03-お酒を造ろう-
エアリがちゃんと落ち着いてくれたところで場所探しを再開、とは行かなかった。
町長さんが戻ってきたからだ。
「町長さん、おかえりなさい」
「ただいま、アイラさん。許可を貰ってきたよ」
「「わあああああああっ!」」
酒造許可の認可に出迎えた町民皆で大喜び。
ここからが忙しくなる。
「皆、大麦を収穫!」
「「おーっ!!」」
手が空いてるヒトは収穫を手伝って貰い、その間にボクは酒造法の確認。
町長さんの家にお邪魔しよう。
アレスが居たから一緒に確認だ。
「アイラ。これが酒の法律かい?」
「正確にはお酒を造る際の決まり事だね。年にどれだけ造って良いかとか。んー、思ってたより緩いなー。酒造量くらいかな?」
「うあ。法律が緩いかとかも解るのか」
そりゃあ、魔王の右腕ですからー?
イキシアの為にやって良い事と悪い事をしっかり見極めて儲けに繋げますともー。
「どう緩いのだろう」
「町民なら誰でも造って良いと言うのは緩すぎますね。他の国では個人で許可を取るのが一般的ですし。これが通るだけで荒稼ぎ出来ます」
「本当かね!?」
この国大丈夫なのかなー。
嗜好品の締め付けが緩いのは民衆からすると嬉しい事だけど、堕落の温床になり得るぞー。
「えー。扱う酒類の指定も無しですかー?確認されませんでした?」
「そう言えばされなかったな」
…ほんと大丈夫なんだろうか。
造り方を知らないだろうと高を括ってるとか?
「結局、何がまずいんだい?」
「まず、誰でも作れるって言う時点で危ない。イキシアのヒトが揃って酒浸りはまずいでしょ?」
「う。確かにまずい」
酒ってのは儲かるから、誰だって造りたがる。
造り方を広められたら町民全員が造るに決まってるし、売らずに自分で飲む奴だって出る。
「酒類指定が無いのは、後から違うお酒を許可無く造れるって事。酒造量が一定と言っても、指定が年間だから切り替えも簡単。バカスカ新しいお酒を造って宣伝して稼いで良いってのは正直どうかと思う」
「それで荒稼ぎか」
「ふむ。そう新しく造れる物なのかね?」
「ボクなら今のイキシアで更に十種類のお酒を造れますよ」
「「なにぃ!?」」
大麦主軸で考えたけど、トウモロコシとジャガイモが残ってるし。
「町民全員って時点で規制が無くなるも同然。リキュールの心配どころかミードいけるじゃん。ほんと大丈夫かね」
「そのリキュールとミードと言うのも酒の名前かい…?」
「うん。リキュールは果実酒。蒸留酒って呼ばれる強いお酒に果物を漬け込んで、お酒に果物の味を移した物だ。味を移すだけだから酒造、正確に言えばアルコール作りには含まれないってのが一般説。ミードってのは蜂蜜酒。蜂蜜を加工して造るお酒で、こっちは歴とした酒造になる。でも町民全員が酒造可能って事になると細かい事なんか気にしないで造れって話になるでしょ?」
「た、確かに…」
どれだけ緩いか実際に見せよう。
アレスに頼んで蜂蜜を持ってきて貰う。
「これしか無かったけど大丈夫?」
「十分十分。瓶ごと貰うよ」
残り四分の一って量だったから丁度良い。
その瓶に水を入れる。蜂蜜の二倍から三倍。
「これを一ヶ月寝かせれば完成」
「「はああああっ!?」」
理解したでしょ?
これをやり放題って緩すぎる。
「ま、待ってくれ!それで本当に酒が!?」
「蜂蜜を水で薄めただけだよね!?」
「ブドウと同じで蜂蜜もそれだけでお酒になるんですよ。だから普通は個人に許可を出すんです」
魔法で発酵を早めてみよう。
それはそれでお酒になる魔法と取られるかもしれないけど、見せた方が早い。
「酒だ…っ!」
「酒だよ…っ!」
「こっちでルールを決めた方が良いですね。リキュールを許可すれば大抵は納得してくれますし」
確認して良かった。
きちんとルールを決めて清く正しい酒造を心掛けよう。
こちらの悩みなどどうでも良いとばかりにイキシアの町が盛り上がってる。
既に町内は酒造ブームだ。
「意気込みが強いのはありがたいけど、すぐ出来るって物じゃないんだからね」
「「はーい!」」
楽しみにしてくれてたんだなー。
取り敢えず大麦を二手に分けよう。
「造るのはビールって言う発泡酒、しゅわしゅわするお酒。それとスピリッツって言う強めのお酒の二種類」
「え。子猫ちゃん用に甘いお酒を造るって話じゃ無かったの?」
はい、ファリスさん良い質問。
ここからは皆にとって一番良い話。
「そのスピリッツに果物を漬け込んで、果物の味をお酒に移すとリキュールってお酒になる。ここ注目。スピリッツの購入こそ必要だけど、リキュール造りは規制無し!リキュールなら誰でも好きなだけ作って良し!」
「「おおおおおおおおっ!?」」
良い話でしょ-?
酒造とは見なされないんだよー?
何かあっても言い逃れが出来るように、指定された酒造量から一定量をリキュール用として確保する事にもしてある。抜かりは無い。
隠れた狙いとしてこっそりミードを造れる。
「かなり強いから薄めて飲むと良いよ。節約出来るし、薄めた方が甘くて飲みやすい」
「「おおお…」」
納得して貰ったところで酒造を始めよう。
後でアーティファクトを用意するけど、工程を理解して貰う為に最初は手作り。
「どんな酒になるんだろうな!」
「アイラさんが教えてくれてんだ!絶対美味いって!」
「果物のお酒って気になるよね!」
「色々造りたいよ!」
皆で楽しくお酒造り。
期待一杯って顔ばかり。
大工達も駆け付けてくれたね。
「見てくれ!酒樽だぜ!」
「「おおおおおおおおっ!」」
頼んでおいたんだよ、酒樽。
数も指定してあったけど、ばっちり揃えてくるてる。造りも立派。
「後は酒場用に冷蔵庫だね」
「ああ。今週中には何とかなる」
ビールもスピリッツももっと掛かるから十分間に合う。
後は関連用品の用意かな。
今日の工程を皆が理解してボクの手を離れたところで雑貨屋に行こう。
「おおお?アイラさんじゃねえか。酒造ってるんじゃなかったか?」
「今日は下拵えって段階だし、やり方を覚えてくれたから離れても大丈夫。それに関係して仕入れて欲しい物が有るんだ」
「お。何でも言ってくれ」
最優先はリキュールを造る為の瓶。皆造りたがるだろうから多めに。
「え、マジ?家で作って良いのか?」
「果実酒なら大丈夫なんだ。沢山必要なのも解るでしょ」
軽く説明すれば沢山仕入れてくれるはず。
それと角砂糖も大量に。これもリキュールを造る時に必要で、果物と一緒に漬け込む物。
「宣伝するから、少しずつでも確保して。角砂糖も保存が利くから少しずつで良い」
「任せろ。こりゃ稼ぎ時だ」
発注したら今度は買い物。
蜂蜜を買って魔法の鞄に放り込むのだ。
酒造初日を無事に終えたら町長さんとアレスのパーティを集めて帰宅。
今後の事を話したいし、酒造初日の打ち上げもしたい。
「それなら私の家でも良かったのではないか?」
「エアリには悪いんですけど、これで驚かせたいのもありましてね」
「「え?」」
「ああ、成る程」
エアリの家にした理由は買ってきた蜂蜜を見せれば一発。
出した以上は早速取り掛かろう。人数分のコップも用意してあるから水を汲んで蜂蜜投入。
「ねえアイラ、何やってるの?」
「まだ内緒」
入れ終えたら魔法を使わず魔力で直接発酵を促進する。こう言う事は驚かせるに限るのだ。
今後の事を話している間に出来るでしょ。多少調整もするし。
「まずは町長さん、本当にお疲れ様でした。これでイキシア全体で見て繋がったと思います」
「ありがとう。しかし、繋がったと言うのは?」
前に魔法薬工房で話した事を町長さんにも。
今は魔法薬産業がヒトを集めてるけど、出来れば需要が落ちない物で軌道に乗りたい。一番良いのは食べ物で、材料が収穫出来ればデザートも主力として考えられる。だからそれまでの繋ぎとしてお酒は最適だった訳だ。
各産業で見るとまだまだだけど、イキシア全体で考えると繋がったと言える。
「そこまで考えていてくれたのか…」
「折角受け入れて貰えたんですし、それなら良い暮らしも目指そうかなと。ぐーたら生活がしたいって話したじゃないですか。これもその一環ですよ」
町民の働き具合も現状は適度。
大変な時はボクや冒険者勢が居るから、雑用をさせるって後ろめたさを抜きにすれば問題無い。
一先ずはここで町興しに区切りを付けて、各産業が軌道に乗る事を目標としつつ更なる基盤を造っていきたい。
「更なる基盤…?」
「人材育成ですよ。ちょっとした学校みたいな物を設けて皆に魔法を教えようかなって」
「「えええっ!?」」
「良いのか!?とてもありがたい話だが!」
ここで初めて聞いた町長さんやファリス、サーディスが仰天。でも無理は無い。
ヒトの間では魔法を教える学校が無いと調べがついてる。
魔法使いにせよ神官にせよ、基本的に誰かに弟子入りする事で基礎を学び、魔法は師から教わったりギルドで購入するのが一般的らしい。
強大な力だから安易に広まるのは良くない、なんて善良的な考えはどこにも無く。
素質の問題や利権の問題が門を狭めているのが現状だ。
ちなみに故郷では将来的に国営の学校を建てる事になってる。主にヒト用だけど。
「折角皆が魔法を使える様になったんです。生活に役立つ魔法くらいは覚えても良い。ボクとしても魔力関連の研究になりますしね。まあ、ファリスとサーディス次第でもあるんですけど」
「私!?」
「ワシも!?どう言う事じゃ!?」
どうもこうも無いって。
ボクだけで町長全員に授業とか無理。
「ボクの研究を手伝うついでに先生やってくれ。特にサーディス。神官の光魔法はボクの管轄外。相性悪すぎて教えるどころじゃない。光魔法の基礎は完全に丸投げする」
「わ、解った!」
「構築理論は多分四属性魔法の物を流用出来ると思うから、その辺りも含めてファリスと覚えて。ボクの研究記録を読めば何とかなると思う」
「解ったわ!何でもやる!」
それじゃ引っ張り出そうか。
魔法の鞄を開けまして、と。
はい、中から更に別の大きな鞄ー。
「ぬおおお!?」
「ちょっと!?こんなに!?本当に良いの!?」
大きな鞄から分厚い本が出てくる出てくる。
一先ず必要そうな物だけにしようか。
「どれだけ研究しているんだ…っ!」
「十年二十年じゃ利かねえだろ…っ!」
「片手間にやってたから魔法は三百年くらい」
「「三百年!?」」
実際にはもっと少ないはず。多分。
「え、アイラ、歳いくつ…?」
「五百まで数えてやめた」
「それなりどころじゃないし…っ!」
魔族の感覚だとそれなりの長さになる。
アルゴニアとか千年以上生きてやがったし。その内の半分くらいは勇者だの英雄だのに倒されて自己再生に費やしてたけど。
「これでも一部なんで、そろそろ家を建てて書斎を持とうかなって。予算があれば授業が開けるだけの研究室もと思ったんですけどね」
「い、いや、待ってくれ。そう言う事なら町で建てさせる」
「自分の家でお金を出して貰うのは趣味じゃないんで不要ですよ」
「ううん。アイラの考えは解るけど、せめて研究室くらいはこちらで出すべきだと思うよ。学費は取るつもりかい?」
学費は取るつもりが無い。故郷で建てる学校より授業内容が薄いからだ。
今の町民までしか面倒を見ないつもりだし、学費を取る程じゃない。
「ならさ。その学費分と言う事で出させてよ。教えてくれる報酬として、皆が学び終えた後はアイラに自由に使って貰うと言う事で。迷惑料なら今までお世話になった分で十分だし」
…成る程、それなら納得も出来るかな。
ここは素直に甘えさせて貰おう。
「じゃあ、それで。すみませんね」
「何を謝る事がある。こちらの方が良い思いをさせて貰ってばかりなのだ」
「「うんうん」」
ボクとしてはこれまで得た知識の実践って程度なんだけどね。魔族側では通用したから、ヒト側はどうだろうって程度。
でも、助けて貰ってばかりなのは悪いって気持ちも解る。
「うーん。まだまだ試したい事が一杯有るんですけどねえ」
「本当に凄いな…。まだ有るのか…」
冒険者の訓練も話そう。
これもやっぱり場所を用意してくれるって流れになり始めた。ただ、これには閃いた事が有る。
「ギルドにお願いして、部屋の一つを空間魔法で訓練場にしたらどうかなって。これなら魔族に鍛えられてるってバレずに済みますし」
「もう言葉が出んよ。そこまで配慮してくれるなら何も言えん」
空間魔法って手があった。
これなら訓練場だけで無く、攻撃魔法の実験場や弓の射撃訓練場も作れる。
「それに関連して確かめたい事が有ります」
そして新しい提案。
軽く確かめたところで話を終わりにしよう。
「そろそろ出来たかな。はい皆、今日はいつもお疲れ様。美味しいお酒で乾杯といこう」
「「はああああっ!?」」
ミードが出来た。今回は少し甘め。
甘さを調節出来るのもミード作りの楽しみ。
「お酒を造る魔法!?」
「ううん。ミードってお酒なんだけど、蜂蜜は水に薄めて寝かせるだけでお酒になるんだ。確実に成功させるにはもう一工夫必要だけど、そこを魔法で補った。寝かせる時間も魔法で短縮。とにかく乾杯しよう」
今のイキシアを支えてる皆の頑張りに乾杯だ。
…うん、中々に良い甘さ。
「美味しい!甘くて飲みやすい!」
「信じられない!本当にお酒だわ!」
「凄え…っ!ほんと何でも知ってるな…っ!」
「ふおお…。これは美味いのお…」
まだ蜂蜜は残ってるし、残りは普通に仕込んで寝かせよう。一工夫は必要になるけどね。
さっきのとは少し違う味わいに町長さんもアレスもご機嫌。
「こっそり作り置きしたくなるね」
「ああ。確かにアイラさんが言った通りだ。リキュール分の余剰で作ってしまうか」
やっぱりそう思うよね?
四人にも酒造規則を話してしまおう。
「そりゃ作るでしょ」
「作るわよ。簡単過ぎるし」
「アイラ、その一工夫を教えてくれ。俺も作りてえ」
「ワシも頼む。これは美味い」
そうなるよねー。
酵母を少し追加するだけだし、パンを作るのに必要な物だから雑貨屋に行けば手に入る。
ちゃんとした作り方を教えてこっそり楽しもうじゃないか。