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0:序文~それは貧乳がそびえたつ巨乳と言われるが如く

「助げでぐレえェぇっ!! ……うぐブッ!グッふぁボぐぅえぇ……」


 一次資料である宮廷錬金術師ファナ・コサンの手記によれば、山田の第一声は「冒険者に背骨を踏み折られた小鬼ゴブリンが、たまり水の中に蹴り転がされたかのような」苦悶に満ちたものであったという。


 しかし今日よく知られている錬金術師と山田の邂逅かいこう劇、いわゆる「オトワの森の出会い」には、そのような情景は描かれていない。


 通俗版では「美少女錬金術師が凶悪な豚鬼オークの群れに襲われている時、転生の女神から強大な力をさずかった山田が異世界より降臨し、一撃のもとに魔物の群れを殲滅せんめつして彼女の命と貞操を救う」という場面から物語が始まっている。


 その後、錬金術師は山田の崇拝者となり、生涯にわたって変わらぬ忠誠を尽くすことになる。しかし、これらの話は史実を元にしてはいるが、ほぼ後世の創作であり、その内容は事実と異なる荒唐無稽こうとうむけいなものである。


 通俗版は、大戦終了後に出版された「魔王大戦演義」や「龍姫実況配信録」などの大衆娯楽小説を直接的な原典として構成されている。

 そして現在知られている山田の物語は、既存の創作物にさまざまな創作者達が次々に加筆修正を加え、いわば集合知とでもいうべき形で成立してきた(そして現在も改変され続けている)作者を特定できない二次創作である。それは同時代の作家達と世界観を共有する同設定世界シェアードワールド小説でもある。


 だが、そのような山田の物語に対して

「当時の流行に乗せて書かれた消費読み捨て作品にすぎず、真面目に論評するに値しないクソである。うっかり読んでしまった俺の貴重な時間を返せ」

そういう意見が出てくるのは、むしろ当然のことだろう。


 しかしその一見軽薄な「定型設定テンプレ」に含まれる用語や概念の起源を探るなら、それは古い伝承にあるさまざまな英雄物語にまでさかのぼっていく。

定型設定テンプレは数千年、あるいはそれ以上の年月にわたってヒト族が営々と語り継ぎ、紡ぎ続けてきたさまざまな伝承の直系の子孫であることを忘れてはならない。それはその時代が求めていた英雄像の変遷を研究する上で、今後の貴重な資料となりうる事を失念すべきではない。


 だが一方で、一次資料に記された山田の珍妙な生活、奇行の数々を見る限り、彼に「時代が求めている英雄らしさ」は欠片すら感じられない。

粘魔スライムに口や鼻をふさがれて死にかけている中年男」などというなさけない人物は、どのような時代であろうと主人公として不適格としか言いようがない。


 そのような彼が、どうしてこの世界の住人に人気を博し、しだいに人物像が改変され、近年には女流宮廷画家の「推し」となって美青年化された肖像が描かれるまでに至ってしまったのだろうか。


 本稿では、その謎を当時の記録――記録魔と称されたファナ・コサンがのこした厖大ぼうだいな手記の中から探り、この世界で生きていた山田という人物が、実際にはどのような存在であったかを見ていくことにしよう。


(歴史研究魔道士 テーヘン・ナローサッカ(花押(署名)

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― 新着の感想 ―
[一言] 魯迅の「阿Q正伝」を思い起こさせる序文。 こういうの好きですー。
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