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淫魔さんの人間暮らし  作者: 仲田悠
第二話「淫魔さん、町興しを頑張る」
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02-同居人の怒り-

 物凄く怒られた。エアリに。

「お待たせ。これで機嫌を直してよ」

「わーい!いただきまーす!」

 アイスのお披露目に呼ばれなかったのが気に食わなかったらしい。

 急いで材料を買いに行き、作ってあげて漸く笑顔を見せてくれた。ボクとした事が迂闊。

「美味しい…っ♪滅茶苦茶美味しい!」

「それは良かった。ほんとごめんね。次に美味しい物を披露する時はエアリも呼ぶよ」

「うん!アイラが広める料理って何でも美味しいんだもん!」

 子猫ちゃんのご機嫌取りは必須。絶対。

 これまでに幾つかデザートを広めてきたけど、その全てのお披露目に参加してたもんね。

 次からは気を付けよう。

「今日も色々回ってたみたいだけど、また新しい何か?」

「うん。お酒造ろうと思って」

「お酒の造り方も知ってるの!?」

 ふっふっふ。博識だろう。

 魔族の間では変わり者でも、ヒトの間では物知りさんと重宝されるから最高。ちやほやされるの大好き。

「今有る素材で美味しい何かをと考えたらお酒かなーって。甘いお酒も造るよ」

「飲んでみたい!甘いお酒なんて飲んだ事無いよ!」

 果物の産地でたまに見かけるくらいかな?

 殆どの地でお酒って葡萄酒のイメージが強い。

「やっぱり子猫ちゃん向けだから覚えたの?」

「だよ。お酒だって気付かずに倒れるまで飲むくらい飲みやすいの」

「あはははっ。アイラらしいーっ」

 勿論合意を得た上で飲ませてるからねっ。

 そう言うところはしっかりしてるからっ。

 ほんとだよっ。

「でもほんと、色んな事を知ってるよね」

「それなりに長く生きてるからね。だからって子猫ちゃん向けの知識だけじゃないよ。どちらかと言えば、覚えた事を子猫ちゃん向けに調整する事の方が多い。その証拠に裁縫とか細工仕事はからっきし。楽器も弾けない」

「あ」

 比較対象としてはインキュバスになるけど、知り合いのインキュバス達は楽器や細工仕事を得意とする奴が結構居る。

 ちなみにサキュバスは基本的にそう言う事はしない。色仕掛けが上手ければ良しだし。

「まあ、そのインキュバス達にしたって相手の気を引く為の何かを覚え始めたのはボクの影響なんだけどね」

「そうなの?」

「そもそも淫魔はそんな努力しないってー。基本的に怠惰な種族だしー。口八丁で口説き落とすか色目使ってもたれ掛かるだけで良いんだもん。でなきゃ押し倒す。何かやって気を引く必要なんてどこにも無い」

「あー。淫魔って言うとそんなイメージだよね」

 普通の淫魔はそうなのですよ。ボクは異端者。

 そんなボクの影響を受けたのは、やっぱり親友が魔王になった、或いはなりそうと踏んだから。

 無理矢理押し倒すのは良くないと考える様になったからだ。…それでもサキュバスは無関係。

「サキュバスは楽で良いよなー。男なんてチョロいもんだし。ボク自身チョロいと思うし」

「あははははははははっ!アイラも一応サキュバスでしょーっ!」

 中身が男じゃなければ、とたまに思う。

 あくまで相手を見つけるのが楽って点でのみ。

「そんなボクだから知識と言う武器を沢山集めてきた訳よ。ノンケの子猫ちゃんを口説く時とか凄い役立ったし」

「あははははははははっ!も、駄目…っ!お腹よじれる…っ!」

 切実だから、ほんと。知識は偉大。努力万歳。

 結果的に自分の居場所を良く出来てるしね。

 故郷の改革でも猛威を振るったと自負出来る。


 町長さんが帰ってくるまでは暇。あ、いや、色々と回る必要はあるんだけど。ある程度は自由に動ける時間が出来てる。

 そこでアレスとフレキに声を掛け、周囲を散策して見る事にした。

「急にどうしたの?」

「そろそろ家を建てる場所を探しておこうかなって。いい加減、エアリの家で居候を続けるのはマズい」

「「んん?」」

 こらこらこら。何でそこで首を傾げるかね。

 お前等は一番早くボクを理解したクチだろう。

「可愛い子猫ちゃんと同じ屋根の下で二人きりとか生殺しも良いところだろ…っ!」

「はははははははははははっ!」

「た、確かに、そうだろうけどよ…っ!」

 今は首輪が外れて自由の身なんだぞ?

 それで生殺し状態とか辛すぎるっての。淫魔なだけに尚更だから。

「貯蓄はどうしたの…っ!」

「あのなアレス。考えてもみろ。自家発電して賢者モードになったとしても、そこに無防備な子猫ちゃんが飛び込んで来て普通にしてたらどうだよ?」

「「ぶふぅっ!」」

 それで耐えられるのか?

 いや、男として耐えて良いと思うのか?子猫ちゃんに失礼じゃないか?

「その貯蓄も貯蓄だ。気に食わない連中を黙らせる為に搾り取った物の塊だぞ。幾ら上質な精だからって限度ってものが有る。脂が乗りに乗った肉を胸焼けするまで食ってみろって。いい加減にデザートの一つや二つ食いたくもなる」

「も、ほんと、アイラ最高…っ!確かにそうかもしれない…っ!」

「いちいち面白え例えで言うんじゃねえ…っ!」

 直接的に言うよりはマシだろう。

 そのくらいの節度は持ってる。…と、思う。

 それはさておき。

「出来れば森の中が良いんだけど、一番近いのがバニラの森なんだよね」

「あー。栽培が難しいって話だったね」

「女が喜びそうな場所だとは思うが」

 一番近いバニラの森は出来るだけそのままにしておきたい。栽培が難しいから下手に植え替えると大変な事になる。

 次に近い森はイキシアから結構離れる。これはこれでイキシア的には良いのかもしれない。ボクが離れた方がヒトは集まるし。まあ、どちらにせよ行き来はするから何時かはボクと会うんだけど。それなら近い方が良い。

「仮に森の中に建てるとして、どれくらいの家にするつもりだ?森の中だとハーレム作るだけの広さにならなくねえ?」

 む、フレキ鋭い。確かにそうだ。

 んー、家の大きさかー。

「魔法の鞄に込めてる空間魔法を使えば広さだけは解決するけど、窓が無くなるんだよなあ」

「魔法万歳な話だな」

 窓が無いのは駄目。ハーレムには窓が欲しい。

 子猫ちゃんとの爽やかな朝を迎えるには窓が必要不可欠。うむ。

「出来れば研究室も欲しい。落ち着いてきたら希望者に魔法を教えようと思っててさ」

「本当かい!?」

「マジ!?ちゃんと教わりてえんだが!」

 二人もそう言うだろうと思ったし、何よりファリスとエアリがね。サーゲイトは悪いけど無理。神官の光魔法は管轄外。と言うか相性悪くて使えない。光魔法は魔族の天敵。

「それなりの広さの庭も欲しいかな。冒険者を鍛える運動場」

「「鍛える!?」」

 これから平和になる、と言う事は。

 イキシアを拠点にしている限り強くなりにくいと言う事で。

 何かあった時に困るから、最低限の力を維持出来る様に相手をしようとも考えてた。

「え。魔法使わなくても戦えたのかい?」

「得意じゃないけど、アルゴニアの側近をエナジードレインで喰らい尽くすくらいは戦えるよ」

「英雄レベルじゃないか!」

 親友に比べるとひ弱だから胸を張れない。

 それでもそこらの英雄よりは強いと自負する。

「とは言え、やっぱそれじゃ森の中は無理だろ」

「かなー。んー、何削ろう」

「むしろ削らないでくれ。研究室も庭も俺達からすりゃ頼んででも付け足してえ」

 喜ばれるなら残したいな。

 そうなると、先に家の大まかな広さを弾き出してからの方が良いか。

 大工に相談してみようかね。


「屋敷だね」

「屋敷だろ」

「屋敷だわー」

 この町一番の大工に相談してみた。

 結果、お屋敷になりました。これは辛い。

 場所以上に費用が辛い。どうしよう。

「町長とも相談した方が良いんじゃねえか?魔法を教えてくれたり冒険者を鍛えてくれるんだろ?それでアイラさんだけ金払うのはマズいって」

「いや、自分の家でお金を出して貰うのは趣味じゃないんだ。教えたり鍛えたりってのも迷惑料みたいなもんだし。幾ら皆が受け入れてくれたからって、それに甘え続けるには事が事なんでね」

「「ううむ」」

 学費や訓練費は迷惑料と相殺。

 今イキシアに住んでたり拠点にしてるヒトまでが対象だけど。そこまでは面倒を見れる。

「ならよ。研究室と訓練場は別に用意するってのはどうだ?」

「それなら訓練場として用意しなくても良いし、研究室は資料の管理の問題で切り離せない」

「「あー…」」

 だから一纏めで考えたい。

 んー、妥協案として…。

「先に居住場所と書斎だけ作って増築かなー」

「ふうむ。となると、ここを削って庭も無しにして…こうか?」

「うん、そんな感じ。あー、ハーレムも削ろう。どうせまだ独り身だし」

「「ぷふっ」」

 後で増築しても見栄えが悪くない形で必要最低限の家を建てる。

 研究室も削って、まずは資料を保管するだけの書斎にする。

 ハーレムは後で良い。子猫ちゃん居ないし。

 これならまだ何とか?

「後は材料次第だな。何か希望は有るかい?」

「一番良いのはレンガなんだけど、レンガだとどれくらい掛かる?」

「そうだなあ…」

 んー、レンガ造りだと厳しいか。

 出来るだけレンガにしたいんだけどな。

「何でレンガなんだ?」

「魔法を込めやすい素材を練り込めるからね。防音とか断熱とか、壁が薄くても良くなる」

「「成る程!」」

 これも故郷で広めてて大好評。特に淫魔。どんなに激しい夜でも大丈夫。防音万歳。

「なら、ちと引き直そう。壁の厚さを削って良いならもう少し抑えられる」

「お願い。何なら強度も魔法で補う」

「おっと。そりゃかなり抑えられるな」

 魔法万歳。アーティファクト万歳。

 こう言う時にこそ魔法は使われるべき。

 成功すれば他のヒトの家も良くなるかもしれないし。

「よし、これでどうだ」

 うん、これでいこう。

 納得したところで場所探し再開だ。


 また物凄く怒られた。やっぱりエアリに。

 しかも飛び蹴り付きで、機嫌が直らない。

「落ち着いてエアリ。アイラはエアリの事を考えているから家を建てると言っているんだ」

「そうそう。それに最初から郊外か近くの森でって話になってたじゃんか」

「そんなの知らない!」

 ボクとしては家を建てる事前提で居候させて貰ってたつもりなんだけど、エアリは違ったらしい。

 大工から家の事を聞いて飛び出し、場所を探してるボクを見つけて蹴り飛ばしてきたんだ。

 家の事について何も話さないでいたのが気に障ったみたい。ここは素直に詫びるべき。

「黙ってたのは謝るよ。フレキが言った様に元々町の外で暮らすつもりだったから、エアリも解ってくれてると思い込んでたんだ」

「そんな事ないもん!」

「ごめんごめん。ちゃんと話し合おう」

 ここで機嫌を損ねる理由は慎重に確かめる必要が有るね。場合によっては嬉しい理由だし。

 場所探しを諦めて町に戻り、定食屋に寄ってアイスを食べながら話し合い。

 餌付けと言われても結構。こう言う時はデザートを食べながらの方が多少なりとも落ち着いて話せる。

「ボクがエアリの家を出るのは嫌?」

「嫌!」

 即答。うーん、かなりご機嫌斜め。

「ボクの家に毎日遊びに来るとかじゃ駄目?」

「駄目!」

 また即答。嬉しい流れになってきてはいるけども。まだ確定とは言えない。

「あの家じゃなきゃ駄目?」

「そうじゃ、ないけど…」

 ふむふむ、成る程。

 また嬉しい流れに近づきつつある。

「じゃあ、エアリも一緒に引っ越す?」

「ほんと!?」

 も、もう一声。もう一声あれば万歳。

「それは構わないんだけど、ボクの家に引っ越すって事だからね?遠慮とかしなくなるよ?言ってる意味解るかな」

「う」

 あぁぁぁ…。万歳出来なかった…。

 つまり、あれだ。

 ボクに惚れたんじゃなくて、一人になるのが嫌だから機嫌を損ねたんだ。

「一人は寂しいか。そうだよね」

「うぅ…」

 それはそれで気持ちが良く解る。

 今まで一人だったのに、一度誰かと楽しい時間を過ごして、また一人に戻る。それは寂しい。心細くもある。ボクも良く味わった。

 だからと言って、そのまま一緒にと言うのはお互いの為にならない。

「とりあえず落ち着こう。エアリの気持ちは解ったから。まずアイス食べよう。溶けちゃうし、冷たい物を食べれば少し落ち着くと思うし」

「うん…」

 やっぱりアイス正解。気持ちを切り替えよう。

 エアリと同じペースでボクも食べる。

 食べ終わるのを待ってから続きだ。

「前にもエアリと話したけどさ。男って結構チョロいもんなんだよ」

「「ぶふぅぅっ!」」

 おいこら、外野の二人。紅茶を吹き出すな。汚いだろう。

「落ち着いて思い返してごらん。ボクじゃなかったら、ボクに惚れたエアリが別れないでと言った様に勘違いしてたかもよ?」

「あう」

 怒って冷静さを失ってたから気付かなかっただろうけど、そう勘違いされても不思議じゃない流れと勢いだった。

 だから嬉しい流れになりそうと期待もしたし、慎重に確かめるべきだと落ち着きもした訳で。

「…ごめんなさい。確かにそうかも」

「うん。ボクはそれなら良い、と言うか嬉しいと思ってた。エアリは可愛いし、ボクの事を知った上での事なら喜んで歓迎する。でも実際は違う訳でしょ?」

「うん…」

 何かもう、慕われてるのが心底嬉しかったり、キッパリとフラれた事にショックだったり、内心では物凄く複雑な感じ。いや、ショック。ショックの方が大きい。畜生、フラれた。

 何でインキュバスに生まれなかったボク。

「ボクはサキュバス、魔族だ。それもサキュバス一の変わり種。ただでさえヒトと相容れない存在なのに、そんな魔族の中でも爪弾きにされる様な奴がボクだ。今はまだ良いよ。イキシアの皆は本当に優しくて、ボクをちゃんと受け入れてくれた。だから今はエアリの家に居候しても解って貰える。でもその先は?」

 外から来る旅人、商人、冒険者。

 外から引っ越してくる新たな隣人。

 そして、それ以上の来客だって可能性が有る。

「いつか、ボクの存在は善かれ悪かれヒトを呼ぶ事になる。変わり者の魔族を見たがるヒト。魔族だからとボクを狙ってくるヒト。そんなヒト達がエアリを、そしてイキシアのヒト達をどう見るか。ただ変に見るだけならまだ良い。良くはないけどまだマシだ。ボクの同類と見なしてイキシアのヒト達まで狙ってくるよりはずっと良い」

「っ!そんな!」

「幾らなんでもそれは無えだろ!」

「本当にそう思うかい?」

「「うっ」」

 だからボクはイキシアのヒト達に受け入れて貰えた時から、皆を守る義務を負った。

 イキシアの繁栄に貢献する事もその内に含まれる。狙えない規模まで繁栄させれば違うアプローチが有るはずだから。

 そこまで見えているからこそ、それでもここで暮らすと決めたボクは筋を通さなきゃいけない。

「寂しい思いをさせるのは悪いと思うよ。でも、これが外に家を建てる理由だ。それでもボクと暮らしたいなら。恋人じゃなくてもボクと暮らしたいと言うなら、ボクは同居人として歓迎しよう。それはボクと言う存在を受け入れてくれていると言う事でもあるからね。まだ場所を探してる段階だし、ゆっくり考えてごらん」

「うん…」

 同居人として一緒に、は正直辛い。自分の家で生殺し状態が続くのは本気で辛い。とは言え、受け入れてくれた証だから我慢出来る。辛いけど。

 まだ時間が有るんだし、ゆっくり考えて貰うとしよう。

「…先に帰るね。アイスありがとう。それと、蹴り付けてごめんなさい」

「気にしないで。それだけエアリがボクとの時間を大切にしてくれてるって事なんだから」

「ありがとう。じゃ…」

 …ふう。

 エアリの姿が見えなくなったらテーブルに突っ伏す。辛い。辛い。辛い。

「うぅぅ。ばっさりフラれたぁ」

「「ぶふぅぅっ!」」

 くそ、だから紅茶を吹き出すな。今度は思い切り掛かったじゃないか。

 傷心のボクに何て真似をしやがる。

「それさえ無ければ凄い良いヒトと感動出来たのに…っ!」

「俺の感動を返しやがれ…っ!」

 そんなの知るか!

 くぅ、涙が止まらないっ。

「キッツいよぉ。自棄酒飲めないぃ。またエアリに心配掛けるぅ」

「それは流石に同情するよ」

「同情ものだ。アイラ、お前は悪くない」

 帰るまでに気分転換しよう。

 何とかして気持ちを切り替えないと。


 経験上、こう言う時に何かしても上手く行く事は無いと解ってる。

 だから場所探しを諦め、アレスとフレキとも別れて一人で町の外れをぶらぶら散歩。

 ちょっと今は誰とも会いたくないなーなんて考えた矢先だ。

「アイラ。大丈夫?」

 会っちゃったよ。ファリスだ。

 会ったと言うか、ボクを探しに来てくれてたっぽい感じ。

「あー…。良い歳して情けないとは思うんだけどねー…。ちょっとした事で落ち込んでるー…」

「エアリやアレス達から聞いたわ。エアリが酷い事を言ったみたいね」

「酷いとは思わないかなー…」

 どう言う形にせよ、ボクに好意を抱いてくれるのは嬉しい事だ。

 エアリの気持ちを考えれば酷いとは言えない。

「子猫ちゃんに引き留められるのは久しぶりだったから反動が大きかっただけさー…」

「それで済ませてくれるんだから大人よね」

 そりゃ、それなりに長く生きてますし。

 ヒト相手じゃ軒並みロリコン呼ばわりされるくらいは生きてますし。

 アルゴニア殺しに時間が掛かりすぎて、独り身の期間が長かったのが痛かった。

「悪い事したなぁ…」

「エアリに?何で?」

「あ、いや。昔フッた子猫ちゃんに」

「はあ?」

 いきなりの内容にごめんなさい。

「その引き留めた子猫ちゃんさ。本格的にアルゴニア殺しに乗り出すんで、危険だからと別れたんだ。結果的にはそれで良かったんだけどね。決戦の時はほんと酷くて、敵も味方も大勢死んだから。彼女を連れて行ったら絶対死なせてた」

 反乱軍の決起直前。

 反乱中に良い相手を見つけて、今は幸せに暮らしてるらしい。だから結果的には良かった。

 でも、置いていった後味の悪さはちょっと。

 今回は振られる側になったけど、あの時と重なったからショックが大きいみたいだ。

「エアリが一緒に引っ越すって言い出したら、本当に同棲するの?」

「するよ。部屋増やす事になるけど」

「それで良いの?」

「エアリがそう選んだなら受け入れるさ。ボクを受け入れてくれたんだから」

 その気持ちは変わらない。

 エアリが選んだ事ならどちらでも歓迎する。

「出来れば先を見て考えて欲しいけどね。状況以前に将来設計で」

「どう言う事?」

「ボクが彼女作ってもエアリは普通に暮らせるのかね?」

「…あ」

 さっき話し損ねたけど、ここも重要。帰ったらちゃんと話そう。

「と言うか、エアリも彼氏作った時の事を考えて欲しいかな。ボクより先に相手見つけるってのは良いけど、それでボクの家で同棲とか辛い」

「それは辛い」

 むしろこっちを話すべきだったか。

 何とか帰る気になれた。

「ほんとにもう、何時まで経ってもエアリは子供なんだから…」

「それはそれで可愛いじゃない」

「限度が有るわよ。…って、そっか。まだちゃんと話してなかったわね。私とエアリはハーフエルフなの。あれでエアリは私と同じ六十二歳」

 …は?

 なにぃいいいっ!?


 あー、うん。落ち着いた。

 帰ってすぐにエアリと向き合う。

「はい、エアリ。お座り」

「え。う、うん」

 そこに正座。

 確かに可愛いにも限度が有った。

 いや、だからと言って怒るつもりは無いけど。可愛いは正義だし。

「さっき言い忘れてた事があってね。一緒に引っ越すのは良いとして、どっちかが恋人を作った場合もそれまで通り暮らせる?」

「うぐっ!?」

 うん、少し大人になろう。

 後になって話すボクもボクだけど。

 だから口にはしないけど、大人になろう。

「ボクより先にエアリが彼氏を作ったとする。ボクの家で彼氏と同棲?」

「う、うう…。ごめんなさいぃ…っ!」

 宜しい。これで解決。

 やっぱりこれを先に言うべきだった。

「まあ、まだ先の話だ。それまではお邪魔させて貰うし、引っ越しても泊まりに来れば良い」

「ううう…。そうする…」

 どの道来る事になる。

 研究室や訓練所の事も話そう。

 勿論正座は終わり。普通に寛いで話す。

「ちゃんと教えてくれるの!?」

「うん。冒険者生活で役立つ魔法も教えていくつもり。だからボクの家に来る頻度は高いよ」

「やった!アイラ大好き!」

 こらこらこらこら。

 そう言うのが駄目だって言うのに。…悪い気はしないし解ってるから黙ってるけど。

「あー、それと、ファリスから聞いたよ。ハーフエルフだったんだね」

「あ、うん。そう言えば話してなかったっけ」

「ボクも聞かなかった、と言うか聞かない事にしてるからね。ボクからすりゃ種族の違いなんて小さい事だから」

「それは魔族だから?」

「ううん。ヒトも魔族も関係無い」

 それでも確かめたのは、ファリスが話してくれたと知らせる為と、種族的な事情を解ってて気にしないでいると知って貰う為だ。

 異種族恋愛って言うのは良く問題を起こす。

 当事者は勿論、その子供にも影響が及ぶ。

 ハーフだからと迫害されていたのだとしたら、エアリが寂しがり屋だったり子供っぽかったりするのも察しがつくし、そうでなくとも無理矢理そうだと納得出来る。

 何故なら、ある意味でボクもそうだからだ。

「ヒトと魔族の違いは何か。それは何を食べて生きているかだ。ヒトは食べ物。魔族は生き物の精を食べて生きる」

 魔族側の考えとして、ヒトと魔族の違いはそう定義されてる。

 ヒト側はもう少し曖昧の様だけど。

「あれ?じゃあ、オークとかゴブリンは?肉とか食べてたよね?」

「あいつらは魔物。多少の知恵を持っていても、ただ襲うだけしか脳が無いケダモノは魔物に分類されてる」

 魔物と魔族の区別が微妙についてない。

 冒険者ギルドに出入りしていて気付いたよ。

 普及が面倒だから指摘しないでいたけどね。

「精を食べていても種族として確立されていないのも魔族じゃない。一部のアンデッド系とか」

「え。アンデッド系も違うの?」

「そもそも生き物じゃないから。魔族は歴とした生き物だよ。何かを食べて生きる。相手を見つけて子供を作る。そして死ぬ。こう大雑把に括ればヒトと同じ」

 そうなるとオークやゴブリンも同じになってきそうだけど、連中はちょっとオツムが足りない。

 もう少しオツムが良くなったら魔物呼ばわりを止めてやろう。

「ヒトの中に色んな種族が居る様に、魔族の中にも色んな種族が居る。ボクは淫魔。エロい魔族。他にも夢専門の夢魔とか、血を媒介に精を吸う吸血鬼とか。どれもヒト側で有名なんじゃないかと思うけど、そんなヒト側が一括りに魔族と呼びやすいのが悪魔族」

「悪魔族?」

 魔族の中の魔族、と呼んでも差し支えない程の力を持った種族だ。

「徹底的に力に特化した魔族でね。アルゴニアも悪魔族だし、魔王になったボクの親友も悪魔族。悪魔族に比べたらボク達淫魔なんて下級魔族さ」

「アイラより強いなんて想像出来ない…」

 あ、いや、そこは少し違う。

 アルゴニアの側近も悪魔族なんで、それをさくっと殺してるボクはサキュバスとして規格外だったりする。

 言いたい事から更に逸脱するんで言わないでおくけど。

「魔族の国で暮らしてるヒトも居るんだよ」

「そうなの?奴隷とか?」

「ううん。レプラコーンとかそうだね。ドワーフみたいに手先が器用な種族。強面の悪魔族に武器を作ってビクビクしながら渡す、とか臆病なんだか度胸が有るんだか解らない奴等だ。他にも魔族と上手く付き合ってるヒトが居るよ」

 思い付く限りの種族を挙げていこう。

 ボクは故郷で暮らすヒトからの覚えはかなり良くて、色々な改革に喜んで貰えてる。弟子の殆どがヒトって事も大きい。

「だんだん訳が解らなくなってきたでしょ」

「う、うん」

 いきなり色々な種族の事を一度に聞かされたら混乱するよね。

 でも、それで良いんだよ。

「だから面倒なボクはこう考えた。皆同じ。種族の違いなんてどうでも良い」

「あ」

 開き直って皆同じと考える。

 そうすればハーフだろうが気にならない。

「少なくともボクはそう考えて相手と接してる。この考えに頷いてくれるヒトとは長く付き合える。多少離れても問題ない。絆はちゃんと残る」

「絆、かぁ」

 そして、同じ境地に至ったヒトとの絆は強い。

 ボクの親友や、共にアルゴニアと戦った仲間達がそうだから。

 離れていても絆は残る。ボクはそう信じてる。

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