1:転生したらスライムの餌だった件
現在知られている資料の中で山田の最も信頼できる行動記録は、王立図書館に収蔵されている錬金術師ファナ・コサンの手記編纂冊子(表題「王都籠中記」)の中にある。
彼女が初めて山田を発見した時、粘魔にまとわりつかれた彼の衣服は大部分が分解捕食されていたという。原形をとどめているのは縦縞の半股引(訳者注:トランクスのこと)のみであった。
全身の穴という穴から侵入してくる粘魔になすすべもなく、窒息寸前で錬金術師に助けを求め悶絶する半裸の男。その時、彼女は自分が何を見ているのか理解できずに困惑していた。
粘魔の攻撃力はほとんどゼロに等しい。本来は林床や迷宮内に落ちている落ち葉や昆虫の死骸などを分解している、ヒトには無害な自然界の掃除屋である。そんな魔獣未満の駄生物に襲われているという時点でそもそもおかしい。
地球人に対して説明するならば
「行き倒れの半裸男が全身をダンゴムシの群れに覆われて、のたうち回っている」
と言えば錬金術師の心境がご理解いただけるだろうか。
粘魔には物理攻撃が効かないが、魔法攻撃であれば属性を問わず、どのような魔法でもきわめて効果が高い。幼児が使う不完全な初級生活魔法でも、粘魔を驚かせて追い払うには十分な効果がある。魔力が完全に枯渇していなければ容易に撃退できるはずである。
錬金術師は首をかしげながら、電圧のみを高めた静電気程度の雷撃魔法を山田に向けて放った。バチッという火花が散ると同時に、驚いた粘魔は山田から粘性体を引き離し、偽足を激しく波打たせながら大慌てで逃げていった。
「あの……もしもし、生きておられますか?」
錬金術師は身動きしなくなった山田に問いかけた。
返事が無い。ただのしかばねのような反応である。
彼女は自分が持っている、背丈ほどある魔杖で山田をツンツンとつついてみた。
動かない。
「困ったなあ……もし教会に登録されてない人だったら、蘇生できないのだけれど……とりあえず状態確認を」
錬金術師は山田に対して鑑定の術式を詠唱した。
空中に浮かび上がった解析結果を見て、彼女の困惑はますます深まった。
「何これ……」
それは彼女が今まで見たことのない、面妖な内容だった。
登録名:(未登録)
種族:ヒト
性別:男性
年齢:47
職業:無職 位階1
属性:無属性
経験値:0
体力:1/20
魔力:0/20
基底攻撃力:0/5(状態異常)
基底防御力:1/5(状態異常)
精神力:0/5(状態異常)
すばやさ:0/5(状態異常)
知力:3/279(状態異常)
器用さ:1/182(状態異常)
武器:(なし)
防具:異界の半股引(加算防御力1)
追加装備:(なし)
持ち物:(なし)
習得魔法:(なし)
習得権能:(なし)
習得資格:(なし)(普通運転免許=転生時失効)
天与:王国語(音声/文字)自動翻訳
状態異常:
気絶
瀕死(戦闘不能)
過労(職場過適応)
慢性睡眠不足
鬱
対人不安
女性恐怖症
発汗過多
近視性乱視
男性更年期
腰椎椎間板ヘルニア
慢性胃炎
肩関節周囲炎
高脂血症
高尿酸血症
歯周炎
頭部毛根衰退
加齢臭
足臭症
獲得称号:
転生者
彼女いない歴47年
近親者不存
所持金喪失
失業中
住所不定
不審人物
職場解雇からの人生第二幕・ここに開幕