を回避出来れば良いというものだった。

「甘っ、あぁ……のどやられた」

 ちらほら同じ制服を着た姿が見えはじめた頃、ちょうど交差点の横合いから見知った顔が現れた。

「おはよう。涼火」

「おはよう」

 視線をわずかに下げて挨拶を返し、それにしても--と思う。

 自分よりも薄いタイツ姿の笑顔を浮かべたクラスメイトに寒くないのか疑問に思う。一応手袋をはめているが、相手も下の防御が薄いのは変わらないはず。

「今日も元気良いね」

「そう言う涼火は元気無いじゃん」

「寒いの嫌だからね」

 口元から下げていたマフラーを指して、どれほど苦手か首を竦める。

「今さらじゃん。でも、冬生まれじゃなかった?」

「暦の上では春生まれ」

 いつ生まれだろうと寒い物は寒く、耐えられる理由にはならない。

 すると並んで歩く彼女が、肩から下げたカバンから何かを取り出した。

「はい。これ?」

 差し出されたまま空いている方の手で、素直に受け取ると何粒か一口チョコの入った小袋だった。

「?」

 透明な袋に口をリボンで閉じて、可愛げな感じに包装されていた。

 おばちゃんが飴をあげる感覚のものなのかもしれない。

 お菓子なら朝一に会ったばかりで渡す必要はないのでは? と首を捻る涼火にクラスメイトは軽く顎を上げ正解を口にした。

「ハッピーバレンタイン」

「……え、バレンタインって今日だった?」

 意表を突かれた様に驚くと、相手は首を横に振って答える。

「違うよ。でも今年はバレンタインデーが休みの日だから、今日渡そうと思ってさ」

「そうなんだ」

 手元のもらったチョコを見つめる。

「ん~、今年はバレンタインに学校ないからって油断してたから、チョコ用意してないや」

 困った様に後頭部を手でかき、隣を歩く彼女に目を向けた。

「二口で大分余ってるけど、チョコドリンクじゃダメ?」

 今持っている手持ちはホットドリンクしかなく、半分冗談めかしてそれを軽く掲げる。

「へっ……?!」

 一言声を発した後、涼火の持つホットドリンクを見つめる彼女。

 クラスメイトとの微妙な間があり、仲が良くてもちょっとふざけ過ぎたと心の中で反省した。

「ごめん。甘過ぎてのどやられてさ」

 小さく苦笑いをして引っ込めようとした涼火の手を、彼女は手袋をした両手で止める。

「しょうがないな……、涼火からのバレンタインチョコだと思って受け取ってあげよう」

 休み明けだと忘れられてしまうかもだし、同じ意味でホワイトデーも忘れられそうだから--と気持ちまくし立てるように言って、ホットドリンクを受け取った。

 身長差から見下ろす受け取った時の横顔は、やはり寒いのか鼻とか頬の辺りが赤くなっていた。

「…………」

 しばらく経ってもあげたホットドリンクを飲む気配がなく、飲み口に目を向けたままの相手に声をかける。

「飲みたくないなら無理しなくても良いよ。甘過ぎてのど痛くなるし」

 なんなら絶対お返しは忘れないからと伝えようとしたが、その前に首が横に振られた。

「えっ……! あ、大丈夫! ちょっと手を暖めてたの。飲むよ。これから」

 言って、こくっと小さく一口した。

「ん、甘いね。チョコドリンク」

 でも、わたしにはちょうど良いかな--とはにかむ。


 学校も近づき、同じ制服を着た生徒の姿も増えてきた。

「あー、だから兄貴昨日の夜ブラウニー作ってたのか」

 つまみ食いさせてもらったのに、普段からクッキーやアップルパイとかプリンなんかを作っているから、単にクルミ入りのチョコブラウニーを気まぐれに作っているのかと思い込んでいた。

 両親が共働きの涼火の家では、小さい頃から兄の朝月や姉の羽衣、幼馴染みの祝なんかと作っていてお菓子作りは日常だった。

 留守番など家で大人しく過ごさないといけない時に限ってだけれど。

 昇降口まで来ると他のクラスメイトとも顔を合わせ、おはようと挨拶を交わす。

「あれ? なに飲んでんの?」

 下駄箱を前に先に着いていた女子が、涼火と一緒に登校した彼女に目を止めた。

「えへへっ、涼火からバレンタインデーにチョコドリンクもらっちゃった」

 なぜか嬉しそうに報告する彼女の返事に、補足を加える形で上履きに手を伸ばす。

「もらったチョコの返しが無くてさ。それで。まあ、お返しって言っても私の飲みかけだけどね」

 それを聞いたクラスメイトが、うらやましそうな声をあげた。

「ええ~、いいな。ウチにも、ちょうだい」

「やだ。もう一口しかないから」

 あれからチビチビ飲んでいる様だったが、流石にもうホットドリンクは冷めているはず。

「そんなに飲みたいの? どこのコンビニでも売ってると思うけど」

 簀の子に落とした上履きに足を入れ、履いてきたシューズを下駄箱の下段にしまう。

 最後の一口を見せびらかす様に飲む彼女。肩を落としたクラスメイトは、続けて涼火に顔を向ける。

「えっと、じゃあ、涼火はチョコレート持って来ていないのか」

 残念そうにしながらも、カバンのチャックを開けて、中から包装が施された手に乗るくらいの小箱を出した。

「せっかく持って来たし、ウチからも。はい。バレンタインチョコレート」

「ありが……とう。じゃあ、お返しはホワイトデーって事で」

 お礼を述べながら手に取り、皆の準備の良さに多少戸惑う。

 自分のバレンタインへの認識の甘さと、バレンタイン当日に学校がなくても、事前に渡すのが普通なのかとも内心思った。

 それに女子のイベントとも言えなくも無いバレンタインデーに、兄の朝月に負けた様な気がした。

 まあ、兄の影響を受けたために、母親から女の子らしくするよう注意される状況から、逆に兄が責任を感じて涼火を女の子らしくさせようとしている節もあったり。

 それはともかく、また女子からチョコレートを渡された涼火。

 三人で廊下を進み、一年の教室へ向かう中。あちらこちらで友達同士チョコを交換する様子が窺えた。

 中でも目に付くのは……

「相変わらず、高校でもバレンタインデーは男子の挙動不審ぶりは変わらないね」

 ゴミ箱が無いので、空になってもホットドリンクの容器を手に持った彼女が呟いた。

 同意するように周辺の男子に視線を走らせた女子が追随する様に首を縦に振った。

「そんなもんでしょ。バレンタインデーだけ意識する男子、キモいと思うんだよねウチ」

「いつも配るのは安いチョコ一個だけど、ホワイトデー返してくれない男子いるしね。あとは何人かでまとめて来るパターンね」

「あるね。それ」

 二人の会話を聞いていて、気になったというか疑問を投げかける。

「でもさ、お返しが市販品の場合ホワイトデーよりバレンタインデーの方が良い物あると思わない」

「「分かるかも」」

 声のそろう二人のクラスメイト。

 毎年、コンビニやショッピングモールのバレンタインコーナーを見ていて思っていた。

「バレンタインより種類も少ない気がするしね」

「分かる。ウチはクッキーやマシュマロとかよりマドレーヌとか、なんならホワイトデーのお返しもチョコで良いと思うわ」

「てか、男子の手作りチョコって怖くない?」

「てか、キモい? 何入ってるか分からなくない? そんなん食べられないって絶対」

 たぶん二人の話すのは潔癖とかそう言うのとは少し違う気がして、その感覚は涼火も分かる様な気がした。

「じゃあさ。クラスの男子だと、誰までなら食べられる?」

「え、ウチ渡井くんと曽我ちゃんしか無理」

 今名前のあがった男子は、クラスでも人気の分類に入り、優しかったり気さくだったりで女子ウケが良い二人だった。

「わたしは女子友達以外だと、どーしてもなら生徒会長だな」

 今度出て来た生徒会長も、後輩から人気のある男子生徒だ。

 盛り上がる二人の会話は、逆に誰が嫌かに変わり、一段落して。

「でも、同じ女子からだと食べられちゃうよね」

「確かに。同性だと警戒緩むよな」

 涼火も今の意見には頷いて同意を示す。それに兄から以外の男子から、手作りの食べ物をもらうイメージが出来ない。

「あははっ、分かるけど。この前の調理実習で謎のスープ作った人に言われたくないわ。ウチでも失敗しなかったのに」

 教室まで捨てられそうにない容器を手に持った彼女を指さし笑う。

「おはよう」

 誰ともなく教室の中のクラスメイトに挨拶する涼火。

 三人そろって並び、引き違い戸を通るが、その際チラ見するように登校していた男子たちの視線を覚えた。

「うっわ~、めっちゃめちゃ意識してる。渡すの止めようかな」

 言われると全体的にそわそわした雰囲気があり、数十円のチョコすら躊躇させる。

「今週ずっとアピールうるさかったからいいんじゃない? バレンタインだけ身だしなみ良くなるとか、気配りするような態度とか、普段から気をつけろっての」

「そんなアピールしてた?」

 全く気づいていなかった涼火は首を傾げ、二人は頷いて囁く。

「涼火からチョコ期待してる人かわいそう。用意もしてないのに期待しちゃって」

「そもそもアピールにすら気づかれてないとか、とんだ道化じゃん。笑える」

 喋りながらそれぞれの席に行き、涼火が教科書や筆記用具を出す時になり気づく。

「あ、お弁当忘れた。兄貴が当番だから、カバンに入れるの忘れたわ」

 しかもいつもなら一緒に出るので、忘れても朝月が気づいてくれるのに。

 購買を覚悟して肩を落とす涼火に、呟きを聞きつけた二人が言う。

「えー、お兄ちゃんのお弁当忘れたの? おかずもらいたかったのに」

「ウチ、涼火の兄ちゃんの味付け好きなのにな」

「どの口が言うんだよ。忘れて無くても、お弁当のおかずは分けてやらないからな」

 ついさっき男子の手作りは食べられないとか怖いとか散々言ってた癖に、以前一緒にお昼をとった時に交換したおかずの味を覚えていたらしい。

 結局、この日チョコを事前に用意していた女子は多く、何人かにもらった涼火はホワイトデーにお返しをすると言って受け取った。

 ちなみに流れからして、二人のクラスメイトが本命チョコを渡す相手がいないのも、なんとなく雰囲気で分かっていた。



            --了

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