妄想短編4「六枚羽」
我が国には「六枚羽」と呼ばれる冒険者の兄弟がいる。
その実、兄弟というよりは姉と弟であるし、「六枚羽」と呼ばれているのはどちらかと言えば姉の方なのだが。
その姉弟は冒険者としてこの国のトップに君臨している。王よりも立場が上というわけでは無いが、騎士団長と同じくらいには偉い。
もちろん、この姉弟は冒険者なのだからギルドには少なくとも週一ほどで姿を見せる。その様子を見て他の冒険者たちは「六枚羽」という二つ名を付けたわけだ。
まぁ、実力のある冒険者で二つ名を付けられるのは珍しくない。
それで、その姉弟だが、弟君の方は普通だ。普通というには少しばかりひょろっとしていて背も小さいが鎧が着れないほどか弱いわけでもない。
問題は、人を紹介する時点で問題は形容していては碌なものが来ないことは察してしまえるが、姉の方は凄い。
二つ名の通り、六枚の羽を持つのだ。
羽と呼ぶにはそれは禍々しく、荒々しく、痛々しく、姉単体で見れば触手か化け物か何かだと騒がれていたことだろう。
では、なぜそれが羽と呼ばれるに至ったか。
それは、姉の行動に起因する。姉は決して一人で人前には出てこない。弟は何度か、いや何度も街中で見かけられているのだが、姉単体での目撃情報は無い。皆無だ。姉が出てくる時は、絶対に弟が付いている。それを姉が自分からしているのか、騎士団長と口論が出来るくらい頭のいい弟がそうさせているのかはわからないが。
そして、姉は絶対に弟の背中から離れない。ほぼ例外なく、弟の半径およそ一歩分以内にとどまっている。常に羽を広げながら。その様子がか弱そうな、儚そうな弟の容姿と合わさりまるでホバリングする蝶のように見えるのだ。
姉弟が冒険者になりたての頃、一人の酔った男が弟に喧嘩を売った。その様子を見ていた者のほとんどは事の顛末を話そうとしなかったが、ある一人の証言者が言うには、その男は六つに裂かれて殺されたらしい。飛び散った血に染まった姉弟は形容しがたいほどに美しかったという。
その事件があって以来、姉の方は常に指名手配となっている。しかし、未だに捕まっていない。むしろ、捕まえられないのだ。騎士団2000人を相手に一人、正確に言えば二人で一歩も動かず壊滅させてみせた。残された騎士団長はその恐怖のあまり戦場で初めて失禁をしてしまうほどだったらしい。騎士団長は戦場でのその姉弟を死の蝶と表現した。
「それで、ウィリアムさん、私なんぞに何か用がおありで?」
予想は付いているが。
「八つ裂きか、服従か。選択させてあげましょう」
「それは慈悲深い」
皮肉だとわかってもらえただろうか。
私は顔を変えず小さくため息を吐く。それに反応するように羽が蠢いた。
「言い訳を言っても?」
「どうぞ」
弟はにこりと微笑む。私はその笑顔に少しばかりの不気味さを感じた。
「私はあなたたちに何かをしようとしていたわけではありません、……信じてもらえます?」
私は肩をすくめる。再度、触手が蠢いた。
「貴方の、僕たちに関する著書、内容は覚えていますか?」
質問に質問で返さないで欲しいものだが。信じてもらえないという事だろう。
「えぇ、覚えていますとも」
私は頷く。
「そうですか、それで、それなのに、そこまでして、なぜ平気でいられるのでしょうか?」
途端に、弟の視線の重さが増す。そのあまりにもな雰囲気に私は生唾を飲み込んだ。
「ひれ伏せ」
弟が静かに言い放つ。それを聞き返す前に触手が私を地面に叩きつけた。あまりの衝撃に一瞬痛みを感じない程だった。
「なぜ、こんなことを」
私はかろうじて声を放つ。化け物は私にこう答えた。
「僕の姉さんを悪く言うやつは、全員万死に値する」
その顔は、六本の触手よりも禍々しく恐ろしかった。
「ウィル、ありがとう」
蝶の声は、天使の祝福の音かと思うほど美しかった。
そして、姉は弟を抱き寄せ、私は六つに裂かれた。