06-滞在二日目-
滞在二日目はファリスとアレス、更にもう一人の剣士のフレキを連れて農家周り。
フレキはアレスの幼馴染みらしい。人間にしては珍しく長身で、体格も均整が取れてる。面倒見の良い兄貴分って感じだ。
ちなみにエアリとサーディスには調合に専念して貰ってる。
「助かったー。やっとまともな服だ。ありがとうフレキ」
「ぷっ、くくく…っ!やっぱり面白い…っ!」
「大きさが、合ってて、良かったぜ…っ!」
出発前にフレキが古着を分けてくれたからご機嫌。シャツとジーンズのパンツで動きやすいし露出もそれほど無い。
フレキはボクより背が高いけど、胸回りの問題でシャツが程よく収まってる。…若干裾が短くなってお臍が見え隠れするのは我慢我慢。
ちなみに翼だけはしまった。角さえ残せば魔族だと解るし、ちゃんと服を揃えてから翼を出せば良い。ボク程のレベルになると立派な翼も羊のような大きな角も自在に出し入れ出来るのだ。
「おお、来た来た!」
「アイラさん、わざわざ悪いねえ!」
「良いの良いの。ボクよりファリスに言ってやってよ。実際に改良するのはファリスなんだし」
アレスとフレキに荷台をひっくり返して貰い、ファリスに刻印して貰う。この流れは変えられない。ボクが魔力を使えれば全部一人で出来るんだけど、ファリスにやらせた方が今後も改良出来る。
とは言え量が量なんで、農家には待ってる間に他の農家に荷台を集める様に頼んで貰う。可能ならひっくり返して貰えると助かる。
「刻印魔法には慣れた?」
「ええ。大分慣れたわ。あれから自分でも試してるの」
「よしよし。後で刻印しやすい物質や日常生活で便利な魔法を教えるよ」
「本当!?それ凄い助かる!」
「「おおおっ!」」
刻印魔法にさえ慣れれば色んなアーティファクトを作る事が出来るからね。まずは慣れて貰ってから他の魔法を教えるつもり。もう一段上の技術も教える予定だ。
意欲的なのはボクとしても大助かり。
「この自重緩和魔法はボクがアレンジを加えてる。ファリスなら気付いたんじゃないかと思う」
「ええ。本来の重さを魔力に変換してるわよね」
「そうそう。通常、アーティファクトって言うのは使用者の魔力を消費して効果を発動する物だ。でも、それじゃ魔力を持たないヒトは使えない。だから何かしらの力を魔力に変換するアレンジも含めて教えるよ。それと効果の調整や停止。使いやすい灯りなんかも作れる様になる」
「それ欲しい!灯りを作ってみたけど上手くいかなかったのよ!」
まず欲しいのが灯り、水回り、そして火。どれも調整が出来た方が便利だから後回しにしてた。
常時効果が発動する物を最初に見せるべし、と荷台を改良したわけだ。
「魔族ってそんな物も作れるのね」
「いやいや。逆に魔族はそんな道具を作ろうとしないよ。自分の魔力をそのまま事象に変えるから必要ないもの。単にボクが面白半分で考えただけ」
興味本位で研究してた事を試してみたい、と言うのもヒト里に下りた理由だね。他にも色々と試したい事がある。
「ファリスが良く知る魔法とは逆なんだ。魔族の魔法はまず事象が先に来る。無理矢理魔力でその事象を引き起こし、その消費を軽減する為に理論立てて魔法にする。だから魔法にしなくても効果を生み出せるっちゃ生み出せるんだよ」
「無茶苦茶な話ね…。でも、確かにそれなら面白半分って言うのも納得出来るわ」
そう言う事をしてきたのも変わり者と呼ばれてきた理由かな。魔族からすれば無駄な事だし。
それでもボクのアーティファクトは喜ばれた。魔法にする手間が省けるし、魔法を使うより消費が少ないからだ。特に武器は喜ばれたね。もう武器を作るつもりは無いんだけど。
「よし、ここのはこれで全部だね」
「お疲れ様。んー、やっぱり時間が掛かるな。アレス、グローブ貸して。甲のプレートに増力魔法を刻印してひっくり返す時間を短縮しよう」
「おおお!それは助かるよ!」
増力魔法くらいなら問題無い。冒険者としても役立つだろうし、こう言う使われ方なら進んで導入すべき。
ファリスに教えて早速刻印だ。
「これも持ち上げる物の重さから魔力を生む。重ければ重い程力が湧くわけだ」
「うわー。ほんと凄いね」
「普通のグローブじゃ駄目なのか?」
「普通の皮や布だと長持ちしないんだ。昨日の魔物の皮なら別なんだけど、用意する時間が無い」
鉱物か魔物の素材じゃないとね。
あ、でも。
「プレート代わりにあの皮を縫い付けるのも手かな。それ農家に配ろうか」
「「それだ!」」
そうすればアレスとフレキが空く。ファリスだけ向かわせられるし、そうしよう。
皮全体に刻印して切り分けるって手もあるから、農家には手袋を用意して貰おう。
アレスとフレキが空いたんで、二人を連れて町を歩いてみる。まだ警戒されてるけど仕方ない。
「今度は何をするんだい?」
「ちょっとした聞き込み。井戸はどこ?」
「ふむ。こっちだ」
「今度は井戸か」
ファリスの練習になるし、まずは井戸。大勢の生命線こそ最優先だ。
「ひっ」
「い、行きましょ」
…は良いんだけど、聞き込みどころじゃない。思い切り怖がられて逃げられた。仕方ないから勝手に調査する。
「一番早いのは水を生むアーティファクトを売る事なんだけど、井戸を改良してからの方が負担も少なくて良い」
「成る程、確かにそうだね」
「ほんと面白え。皆の負担まで考えてるのか」
アーティファクトなんて普通は買えない。そもそも作れる奴が居ない。武器が殆どだから馴染みも薄すぎる。相場も無い。だから公共物からアーティファクトにするべき。
「そうだよね。昔立ち寄った冒険者がアーティファクトのカンテラを持ってたけど、それもかなりの値打ち物だって聞いたし」
「水を生むアーティファクトとか幾らになるか解りゃしねえ」
「簡単に作れるんだけどね。まだそう言う認識だから井戸の改良が優先なわけ」
そう言う訳で井戸の構造を確認。構造と言っても屋根に滑車が付いてるだけなんだけど。
滑車が無かったら追加しようと思ってたし丁度良いかな。試しに水を汲んでみよう。
「だよね。こりゃ大変だ」
「これをどう改良するんだい?」
「やっぱ荷台みたいに軽くする魔法か?」
最善は水桶に自重緩和魔法。でも水桶が木製だから長持ちしない。さて、どうするか。
「滑車を改良しよう。ちょっと難易度が上がるけど、滑車から水桶に自重緩和効果が掛かる様に調整するんだ。それなら軽くなる」
「「うおお!」」
ファリスに負担を掛けるけど、これも練習の内と頑張って貰おうか。
対象指定の効果を追加出来るのは大きいし。
方針を決めたら次。
「え?何で製粉所なんだい?」
「あ。もしかして石臼か?」
「そうそう。デカい石臼使ってると、石臼回すのにお金掛かると思うんだ」
これは雑学から導き出した事かな。
小麦や大麦、胡椒なんかを挽く石臼。これをアーティファクトにすると良い連鎖が生まれるはずだ。早速案内して貰う。
「うおお!アイラさんだ!」
意外にも歓迎してくれたものだから、逆にボクが驚く羽目になったよ。なんでも農家の荷台に喜んでくれてたらしい。積載量が増えて売り上げが良くなったとか。おかげで話が早い。
「だよね。やっぱり馬力だ」
「じゃあ!石臼もアーティファクトって奴に改良してくれるのか!?」
「それなら色んな粉物を値下げ出来るでしょ?」
「「うお!?」」
「出来る出来る!」
大きい石臼を動かす場合、大勢の男手か馬が必要になる。その分の費用が粉物の値段に加算される訳で、石臼をアーティファクト化してしまえば安く出来る。以前より安くなれば売り上げは良くなるし、少し安くする程度なら従来より純利益を上げられるはず。
粉物の値下げはとにかく大きい。
「改良するけど、少し待って。改良がファリス頼りだし、まだ農家の荷台に掛かり切りなんだ。ボクが出て行くまでにはファリスに教えておくよ」
「いっそここに住んじまえよ!町長には俺からも話すからさ!農家も賛成してくれるだろうし!」
「あはは、ありがとう。でもボクを恐がるヒトは多いからね。無理は言えないさ」
落ち着ける様に動いてはいるけど、楽観視は決してしない。ヒトと魔族は相容れないものだ。
味方してくれるヒトが出てくれるだけで今は十分だよ。
「こいつの改良は簡単だ。下の石に上の石を回転させる魔法を刻印すれば良い。上の石からの圧力を魔力に転換すれば魔力の補充も不要。速度調整が出来た方が良いだろうし、そこだけ少し難しくなるかな。ファリス次第だけど何とかなる」
「うおお…っ!楽しみだぜ…っ!」
製粉所を全て回ったところでアレスの家に。
井戸や石臼の事を町長さんに話す為だ。
「素晴らしい…」
「ね。どこの製粉所も凄い期待してた」
「小麦粉とか胡椒が安くなるなら、俺達だって期待しますよ」
町長さんもすぐ理解してくれたよ。
粉物もまた生命線だからね。
「全部ファリス頼みと言うのが辛いね」
「他に魔法使いって居ないの?神官のサーディスだと属性違いで使えないし」
「そこで首輪を外してくれと言わないところが面白いよね。いや、外したところでやってくれるかどうかは別なんだろうけど」
「外して良いなら全部面倒を見るけど、流石に滞在中は外さないよ。筋を通せなくなる」
こればかりは筋を通さないと。まだボクを恐がるヒトが居る訳だし。滞在出来ないにしても、最後まで筋を通すべきだ。
「ここではファリスだけなんだ。エアリもそうなんだけど、元は流れ者でね」
「そっか。ならファリスに頑張って貰おう」
流れ者となるとボクが出て行った後にどうなるか解らないけど、そこまではどうしようもない。
ここで頑張る事に意義を見出してくれるのを期待するしかないね。
「一週間だとここまでですかね。エアリとサーディスも頑張ってくれてるし、石臼の改良も済めばポーションと粉物で栄えるはずですよ」
「解った。本当にありがとう。私としてはもう滞在して良いと歓迎したいが、町民次第か」
「ええ。本来なら相容れぬ存在。少しでもこうして交流出来たと喜ぶべきでしょう」
やりようによってはヒトと暮らせる。そう解ったのは大きな収穫だ。ちゃんと得る物は有った。
「ねえ、アイラ。町のヒトが喜びそうな物は無いだろうか。今のアイラでも出来そうな物でさ」
「んんんー。無い事も無い」
「「おお?」」
そこまで考えてくれるのなら、別の知識を活用してみよう。これも向こう側で喜ばれてる。
問題は、材料が有るかどうかだ。