妄想短編3「亀の恩返し」
僕はカメだった。
僕のご主人様は女の子で、まだテディベアよりも小さかった頃に僕は連れてこられた。それからは水槽の中から毎日ご主人様を見ていた。
毎日欠かさずご飯をくれて、毎日欠かさず声を掛けてくれる。僕にはご主人様の言葉はわからなかったし、何か言い返してあげることも出来なかったけど、いつも楽しそうだったり悲しそうだったり疲れていたり、ご主人様の顔を見ているのが楽しかった。
出会ってから23年と4か月と7日。
「キッコ、私疲れちゃった。ごめんね、これまでありがとう」
僕に何かを言って、空に吊るされ動かなくなった。それから少しして、ご主人様じゃない人間が動かなくなったご主人様を運んでいった。
数日後、食べるものが無くて僕は意識を失った。
意識を失ってすぐ、僕は神様に出会った。神様は僕はまだ死ぬべきじゃない、と僕を生き返らせてくれるといった。ただし、元の世界は無理だとも。
「神様、生き返らなくていいよ、ご主人様に合わせて」
僕はそう言った。すると神様はならばなおの事生き返るべきだろう、と僕に1つの道を示した。
僕はそれを3年掛けて歩ききった。
その道の最後には大きな扉があって神様はその扉の前で僕に最後に欲しいものはないかと聞いた。
「ご主人様とおしゃべりがしたい」
よかろう、神に言われて僕は扉をくぐった。
扉をくぐった先は森の中だった。
気付くと僕はカメの体ではなく、ご主人様と同じ人間の体になっていた。ご主人様とおしゃべりがしたいってお願いしたから神様がくれたのかもしれない。
そんなことはいいや、と僕は歩き出す。
少しして1人の人間を見かけて僕は走り寄った。
「こんにちは、人間の人。僕はキッコ、よろしくね」
紫色の服に身を包んだその女の子は心底驚いたって顔をした後、僕に向かって微笑んだ。
「こんにちは」
この世界については何も知らないんだ、と伝えると女の子は僕を家に招き入れた。
あんまり興味はなかったけど、一通り聞き終えて人を探していることを伝えると、女の子は少し残念そうな顔をした。
女の子はこの世界で魔女というものをやっていて街には近寄れないらしい。道は教えるから数日ゆっくりしていきなよ、と紅茶を貰った。いつも貰う茶色のご飯以外を食べるのは初めてだったけど、温かさだけは伝わった。
それからたくさんおしゃべりをして人間のご飯を食べた。お風呂で泳いだら怒られてしまったけど、洗い方のわからない人間の体を洗ってもらった。
その日の夜。
がやがやとざわつく声とめらめらと揺れる光に目を覚ます。眠い目を少々無理やりに開いて窓から外を見ると、たくさんの人間が女の子の家を囲んでいた。
「起きて、キッコ。降参しましょ」
女の子は僕の部屋に入って顔を見るなりそう言った。僕は頷いてついて行く。
2人で外に出ると怖い顔をした人間たちがなにやら怒鳴っていた。
「息子を返せー!」
「災厄は全部お前のせいだ!」
「また新しい子どもを捕まえてきたのか」
何を言ってるのかわからないや。
騒ぎ立てる人間たちの中の一人が何かを持ち上げる。それはキッコにもわかるものだった。
「弓は攻撃に使うものでしょ?」
さっき教えてもらったばかりのものを、キッコはしっかりと覚えていた。
弓を構える人間は恐怖の表情を浮かべ僕たちを睨みつける。とっさに僕は女の子を守るように抱き寄せた。
「キッコ、何やって――」
カツンッと小気味の良い音が響いて僕の背中は矢を跳ね返す。
「僕、背中は固いんだ」
女の子に向かって微笑みかけると、女の子は目尻に涙を浮かべた。
その様子に人間たちはしんと静まり返る。その隙に僕は女の子を抱きかかえて逃げた。
あれから何年たったかわからない。
「ねえ、僕たち何年ぐらい旅をしてる?」
「もう1000年は越えてるわね」
まだ1000年しか経っていないらしい。
「あと9000年はおしゃべりできるね」
「話題もなくなっちゃいそうね」
ふふふと女の子は笑う。
大きく育って、亀に戻った僕の背中の上で今日も女の子は僕とおしゃべりをしてくれる。
1000年経っても、ご主人様以外の言葉はさっぱりわからないままだけど。