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すいません、自分達の前世なんですが

───つまるところ、二人はバカ真面目だった。なまじ頭の回転が早いから、もっと。


百原鈴ももはらすずは、魅せられた。「物語」は、こんなにも面白いのかと。

上原一かみはらはじめは、躊躇した。「物語」のその先を覗く事を。

百原鈴は、躊躇した。「物語」の終わりを見る事を。

上原一は、魅せられた。「物語」の夢の先に。



百原鈴の人生は、平たく言えばイージーモードだった。幼稚園の時から漢字を読めた。父に歌が上手いねと言われた。ピアノの先生にもたくさん褒められた。数の多い親戚にも、彼女はずっと、可愛がられて来た。そんな彼女の夢は漫画家になる事。───尤も、その夢は直ぐに消える事になるのだが、その話はまた今度。

彼女が「物語」と出会ったのは、漸く歳も5になると言う頃。三姉妹の長女である母の末妹に、とある子供向け小説を買って貰った時である。ぺらり、表紙を捲る。ぺらり、頁を捲る。ぺらり、ぺらり。そのペースは、早さは、段々とリズムを持ち始め、そして遂には───


「読めた」


と言って、およそ400頁はあるだろうそれを、30分で読み切ってしまった(因みに、買った本人に読ませたら二時間は掛かった)。勿論、彼女は褒められた。頭も撫でられた。彼女に投げ掛けられた言葉は、「お姉ちゃんはその歳じゃまだ本なんて絵本しか読んでなかったわよ」。それを聞いて、鈴は鼻高々に笑った。

「だってわたし、おねえちゃんよりかしこいもん」と。


その驕りが未来の自分に陰を差すことなど知らぬまま、澄んだ笑顔で、百原鈴は笑っていた。



上原一の人生は、百原鈴と逆だ。言うならば、エクストラモード。レベル1の勇者がレベル99のモンスターと戦う、くらいの難しさ。

家が貧しくて、食べる物も、両親が働いているからこそ食べられている。それでも、食べられる量はほんの僅か。暮らしている所はボロボロのアパート。だけれど彼は満足だった。───それは、外の世界を知らないから。自分が暮らしている場所こそが楽園である。それが、彼の下した決断だ。

しかしながら、齢も6になると、この日本では「義務教育」を受けなくてはならない。両親は必死に働いて彼にランドセルを買った。両親は嘔吐するほど頑張って彼に新しい服を買った。両親の苦労を知らぬ彼は言った。


「かあさん、とうさん、ほんがほしい」


と。両親は叶えてあげたかった。彼の最初のわがままだったから。そうして両親は血反吐を吐いてまで働いた。息子のわがままの為に。せめて、誕生日までにはと。

そして上原一は物語に出会う。買って貰った本の題名は読めない。けれども、自分が貰った初めてのもの。彼は大切にしたかった。いつか、読める時が来るまで。

───幼き日の上原一が両親に買って貰った本の題名を、「銀河鉄道の夜」と言う。



百原鈴と上原一は同い年だ。同級生だ。住んでいる地区もわりと近い。そんな二人が出会うのは簡単だった。


「はーい、自己紹介をしましょうか!」


小学校の教師の声は耳につく。退屈そうに彼女は机に突っ伏している。反対に、彼は初めての事ばかりで緊張している。そして、誰よりも、友達ができるのを楽しみにしていた。

上原一は「か」、百原鈴は「も」。出席番号こそ遠いが、小学校一年生のコミュニケーション力を嘗めてはいけない。直ぐに仲良くなるだろう。但しそれは、お互いがお互いに興味を持っていればの話である。


「かっ、かみはら……はじめ……です」


彼は尻すぼみになりながらも頑張った。自分の名前など名乗らなくても、自分の世界には自らと両親しか居なかったのだから、名を名乗るなんて初めての事をして、卒倒しそうになった(言い換えれば、くらっとした)。


「ももはらすずです。みんな、なかよくしてくださいね」


彼女は身についた世渡り術で微笑んだ。周りが一切敬語を使っていないのに、彼女は敬語を敢えて使った。彼女は自己紹介に慣れていた。大人にも何回も名乗ったし、同年代なんてずっと過ごしてきた。慣れない訳が無い。しかし、彼は彼女のそんな心情を知らず、すらすらと自分の名前を言って且つ、よろしくと言った彼女に憧憬の眼差しを向けていた。


(ぼくも、あれくらいしゃべれたらなあ……)


それが、上原一が初めて抱いた「目標」であった。



「えっと、あの……ももはら、さん」

「すずでいいよ、はじめくん。……どうしたの?」

「このもじ、よめる?」


百原鈴と上原一のファーストコンタクト。それは、銀河鉄道の夜を通してだった。彼女は当然のようにそれを読んだし、彼は当然のように意味を聞いた。そして彼女も答えた。彼はさらに読んでと彼女にせがんだ。彼女は読んだ。彼は、他の本も読んでと言った。彼女は承諾した。その次に、「今度は本を持ってくるね」と言った。


「ほ……、ほんと!?」

「うん。だからまた、いっしょにごほんよもうね」

「うっ、うん!」


斯くして、その約束は果たされた。毎日二人は本を読んだ。小説でも気にせず百原鈴は何でも読んだ。上原一は自身の知識欲を満たそうと質問した。それは、何歳になっても変わらず。そうして二人は、そんな関係のまま、小学五年生へと進級した。二人の関係がそんなものだと担任が知った時は、あの人は倒れそうだったなあ。彼女はしみじみと思った。彼はいたく女の子達に気に入られていたし、それは彼女も然り。人気者の二人に、そんな関係があったなんて、と。

そして教師は畏れたのだ。一人はあの歳にして持つ知識量と、そしてあと一人は自身の知識欲を満たそうとする、狂気にも似たそれに。彼女は直ぐ様気が付いた。彼は鈍くて気付かなかったが、その時既に彼の世界は自分、両親、鈴で構成されていたので、彼女の言ったことは何でも聞いた。鈴自身、そんな一が気に入ったのだろう。『自分の書いた本』を売り出した印税で、上原一家を自身の家に招き、借金も全て返済し、挙げ句の果て「ここに住めばいい」と、彼女は言った。


この時彼女は悟っていた。『自分の書けるそれは才能ではない』のだと。しかし確かに驕っていた。自分は書けるのだと、確かな余裕を抱いていた。


彼は確かに女の子に好かれども、眼中に入っているのは元より百原鈴ただ一人。結婚も鈴とする、何をするにせよ鈴と組む。まるでこれでは彼女に仕えているようだ。だが彼はそれで良かった。満足していた。───百原鈴が、好きだった。


しかしながらこの時の彼は、未だ彼女の悩みに気付いていなかった訳である。



二年が過ぎ、百原鈴と上原一は中学生になった。彼女は漫画家を諦めてから声優を志すようになり、それと同時に(本当の)作家を目指す事になった(前は自費出版の拙い小説だった)。そして作家志望なのは彼も同じ。

二人の間には良いライバル関係が築けていたように思う。……が、ある時、二人は同時に挫折した。


百原鈴は知識の泉が枯渇した自分自身に希望を抱けなくなった。驕ってしまった事を後悔した。本当は余裕なんかないのに。

上原一は才能の無さを実感して絶望した。ずっと鈴に頼っていた事を後悔した。本当は自分で考えなくちゃいけなかったのに。


二人は似た者同士だった。ただ物語の形が違っただけ。少し、プロローグが違っただけ。……少し、イベントが違っただけ。

二人はバカ真面目だった。ずっとずっと、バカ(異常者)を装っていただけの真面目(常識人)だった。


「もう書けない」

「もう書きたくない」


「「書く事なんて、辞めてしまおうか」」


そう思った時。ふと、二人の頭に一閃が走った。まるで雷でも頭上に落ちた時の様だった。二人は同時に自室を出た。どちらも部屋の中は暗いが、真っ暗な部屋をPCのブルーライトが照らしている。それは青い太陽のように。


「鈴!」

「はじめ」


そして二人は出会う。本当の意味で、二人は出会った。「これから共に書いていく者」として。


「君の、鈴の才能を僕に貸して」

「はじめの知識を、私に貸して欲しいの」


斯くして、二人の利害は一致した。



「私は、物語のアイデア担当(チェンジャー)として」

「僕は、物語の表現担当(ボキャブラー)として」


「「ひたすら、文を書く!」」


何度もアイデアを練った。何度も表現を話し合った。そうして出来た物語が、「アルディーヌ国のとあるファンタジーな技術について」である。とある小説サイトで爆発的人気を誇り、とある全国放送でアニメ化され、彼女に至ってはヒロイン役の声優を務めた。そして二人は、唐突に───ぐしゃり、と音を立てて押し潰された。

ファンの期待。自分自身への、自信。鈴はそれにプラスして仕事の忙しさと、二人は学生である事。余りにも器が小さ過ぎて、余りにも時間が無さすぎた。諦め顔の二人は話した。「投げ出してしまおう」。そう言って。


「いつかまた、二人で」

「うん。……二人で」


二人で死のう。二人で生きよう。来世があるなら、また二人で。

二人はお互いの胸にカッターを、鋏を突き立てた。息が絶えたのは、さて彼女が先か、彼が先か。それは分からない。けれど。

百原鈴は願った。いつかまた物語を紡げますようにと。

上原一は願った。いつかまた、彼女と一緒に生きれますようにと。


そして、その願いは叶う。二人自身が作り上げた世界で、二人自身で創る物語を、始めるのだ。


「アルディーヌ国のとあるファンタジーな技術について」

──── 開幕

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