05-新居と事情-
家が完成した!引っ越し!
「おおおっ♪皆、ありがとう!」
内装もばっちりで良い家になったよ。
家具とかも買ってあって、搬入も終わってる。
「フィーナの部屋はここね」
「はい!ありがとうございます!」
フィーナの部屋もちゃんと出来てる。
お互いに荷物は軽いから楽ちんだ。
後は色々と魔法を刻印すれば良い。
「いやー。アーティファクト作りを教えて貰えて良かったぜ。ほんと便利だよな」
「ね。壁を薄くしても全然問題ない」
防音、強化、断熱、耐火、耐震と豪華に刻む。
火事や地震も怖くない。
そして書斎。
「最高…♪ばっちり…♪」
「気に入って貰えて何よりだ。ちょいと広さが犠牲になっちまったがな」
「大丈夫。読む場所は空間魔法で補うから。完璧に安全とは言えないから保管には向かないけど、読む程度なら空間魔法で良いからね」
ピカピカで使い易そうな本棚。
前後二列で多く入る。仕切りも用意して貰ってあるよ。
「フィーナ。本を取り出してジャンルごとに積んでくれる?」
「解りました!」
早速本を入れていく。
実家で使ってた本棚より良いね。作りがかなりしっかりしてるよ。
「おいおいおいおい。まだ有るのかよ」
「凄いですよね。本当に沢山の事をご存知なんですよ」
「へええ。なあアイラさん。建築技術とか知ってたりしねえか?」
「酒蔵だけは知ってる。お酒の記録の一冊目」
「ちょ、見せてくれ」
建築技術は流石に研究してない。
これを機に手を出してみるのも良いな。
酒蔵だけは普通の倉庫じゃ駄目って知ったんで覚えたんだけど。
ボクの家を優先してくれた事で、酒蔵はまだだったから丁度良い。
「凄え…っ!これだけでも為になる…っ!」
「普通の蔵じゃ駄目なんですか?」
「駄目。安全性の問題でレンガ造りは避けたいし、何よりお酒の品質を保つ為に木造で作る方が良いんだ。それも釘は一切使っちゃ駄目。木材にお酒の香りが染み込む関係で、金属は使わない方が良いんだよ」
「釘を使わなくても建てられるんですか!?」
木材建築物だと釘は必要って素人でも考えちゃうよね。ボクも酒蔵の事を知った時は心底驚いたもん。
「これなら出来る。フィーナちゃん、ここ見てみな。木材を掘って組み合わせてる。補強する為の柱も有るぜ」
「うわ、本当です。凄い…」
「酒蔵が痛んでも無事な部分は使い回すのが普通らしいよ。樽の使い回しは葡萄酒なんかで良く聞くけど、酒蔵もそうだと知った時は感動すらしたもん。ほんと知識は凄い」
効率的に組み合わせて丈夫な建物にする。
そう考えていくと結構面白いかもしれない。
「ここに書いてある温度調節ってのは魔法で解決出来るよな?」
「んー。魔物の素材を使うなら何とか。金属無しだと素材がね」
「っと、そうか。んー。あ。棚の基盤にこの家と同じレンガを使うのはどうだ?」
「それだ!それなら問題ない!」
良い考えだ!
土蔵の酒蔵も有ったし、レンガくらいなら大丈夫なはず!
「師匠。これで全部みたいです」
「お、ありがとう」
「おいおいおいおい。洒落になってねえぞ。山になってんじゃねえか」
フィーナが本を出し終えてくれた。
ここからはボクが指定しながら二人で入れてこう。手前は魔法関連と料理関連。
一番需要が高いのはこの二種類だ。
「頭が下がるね。こんだけ研究して、俺達の為にほいほい知恵を貸してくれるんだからよ」
「いやー。魔族ってこう言う知識が無くても生きていけるもんだからさ。実際に研究内容を実践する機会って殆ど無かったんだ。それを出し切る上に喜んで貰えるってのは嬉しいもんなんだよ」
長年の研究が実を結んで嬉しい。
故郷の改革でも成果を出してるけど、ここ程喜ばれるって実感は無かった。
故郷だと便利になる、程度。ここだと生活が楽になるって域まで届く。
研究してきて良かったって、ここで初めて思ったもん。
家の完成を聞きつけて、色んなヒトがお祝いしに来てくれた。料理やお酒を持って。
「アイラさんの新居完成に!乾杯!」
「「乾杯!」」
「ありがとう!」
新築祝いって言うらしいけど、魔族には無い風習なんでかなり嬉しい。
結構な人数なんで書斎に用意した読書空間で宴会だ。
「親方から聞いたよ。壁を魔法で補強したんだって?」
「え。何それ凄い。どんな魔法?」
「防音、強化、断熱、耐火、耐震だね。壊れにくくて過ごしやすくなってる」
「「おおおっ」」
これに関しても親方には情報を流してて、魔物の素材を練り込んだ壁紙を貼れば従来の家でも同等の効果を追加出来るようになってる。
酒蔵が出来たら始めるって言ってたな。
「欲しいな。火事を防げるのは大きい」
「断熱も欲しいですよ!冬でも温かく過ごせるって事でしょ!?」
「それ良い!私も欲しい!」
後から来た元奴隷からも大工になったヒトが出てるし、壁紙も売る事になったから自分で張り替えても良い。値段もさほど高くない。
暖炉なんかもアーティファクト化出来るから冬が随分変わると思う。
「断熱は夏も過ごしやすいよ。外の暑さを遮ってくれるからね」
「「欲しい!」」
年中快適なのは本当に最高。
実家がそうだったんで、その点もエアリとの二人暮らしは辛かった。魔法で調整してたくらい。
「ねえねえ。やっぱりお風呂もアーティファクトにしたの?」
「「お風呂!?」」
「勿論。井戸が遠いし、水回りは全部アーティファクトだよ」
「ほんと便利だよねー。何時でも入れるって最高だよ」
「ちょっとエアリ!まさかエアリの家のお風呂を改良して貰ってたの!?」
「えっへへー♪アーティファクト作りが始まってすぐやったくれたのー♪」
淫魔にとってお風呂は重要。身嗜みを整えるのは義務。子猫ちゃんにも喜ばれるし。
「アイラ…っ!教えて…っ!」
「はいはい。ついでに他の家のも改良してやってよ。ただお湯を生むアーティファクトだと魔力の消費が多いから調整してあって難易度が高いんだよね」
「何が何でも覚えてやるわよ!何時でも入れるなら死にもの狂いで覚えるわ!」
「「うんうんうん」」
お湯を生むアーティファクトは使わない。
温度を魔力に変換して水を生むアーティファクトと、重さを魔力に変換して温度を上げる浴槽アーティファクトに分けたんだ。
温まるまで少し掛かるけど、これまでもお湯を沸かす手間が掛かってたから気にならないとエアリも喜んでる。
あ、そうだ。
「町長さん。旅人向けに宿屋の近くで有料の大きな大浴場を建ててみません?」
「「おおおっ!?」」
「良いな!それは当たるかもしれん!」
魔族の場合は自分の魔力でさくっとお風呂に入れるけど、ヒトの場合はそうじゃないとエアリの家で知った。
お風呂用の水を汲む時点で重労働だから、広いお風呂って町のヒトも喜ぶんじゃないかな。
旅人ともなれば尚更だし。
「フィーナが頑張れば活力回復魔法をお湯に溶け込ませる事が出来るかもしれません」
「ええっ!?」
「「おおおおおおっ!?」」
そう言う効果までつければ確実に勝てる。
うん、これは有りだ。
「サーディス。活力回復魔法は覚えた?」
「うむ!覚えてあるぞい!」
「ちとお風呂を入れてくるから、お湯に手を入れて使ってみてよ」
「解った!」
男湯は用意してないから、交代で入って貰おうかな。広く作ってあるから何回か交代するだけで全員入れるし。
成功したらまた名物が増える。
建物を建てて従業員を揃えれば良いだけだから今でもやれるはずだ。
うん、ボク凄い。魔法万歳。
「頑張って覚えます!」
「頼む!あれは良い物だ!」
「極楽じゃった!金を払ってでも入りたいぞ!」
実験は成功。皆揃って大満足。
ただでさえ貴重なお風呂が贅沢品に。
「サーディス。確か筋肉疲労回復魔法が有ったはずだ。筋肉痛が治る」
「ぬおおおっ!それも欲しい!」
「「欲しい!」」
回復系はまず欲しい。
浴槽を複数用意して広く作ろう。
それと、これは絶対欲しいんだけども。
「ファリス。水魔法に肌の状態を良くする魔法が有る」
「覚えるうううううっ!」
「「欲しいいいいっ!」」
美容関係は必須。これは絶対。
あ、そう言えば知り合いのサキュバスが面白い事を言ってたな。
「床から泡を吹き出すのも気持ち良いって話だったな。風魔法を調整して作ってみるか」
「それも入ってみたい!」
「「うんうんうん」」
「それからシャワーか。んーと、如雨露みたいにお湯を吹き出す奴。体や頭を洗う時に便利」
「何でも作るわよ!」
シャワーはボクも使ってた。あれは欲しい。
石鹸とか垢擦りも常備すれば万全かな。
そこから入浴料を考えるとー…。
「一回三百マルくらい?」
「全く問題ないな。むしろ安いと思う」
「「うんうんうん」」
三百マルなら結構な利益になる。
従業員は男女五人から十人ずつ。
会計以外にも掃除とかして欲しいし。
従業員は入り放題と言えば集まるだろう。
「大工がもう少し欲しいな。新しく来たヒト達も家を持つ事になるし、お風呂屋だって絶対足りなくなるし」
「アーティファクト工房を先送りにしてはどうだろう。担当の大工もアーティファクト作りに慣れただろうし」
「そうしますか。工事が終わるまでにはフィーナも刻印魔法を使える様になっているでしょうし」
「頑張ります!」
ボクの荒稼ぎを考えても先送りにしてくれるのはありがたいかな。
「筋肉疲労回復魔法はどうするのじゃ?普通に構築して間に合うかの」
「サーディス次第。光魔法はほんと無理。発動言語だけで構築出来る程馴染みが無い。むしろ冒険者に頼んで各地のギルドを探して貰った方が早いと思う。どうせ取り戻せるし」
「その方が良かろう」
隣国に行く面々にも頼もう。
効果が限定されてて扱ってるかどうか解らないけど、ボクが知ってるくらいだからどこかには有る。取引が頻繁だったらイルル達を出して場所だけ突き止めるんだけど。
皆が帰るとフィーナと二人きり。
宴会が盛り上がっただけに少し寂しい。
「お茶でもいれようか」
「あ、それなら私が」
「ううん。美味しいお茶のいれ方があるんだ。教えてあげるから見てて」
「はい!」
飲み物にも拘る。子猫ちゃんが喜ぶから。
カップを温めたりいれ方を工夫したりと一手間掛かるけど、それだけでも大きく変わる。
エアリにもかなり喜んでた。
「うわ。美味しい…」
「でしょ。この辺りだと手に入らないけど、コーヒーって苦い飲み物も一手間掛けると美味しくなる。何事も工夫すると変わるもんさ」
魔族の国だとコーヒーが一般的。
お茶も手に入るけどここより高い。
隣町がお茶の産地らしく、それで潤ってるって町長さんから聞いたよ。
融通を利かせてくれてるんで、そのお返しとして鉄の融通を利かせてるんだって。
「フィーナには知っておいて貰おう。町長さんには話した事で、結構な大事だ」
「はい」
魔族の国で起こった事を話す。
ボクと親友の事。アルゴニアの死。親友が魔王になった事で出来た大改革。
ここからはフィーナだけに話す事。
「あいつは脳筋馬鹿だけど、アルゴニアと違って好戦的じゃない。いや、ヒトから見れば好戦的に映るかもしれないかな。アルゴニアみたいにヒトを見下したり、魔族からヒトを攻めようとは考えてないって事。それどころか、ヒトの国と休戦協定を結ぼうとも考えてる」
「魔族から休戦…」
「アルゴニアの馬鹿はヒトを襲い過ぎた。何度も英雄や冒険者に体を滅ぼされても、自己再生を繰り返して無駄にしつこく襲ってきた。それに疲れた魔族が増えるのも無視してね」
周囲が死んでも気にせず侵攻。
側近も馬鹿揃いだから着いていく。
でも他の魔族は別。皆して辟易。
ボクや親友もそうで、だから仲間を集めて反乱軍を結成した。
「もうアルゴニアもアルゴニアの側近も復活しない。魂に至るまで完全に滅ぼした。もう魔族から侵攻する事は無い。そして休戦協定。それを確実な物とする為にボクはここに来た」
「え?」
そう、これが一番の理由。
確かに疲れて落ち着きたいって気持ちは強い。
でも、これこそが最大の目的なんだ。
「魔族にとって時間は問題にならない。幾らでも待てる。だから変わり種のボクがヒトと暮らして魔族を知って貰う。ボクの知識でヒトを栄えさせて、それが可能だと周囲に知って貰う。まだ町。でもいつかは国。そして世界。ボクは魔族とヒトとを橋渡しする為に来たんだよ」
「凄い…。それって平和の為って事ですよね?」
「一時的な平和、が正しいとこかな」
恒久平和なんて有り得ない。
それでも一時の平和は大事だ。
少なくとも魔族は争いから手を引きたい。
好戦的な魔族が出たら、魔族が後始末をつけるべきとも考えてる。
「魔族はヒトより優れてる、なんてのは馬鹿馬鹿しい話さ。確かに力は強いよ。桁外れの力と魔力は優れていると錯覚出来る。でも、そうじゃないんだ。生き物としてはヒトに劣ってる」
「何故ですか?」
「生産行為を軽視しているからさ」
ヒトを襲えば生きられる。
それが出来る力を持ってる。
だからどうした?
「ヒトが編み出した様々な技術を研究してると何時も思う。ヒトの方がずっと優れてる。色んな工夫をして、少しでも楽に生きようと頑張って。食べる物を育てる事も工夫を続けてる。なのに魔族はどうだろう。ヒトを襲って精を吸い取って生きる。それだけで生きてしまえる。それじゃ獣と大差ない」
魔族ってのは、突き詰めると知性有る獣。
何も生み出さず、ただただ浪費するだけ。
「この町の光景を思い出してごらん。ボクが少し知恵を貸しただけで、皆はどんどん繁栄に向かってる。ヒトはそれが出来る存在なんだ。劣ってるのは魔族の方だよ」
最初はボクだけがそう感じてた。
でも親友が同じ様に考え始め、次第に仲間が増えていった。ボクの事を見直してくれた奴は皆そうだ。
「フィーナはハイエルフで寿命が長い。だからボクから卒業するまでに親友を始めとするボクの仲間と会う機会があるかもしれない。でも、出来れば受け入れてやって欲しい。振る舞いは乱暴に見えるけど、根は良い奴ばかりだから」
「はい!」
いつかこの国の王様と会う日が来る。
あまりフィーナを巻き込みたくないけど、手伝いたいと言い出すかもしれない。
他にも苦労を掛けるだろうし、覚悟を決めて貰いたいかな。