01-下着とお酒と-
イキシアの町にお邪魔する事になってから一ヶ月が過ぎた。
まだ一ヶ月とは言え、ポーションなんかのアイテムや名産品になったデザートのおかげで少しずつだけどヒトの行き来が盛んになってる。
これからもっとヒトが来ると思うと、色々な事を頑張っていかないといけない。
ボクの活動範囲が街道に繋がった大通りから離れてるのは大助かり。今の内に動けるだけ動くべし。
最優先はこれ。
「はい、アイラさん。試着してみて下さい」
「ありがとう。下着だけは女物じゃないと駄目だから困ってたんだー」
すっかり打ち解ける事が出来たイキシアのヒト達にはボクの事情を話してある。
見た目は女、中身は男。
思い切り驚かれたけど、それも今ではすっかり落ち着いてる。
そんなボクでも下着だけは女物を着ないといけないんで、仕立屋に特注で用意して貰ったんだ。
「おー、ぴったり。助かったよー」
「どういたしまして。中身が男って言うのも大変なんですね」
「ボク自身より周囲がハラハラするんだよ。ブラ無しで歩くと周囲の方が面食らうし」
「ぷふっ!」
なんて切実な悩みなんかも笑って貰える様になってる。いや、ほんと切実なんだけど。
サキュバスの意地と言うか実益的に考えても下手な下着を着けられないし。ダサい下着だと子猫ちゃんが萎える。若い頃はそれで…げふげふ。
「ここなら安心して頼めるよ。知り合いの仕立屋に頼むと酷いんだ。ほら、ボクがここに来た時に着てた服もそう。あの野郎、ボクの事情を知ってるクセにサキュバスらしい服を仕立ててきやがるの。ボクが女装して恥ずかしがってるのを見て喜ぶとか最悪だって」
「ぷふぅっ!女装って…っ!言いたい事は解るんですけど…っ!」
こうしてコミュニケーションのネタになるから良しとしよう。
受け入れて貰えるのは良い事だ。
新しい下着に満足しながら向かったのは、先週完成した魔法薬工房。
あれから人員が増え、イキシアのヒト達が一丸となってポーションやネクタルを作ってる。
魔法肥料も作ってはいるけど、こっちはまずイキシアの農家で試験運用してから販売する予定。
畑の三分の一に使って貰って比べてる最中だ。
「アイラ、おかえり!どうだった!?」
「ばっちり。やっぱ特注は良いね。追加発注してきたよ」
迎えてくれたのは毎日の様に調合を頑張ってるエアリ。もう調合も手慣れたもの。
まだエアリの家にお邪魔させて貰ってるんで、下着の事も知ってる。…正直辛い。
「特注?アイラ、何を頼んだの?」
同じく毎日の様に頑張ってるファリスからも追い打ち。
「下着。サイズ的にもデザイン的にも良いの無かったから」
「え。サイズは解るけど、デザインを選ぶの?中身男なのに?」
「逆に聞くけど、相手の下着がダサかったらそのまま一緒に寝ようと考えられる?」
「あー…」
それで納得して。ボクがサキュバスなの忘れないで。切実だから。今はまだ相手居ないけど。かなり切実だから。
「くくく…っ。やはり面白いのぉ…っ」
「話のネタになるから良いよ。もう諦めた」
「「ぷくく…っ」」
最近はこんな感じ。切ないけど親睦が深まってると開き直ろう。切ないけど。うん、切ない。
「そうそう、アイラや。さっきようやく青ポーションが出来てな」
「お。そりゃおめでとう。もう少し掛かるかと思ったけど、サーディスも頑張ってるね」
やっぱり毎日の様に調合を頑張ってるサーディスも成果を出せたらしい。
町興しと呼べるだけの新しい事業で中年のクセに若返った気分だなどと言ってたし、その調子で青ポーションの調合を安定させて貰いたいね。
「それと、他から注文が来たと道具屋から報せが届いてな」
「良いね。これで青ポーションの生産力がもう少し上がれば安定するかな。皆、周囲が静かな今が絶好の機会だ。焦らなくて良いから、確実に上達していこう」
「「はい!」」
調合出来るヒトの育成を考え、冒険者達には少し多めに魔物を狩って貰ってる。
魔法薬の材料を集められるし、他の事にも手伝って貰いたいから周囲を敢えて静かにしたんだ。
町民からすれば完全に静かな方が安心出来るんだろうけど、魔法薬工房の事を考えると一定量の魔物は残したい。それもちゃんと話して理解を得てある。
「デザートの方が安定するまで時間が掛かるし、それまでには軌道に乗せて稼いでおきたい」
「ふむ。魔法薬だけでは足りんと見るか」
「ポーションやネクタルはいずれ需要の中心が外になる。アーティファクトの展開が始まれば冒険者が増えて平和になるからね。アーティファクトは量産出来ないし、そうなると食べ物が今後の主力になるよ」
「ううむ。道理じゃわい」
今イキシアで取り組んでる要素は三つ。
魔法薬工房、アーティファクト工房、デザートを主軸とした料理開発。
稼ぎとして大きいのはアーティファクトだけど、量産出来ないのは難点。そう考えると主軸に置くべきは料理になる。
「色々と発展案は有るんだけど、いかんせん肝心のヒト手が足りない。人口増加にボクが弊害になってると考えると申し訳なく思うよ」
「気にするでない。今ではアイラもイキシアの住人じゃて。発展案を出さずとも、皆はアイラを慕っておるよ」
「「うんうん」」
そう言って貰えるのは本当にありがたい。
ありがたいだけに何とかしたいと思うし、やれる範囲の事では頑張ろうと思う。
ファリスを連れて、今度はアーティファクト工房へ。
工房と言っても仮の工房で、魔法使いの素質を持った大工の家を使わせて貰って商品開発中。
「お、アイラさん!」
「待ってたぜ!冷蔵庫が出来たんだ!」
「おおー♪流石は本職」
主力となるのは生活の助けになるアーティファクト。明るさを調節出来る灯りとか、火力を調節出来るかまどとか。
今は食材を長く保存する冷蔵庫が完成したみたい。と言っても、これはまだ魔法が込められてないんだけど。
新商品の開発にはボクかファリスが魔法を構築するのが必須で、そこから刻印魔法を覚えたヒト達が生産していくって流れになる。
まだ一から魔法を構築出来る域に到達してないせいだ。
それもいずれは何とかしようと考えてる。
「これでよし。どうだろ」
「「おおおっ」」
うん、冷蔵庫はこれで完成。良い具合に中が冷えてきてる。
確かめたら刻む魔法を書き出して渡そう。
「そろそろ冷凍庫も作ろう。いつでも氷が作れるようになるのは大きい。冷蔵庫でも冷たい飲み物が飲める様になるけど、冷凍庫があるとまた違う使い道が生まれる」
「確かにいつでも氷が使えるのはデケえな。冷蔵庫と同じ作りで良いかい?」
「内側を別の素材で覆った方が良いかなー。木材だけだと凍り付いて開けられなかったり壊れると思う」
「よし、解った」
そろそろ新しいデザートをと思ってたし、前に話したデザートを作ろう。
冷凍庫の形を指定したら、必要な部品の発注も兼ねて鍛冶屋へ。
「面白えな。今度は氷を作る箱か」
「うん。他にも用途があってね。それに関連して鉄の器が欲しいんだ。ボウルとか無いかな」
「ちょっと待ってな。んー。これとかどうだ?」
良さげな器を発見。購入して冷凍魔法を刻印。
ファリスにお願いをしたら町長さんの家へ。
「おお、アイラさん」
「こんにちは。新商品を披露しようと思うんですけど、今大丈夫ですか?」
「おおお。大丈夫だとも。さ、入ってくれ」
ヒトの行き来が盛んになってる事で何かと忙しくなってる町長さん。
あまり邪魔はしたくないけど、新商品は見て貰いたいからお邪魔させて貰おう。
暫く待つとファリスも到着。
「ふむ。もしや食べ物だろうか」
「ええ。材料は持って来てくれた?」
「はい!新しいデザートって聞いたんですが!」
「おおお!」
ファリスに頼んだのは定食屋を呼ぶのと材料の確保。それもデザートのだ。
さっき確保した鉄の器を出そう。
「冷たくて甘いデザートでね。ほら、前に話したアーティファクトを使ったデザート」
「あああ!それ気になってたのよ!」
そう言う訳でアイスクリームを作る。
これこそバニラの真髄みたいなもの。
まず材料を鍋で煮て混ぜる。
良い具合に混ざったら器に入れ、凍結でゆっくりと冷やしながら混ぜる。
「おおお。固まってきた」
「良い香り…」
「思ってたより簡単ですね」
「でしょ。ゆっくり冷やすのがコツ。一気に冷やすと固くなっちゃう。こんなとこかな」
適度に固まったら完成。お手軽バニラアイス。
「これは美味い!」
「冷たくて甘いなんて初めて!」
「これもお客さんが喜びますよ!」
プリン以上に珍しいデザートだから絶対に売れる。実際、魔族の国に広めた時は大ヒット。
甘党な親友も良くこれをせがんできたし。
「固く箱状に焼いたワッフルに入れて食べ歩きさせるのも手かな。ここから色々と模索すると良いよ。器を量産するから他の店にも広めて」
「はい!ありがとうございます!」
冷たいデザートは色々と模索すべし。
暑い季節でも食べられるのはここだけになるはずだし。
さて、店員が戻ったところで。
「経験談ですけど、女性客が増えます」
「ぷくぅっ!?」
「あははははっ!やっぱりそうくるのね…っ!」
そんな軽口を叩いてから本題。いや、本音としては子猫ちゃんが増えるのは大歓迎だけど。
ここに来たのは他にも理由が有る。
「この国ってお酒を造るのに許可が必要ですか?許可を取るは農家単位ですかね?」
「ぬお!?酒!?」
「お酒の造り方も知ってるの!?」
食べ物を主軸に、と考えて。
ここで収穫出来る物を見直し、考え付いた物の一つがお酒。
「確か、町や村単位で許可を取り、規模から決まる規定の量以内でと言う話だったと思うが…」
「成る程。許可を取って貰えません?大麦だけでも幾つか種類を造れますし」
「わ、解った。本当に博識だな…」
大麦にトウモロコシ、ジャガイモも有る。
生産量を考えると大麦が使い易い。
「やっぱり珍しいお酒?」
「そうでもないかな。男性向け女性向けと考えてるけど、どっちもそれなりに見かけると思う。珍しさより、今栽培してる作物で用意出来る物って事の方が大事だ」
「確かに。バニラや胡椒では軌道に乗るまで時間が掛かってしまう。よし、明日にでも許可を取りに行こう」
「お願いします。ボクは農家を回って大麦の収穫量を確かめておきますよ。あ、もしどんなお酒を造るのかと確かめられたら、醸造酒と蒸留酒、それと発泡酒って答えて下さい」
「解った。どんな酒が出来るか楽しみだ」
ここでお酒を造る利点として、魔法薬やアーティファクトを求めて来た冒険者や金持ちからお金を落とさせる事が出来るって点。
寝かせる類のお酒は出来ないけど、少しでもお金を落とさせたいし、また来ようって気にさせられるかもしれない。
「女性向けなのが気になる。アイラが言うと甘いお酒って感じに聞こえる」
「当たり。気を付けないと倒れるまで飲むくらい飲みやすいよ。良くお世話になった」
「やっぱり」
「く、くく…っ!本当に、君は…っ!」
何よりボクが確保したい。未来設計の為。絶対に必要。お酒は友達。
それじゃ張り切って農家を回ろう!
「お酒!?本当に!?」
「酒の造り方まで知ってるのか!?」
「うおおおっ!幾らでも出すって!」
回れば回る程、農家から喜ばれた。
ここでお酒が造られる事も大きいけど、何より作物を確定で買ってくれる事が大きい。
今では荷台の他に増力効果の農具も普及されてるから畑を広げても良いって話されてたとこだ。
途中で鉢合わせした冒険者達も大喜び。
「ここで酒!?本当か!?」
「どんな酒を造るんだ!?」
「ってか、何で造るんだ!?」
かなりの勢いの質問攻めに、ファリスと苦笑いしながらも成功を確信。
やっぱりお酒は強い。力を頼りに生きる男からすればお酒は親友。故郷でもそうだった。
「大麦で造るんだ。どこの農家も余裕があるみたいだから、町長さんが許可を取ってくれればすぐ造れる」
「「うおおおっ!」」
うん、勝ち確定。お酒万歳。
「この辺りってビールとかエールは飲まれる?」
「それが大麦の酒か?」
「聞いた事無えな」
ますます好都合。ボクもここで飲んでるのは葡萄酒のみだし。これは勝てる。
「ファリス。冷蔵庫の量産を急ごう。ビールは冷えてる方が美味しい」
「解ったわ。そのビールってお酒は男性向け?」
「女性でも好きなヒトは好きだね」
酒場一件に一つか二つは冷蔵庫が欲しいな。
大工達に頑張って貰おうか。彼等も飲みたがるだろうし。
そのまま冒険者達を連れて農家回りを続行。
大麦を栽培していない農家も回る。
「大麦でお酒!?え、でもうちは大麦を作っていませんけど…」
「確か果物を栽培してたよね。どんな種類が有るか見せて貰えない?」
「「果物!?」」
出来るだけ多くの農家から材料を買いたい。
大麦が無ければ果物。トウモロコシやジャガイモでも良い。
「お。桃が有る。グレープフルーツもだ。どっちも欲しいな」
「えと、はい。桃とグレープフルーツもお酒になるんですか?」
「正確にはお酒に漬けて果物の味を移すんだ。この国の法律次第ではお酒造りと見なされないで誰でも造れる物になる」
「「えええ!?」」
そこは国によるから町長さん待ち。
とにかく幾つかの果物を指定して確保。
「え、どう言う事?」
「アルコールを造るのが駄目って法律だと、アルコールに味を移すだけだから問題無いんだ。お酒を造るのが駄目って場合は微妙なんでやらない」
ちなみに故郷は前者に改定してある。
果実酒って類のお酒になるけど、子猫ちゃんのウケが良いんでボクの為にこっそり改定した。
気付いた奴だけ得をすれば良い。