01-良い事悪い事-
「皆ー!鉄を掘って来たぞー!」
「「わああああああああっ!!」」
採掘計画を立ててから一ヶ月。少し掛かったけど無事に鉄を採掘する事が出来た。
不慣れな採掘で手間取ったのもあるし、何より採掘権の取得手続きで時間が掛かったからだ。
とにかく鉄をしこたま確保出来た。
これから周囲に出荷し、そのついでに採掘許可を出す事になる。
でもそれは明日からの話だ。
「待ってたぜ!宴の準備は出来てる!」
「いやっほう!楽しみにしてた!」
頑張った採掘班を労う為に町ぐるみで大宴会。
お酒が出来ても採掘班が戻って来るまで皆で我慢してたんだ。
「開けるぜ!」
――シュワアアアッ。
「「おおおおおおおっ!?」」
うん、ちゃんとビールが出来てる。
熟成したと判断してから、倉庫を一ヶ所丸々冷蔵庫にして冷やしてた。ボクも楽しみにしてたんだー。
女性用には冷たい水で割ったピーチ・リキュールとグレープフルーツ・リキュール。
こっちもスピリッツが出来てからすぐ用意した物で、宴会の為に魔法で早く熟成させてる。
「イキシアの新たな一歩と、私達に様々な物を齎してくれているアイラさんに!乾杯!」
「「乾杯!」」
町長さんからの嬉しい音頭。
「「おおおおおおおっ!!」」
そして美味しいお酒で一気に盛り上がる。
よしよし、凄く良い出来だ。
「美味えええっ!こんな酒初めてだ!」
「冷てえのも良いな!凄えくる!」
「お酒と思えない!ジュースよジュース!」
「これなら私でも飲めるわ!」
喜んで貰えて嬉しいし、ほっとした。
好みがあるし、作るのに時間が掛かる物だから気に入られないと丸損だもん。
「こっちも良いな!確かに酒に思えねえ!」
「ああ!気い付けねえと倒れちまう!」
「しゅわしゅわして美味しい!」
「苦いけどこれなら飲める!」
飲んでない方も試し始めたね。
好きな方を飲んでくれ。
「このビール自体にも種類が有るんだ。一工夫だけで黒ビールってのになって、コクが強くなる」
「ちょ、それで済むならそっちも作ろうぜ!」
「飲んでみてえ!」
ここの法なら追加出来るし、これを足掛かりに色々と工夫して行こう。
スピリッツだって工夫すれば色々と変わる。
まだ作ってないお酒も有る。
「酒場はビールに合う料理も考えようよ。こってりした料理なんかが良いかな」
「俺達もそう話してたとこだ。後で知恵を貸してくれよ」
お酒に合う物も用意するべし。
色々と広がって楽しいこと楽しいこと。
お酒の展開、鉄の採掘。
またイキシアに来るヒトが増えてきた。
既にポーションの産地と周辺には知られてて、冒険者の姿も良く見かける。
ギルドにはボクも行くから、最初は思い切り怯えられるんだけどね。役員や他の冒険者が太鼓判を押してくれたり、前以て話しておいてくれるおかげで少し話すくらいで納得してくれるよ。
「面白えなあ。魔族って言ったら、ヒトを襲うもんだとばかり思ってた」
「これまでの所業が所業だから仕方ないよ。ボクが変わり種って言うのもある」
「ほんとアイラさん面白えんだ。何でも性同一性障害ってもんらしくて、見た目は女でも中身は男なんだと。女狙いのサキュバスなんだ」
「だから男を押し倒すのは、ボクにとってホモ行為になるわけよ」
「「ははははははははっ!!」」
ボクの事情はここでも打ち解ける武器になってる。冒険者の殆どが男だからだ。女冒険者にはこう言ってやる。
「そりゃ子猫ちゃんは好きだよ。でもボクは合意の上でしか抱かない。無理矢理押し倒して翌朝に刺されるとか、幾ら頑丈な魔族でも願い下げだ」
「「ははははははははっ!!」」
冒険者が相手だと多少乱暴な物言いの方が打ち解けやすいね。後は色々と情報、特に魔物の倒し方なんかを教えてやれば順応だ。
何回か会う様になった相手にはポーションやネクタルの材料についてもこっそり教えてやる。可愛い子猫ちゃんなら慣れてくれればすぐにでも。
「ありがたいねぇ…。ここのポーションは安いって聞いたから来てみたけど、割引までしてくれるなんてさ」
「他の皆には内緒ね。乱獲されると作れなくなるから」
「解った。一匹にしておくよ」
収穫量も納得してくれるね。
安く手に入るなら守れるって言うし、冒険者の仁義ってのもあるらしい。
おかげでギルドでは落ち着いて過ごせるよ。
後は人口増加に任せての発展なんで、大分時間に余裕が出来てる。
お金を稼ぐ必要は勿論あるけど、発展を助けてくれてるからと町長さんが報酬を出してくれてるから焦らなくて良い。
家もローンを組んで建てて貰える事になって、今は郊外にある丘の上で建設中だ。
目立つ場所だけど、完成したら周囲に木を植えるつもりだよ。
イキシアの町を見渡せるから楽しみにしてる。
「あ。アイラさん。散歩ですか?」
「うん。皆頑張ってるし、まだイキシアの人口だとこれ以上新しい事をするのは難しいからね。家が建つまではのんびりだ」
散歩してると町のヒトから声を掛けて貰える様になってる。本当に打ち解けた。嬉しい。
世間話も悪くないもので、そこから新しい何かを思いつく事もある。アーティファクトだったらすぐ開発したりね。
…おや?
「どうしました?」
「大通りが少し騒がしいな」
「え?あ、本当だわ」
少し歩くだけで街道に繋がった大通りって場所だったんだけど、その大通りが少し騒がしい。
横道に入ってこっそり覗いてみよう。
「なんだろ。罪人かな」
「あれは…。珍しいですね。奴隷馬車です」
ふむ、奴隷馬車。奴隷商人が奴隷を売る為の馬車って奴か。
牢屋って感じの荷馬車にボロボロの服を着たヒト達が何人も詰め込まれてる。
「町長さんがイキシアには入るなって厳しく言ってたはずなんですけど…」
「そうなの?」
「はい。町長さんは奴隷制度が嫌いなので」
成る程、やっぱり良いヒトだ。
魔族としては別に気にならない事だけど、良いか悪いかと聞かれたらボクは悪い事だと思う。
「アイラさんはどう思いますか?」
「悪い事なんじゃないかな。ヒトの命とも言える精を吸って生きてるボクが言うのも変な話なんだけどさ。労働力として売買するのは効率的と思えないから」
ちょっと難しいかな?
とにかく悪い事だと考えてるとは解って貰えたらしい。
あ、町長さんの声が聞こえた。
出て行けとか来るなとか。
「ちょっと行ってくるね」
「大丈夫ですか?」
「こう言う時こそボクかなって」
ここでも一肌脱げそうだ。
変装せずに堂々と出る。
「アイラさん!?」
「なっ!?ま、魔族!?」
よしよし、奴隷商人が思い切りびびった。
先制攻撃としては効果覿面。
「さっきちょっと聞かせて貰いました。奴隷制度がお嫌いとか」
「当たり前だ。ヒトの尊厳を踏みにじる制度なのだから」
「確かに。ヒトの命とも言える精を吸って生きてるボクが言うのは説得力が有りませんが、ボクも奴隷制度には反対です」
「ひっ!?」
正直なところを言えばどうでも良い。奴隷制度に対して憎しみとかの感情は湧かない。
でも理屈では駄目だと考えてる。
「んー。ちょっと任せて貰えます?イキシアに迷惑は掛けないので」
「解った。アイラさんがそう言うなら、きっと何か考えが有るのだろう」
助かりますよー。
これはこれで悪くない話だからね。
ちょっと静観してて貰おう。
「ボクはアイラ。見ての通りサキュバスだ。平和主義者で平和に暮らしたいからここのお世話になってる」
「さ、左様で御座いましたか…っ!私は…」
ああ、いや、お前の名前なんかどうでも良い。
完全に無視して奴隷馬車の方を見る。
「これで全部?」
「え?は、はい。今の商品はこれだけになりますが…」
男三人、女五人。男は労働力、女は慰み者ってところかな。子猫ちゃん達は中々の粒揃い。
いや、と言うか、その中に滅茶苦茶好みな金髪の子猫ちゃんが居る。絶対に成功させよう。
「全員で幾ら?」
「アイラさん!?」
「え。あ、えと…」
町長さんには手だけで制して値段を確認。
んー、やっぱり子猫ちゃんは高い。
ここは魔法の鞄の出番だ。
「エリクシールなら一本でもおつりくるよね?」
「エリクシール!?本物ですか!?」
「何ならおつりは後でも良い。今はこの八人と交換で、本物だと解ったら残りの分で買えるだけの奴隷を連れてくる。どう?」
「是非お願いします!」
回復薬としては最上級のエリクシール。
瀕死状態からでも完全に回復し、魔力も完全回復、更には全ての状態異常まで回復する超高級品だ。欲しがる奴は幾らでも居るし、調合の難易度が高すぎるから市場にはまず出回らない。
これだけは買い手がつかないだろうと最初から解ってたんで、アレス達と出会った時にも見せてなかった。
「あんたんトコに居る奴隷は残り何人?」
「何人かまでは解りませんが、ご要望がありましたら…」
「増やせとか馬鹿な事を言うつもりはない。エリクシールが本物だと解ったら全員連れてきて。別の物も用意するから」
「別の物、とは…」
エリクシールはまだ有るけど温存したい。
イキシアのヒトに何か有った時に使いたいし、同じ物を複数出しても向こうが捌きづらいだろうからね。
そこで、別の物。しかもエリクシール並に入手困難で、少しずつ削っても売れる物を出す。
「お、おい、アイラさん!?」
「何をなさいます!?」
――ザシュッ!
「「うわあああっ!?」」
痛覚を遮断して左の翼を根本からバッサリ。
「サキュバスの翼は媚薬の材料としては最高級品だ。これだけあれば一生遊んで暮らせるだけの金になる。その道の錬金術師に見せれば解るよ。こいつは間違いなく本物だし、残りの奴隷全員分になるんじゃないかな?」
「は、はは、はい!それが本当ならもう!」
ならエリクシールと一緒に渡そう。
少し身体に触れて細工もする。
「悪いけど、今あんたに軽い呪いを掛けた」
「ひっ!?」
「安心しな。死ぬ様な呪いじゃない。ボクの存在を聞かれても話せなくなる呪いだ。ボクに関する事だけ言葉を作れない。どうせ守秘義務とか持ってるクチだろうし気にならないだろ。ボクがここに居るってのは、あんたの流通網に知られるとイキシアのヒトが迷惑するからね」
「は、はは、はい…っ!そう言う事でしたら何も…っ!」
何時かは知られる事だけど、こう言う商人経由ってのは良くない。悪徳商人から接触されるのは面倒だし、せめて国中に広まってからにして欲しい。
商談が成立したんで奴隷を下ろして貰おう。
「さっさと行きな。次にここに来る時が最後だ。以後はここに来るな。他の同業者にも伝えろ。今回は取引したが、次は文字通り地獄に送る」
「は、はぃいっ!すぐに残りの奴隷を連れて参りますぅっ!」
帰れ帰れ。
悪徳商人はここには不要だ。
ちゃんと出て行くまで見張ってやる。
「アイラさん、大丈夫なのか…?」
「ええ。あいつが残りの奴隷を連れてきた後で再生させますよ。翼程度なら貯蓄に影響無く再生出来ます」
「そ、そうか。良かった」
驚かせて申し訳無い。
媚薬の材料になるだけあって、サキュバスの精の結晶みたいな物だ。まあ、ボクだから出来る芸当だったりするんだけど。規格外なんで。
「あ、あの…」
「ちょっと待ってね」
奴隷達が戸惑ってるけど、まだ奴隷馬車が見える。…よし、行った。
「お待たせ。枷を全部外すよ」
「「え!?」」
「おおお!流石はアイラさんだ!」
奴隷を買ったつもりは無い。
彼等の尊厳を買い戻しただけ。
首やら手足やらに鉄の枷を嵌められてたけど全部破壊だ。重かっただろうに、大変だったね。
って、結構重いな。子猫ちゃんになんて真似しやがる。
「これで皆自由。町長さん、彼等の移住に許可を貰えませんか?」
「勿論良いとも!」
「「ああ…っ!」」
恩を売った形だし、彼等ならボクを受け入れるだろ。ギブアンドテイク。ウィンウィン。
「アイラさん、ありがとうございます…っ!」
「俺達の為に貴重な品や大事な翼まで…っ!」
「良いから良いから。この町は今色んな事で盛り上がってる最中でさ。ヒト手が足りないところだったんだ。仕事は幾らでも見つかるから手伝ってよ」
「「はい…っ!」」
「「わあああああああああああっ!!」」
あれ、いつの間にかヒト集り。凄い称賛されてる。他所から来たヒトもだな。ウィンウィンだ。
「当面の居場所はどうするかな」
「私の家に来ると良い。仕事を見つけたら住み込みで働ける様に私から頼む」
「解りました。じゃあ、まずは服を買おうか」
「そうだな。私が出そう。遠慮しなくて良いから、数日分買いなさい」
「「ありがとうございます…っ!」」
うんうん。やっぱり町長さんは話せるヒト。
ボクも着いて行こう。